第514話 グラドの町にて・前編

 というわけで、エリス達はケルヴィン地方のグラドの街に到着した。至って普通の地方都市――とは言えない、異質な特徴が目に見て取れる。



 出身者でもあるヴィクトールに説明してもらいながら、フェルグス家の館への道を進む。






「この地面のでこぼこ、何?」

「ああ、それは点字という物だ」

「点字?」

「ケルヴィン魔法学園が考案した、盲目者が意思疎通を行う為の文字だ。帝国語と古代語双方に対応しているぞ」

「何かぼつぼつしてて楽しいかも」

「そうして歩かれると盲目者が困るから止めろ」

「はいっ」




「はいはーい、あそこの階段がある店。その前に緩やか過ぎる坂道があるんですけど」

「スロープだ。車椅子だと階段を昇るのに苦労するからな、専用の通路というわけだ」

「でもあのお婆さん使ってるけど。とぼとぼ歩いてるけど」

「年寄りはな……腰も曲がっていることが多いし、割と使っているのを見かける」




「うおおおおお!! 鳥がぐるぐる回ってその前に板が置いてあるぜえええええ!!」

「こ、これ、文字? これ、何?」

「これは……俺も見たことがないな。だが用途は理解できる。難聴者に対する道案内だ」

「別に難聴じゃなくても便利じゃない? この街全体を説明してくれているわよ?」

「確かに地方都市でここまで細かな案内図を用意している所は見たことがないな」






 他の町には存在しないような設備の数々。



 それらがケルヴィン国の特徴――障害持ちの人間が多いということを示しているようにも思えた。








「あの鳥は魔法具だろうけど、坂道とかでこぼこは違うの?」

「そうだな。町の設計からして障害持ちに配慮されているんだ」

「それだと魔法でちゃちゃーっとしなくても良さそうだね」

「障害で魔法を扱えないという者も多いからな」

「ん……んー?」


「身体に障害があって学習が困難な者、魔力の変換過程に障害が生じてしまっている者。魔法具の扱いすら困難な者もいるぞ」

「そんなにかぁ……」

「皆が思っている以上に障害持ちは大変な日々を送っているのだ……ほら。話をしていたらあっという間だ」






 街の奥にある館、その正門の前に九人は立つ。



 厳かな雰囲気に委縮していると、ヴィクトールが衛兵に尋ねていく。






「……」

「ヴィクトールだ。事前に話を通してあったと思うが」

「……え。ああ、はいはい。どうぞ通ってください」



 その衛兵はすぐに別の衛兵に呼びかけ、門を開けてもらった。






 戻ってきたヴィクトールを口を尖らせたクラリアが出迎える。




「……ロズウェリの衛兵はアタシのこと猛烈に歓迎してくれるぜ!」

「ああ……それは」

「全く、何をしているんだ君は」




 声がしたので再び向き直ると、



 縮れた黒髪の貴族服の男性が、衛兵に向かって説教している所であった。






「ヴィクトールは私の大事な息子だ。それを君は……」

「申し訳ありません……」


「……君達がヴィクトールの友人だね。歓迎するよ。私はヴィルヘルム・ブラン・フェルグス――フェルグス家当主、グラドを治めている者だ」




 歓迎に向かうヴィルヘルムの背中を、何か汚い物でも見るような衛兵の視線がじっと貫いた。











「ねえ……聞いた? ヴィクトールの奴、友達連れて帰ってきたんだってよ」

「そんなに目くじら立てないでもいいじゃない。あの混血の出来損ないにだって友達を作る権利はあるわよ」

「あらでも、噂に聞いたことあるわ。確か獰猛な狼とつるんでるって。お~こっわい!」

「ね、今狼の耳が生えた子がいたわ! それじゃない!」

「うっわ~館に獣の臭いが移るわ~……早く帰ってほしいんだけど」

「というかあんな子供をぞろぞろと、ここに入れるなんてヴィルヘルム様は何考えているのかしら?」




「ウィルバート様万歳! ウィルバート様こそが至高!」

「ヴィクトールはクソ! ヴィクトールは出来損ない!」

「あいつのいい所何か挙げられるかぁ?」

「長男であることぐらいじゃね?」

「ギャハハハハ! そうだよなあ、年齢以外は全部ウィルバート様に劣っている! やっぱりガンガー川の向こう、穢れた地の者の血が流れているだけあるなぁ!」

















 今日泊まらせてもらう部屋に荷物を置き、応接室に案内された頃には、ほぼ全員が顔を膨らませたり、眉間に皺を寄せたりして不満不平を露わにしていた。






「……色々言いたいことがあるなら、言っても構わないよ」

「あいつらヴィクトールのこと、散々コケにしやがって!!」

「絶対こっちに聞こえるように言ってたよねー!? もームカつく!!」

「ハンス君、寛雅たる女神の血族ルミナスクランにチクろう!!」

「あいつらケルヴィンとは比較的仲いいから無理」

「お前はこういう時に限って……」






 それから侍女二人に誘導され、ソファーに腰かける。






「侍女さん! お二人はヴィクトール君のことクソとか思ってないですよね!」

「ギネヴィア! 確かに気持ちはわかるけど訊くのが早い!」

「大丈夫ですよ。私はヴィクトール様のことも認めていらっしゃいますから」

「私もどんなお姿で、どのように成長されたのか楽しみにしておりましたの」




 その目は真っ直ぐであった。言葉も自然に出てきている。




「彼女達の言葉は本物だ。私が断言しよう」

「はぁ……よかった。わかってくれている人もいるんだ」

「とは言っても少数ですけどね。大体のケルヴィン人は自分に流れている血に誇りを持っていて、他の人種を侮蔑しています」

寛雅たる女神の血族ルミナスクランと大体同じね」

「あ゛?」



 ハーブティーの香りが部屋に充満して、ハンスのいきり立つ気持ちを抑えてくる。



「赤いお茶……紅茶の亜種ですか?」

「ブラッドティーです。ケルヴィンの特産品なんですよ」

「鉄の香りが……でもこれはこれでありかも……」

「鉄分を豊富に含んでいますので、貧血予防にお薦めなんですよ」



 それを聞いて早速飲み始める女子五人。



「お土産、決まった」

「ルシュドちゃっかりしているな……」

「私からも手配しよう。茶葉三十個入りセットが数十で十分かな?」

「父上まで……」

「ははは、私は嬉しいのだよ。お前が友達を連れて帰ってきたのだからね」

「……」





 父の前だからだろうか、ヴィクトールは普段以上に背筋を伸ばし、所作も洗練されている。






「……父上、帰省した理由は先にお伝えした通りです。何も友人を紹介すべく戻ってきたわけではありません」

「そうだとしても私は嬉しいよ。それに、暫くはこの街でゆっくりしてほしいと思うのだが……」

「わたし美味しい物巡りしたいよ~。こっからまた馬車の手配まで時間かかるでしょ?」

「それは確かに。でも陰口叩かれるのはちょっとな~」

「それなら私共がお供して……せいっ」





 侍女の一人が扉を勢いよく開ける。



 そこから聞き耳を立てていた他の侍女や使用人達は、わらわらと逃げていった。





「……何でヴィクトールがこんなに目の敵にされているんだ?」

「前に説明しただろう」

「いやされてないよ? ぼくは失敗作の兄と優秀な弟って認識ではいるけど」

「……」






「……ヴィクトールは純粋なケルヴィン人ではない。クロンダインから逃げてきた難民の血が入っているのだ」




 はっとするヴィクトールをよそに、ヴィルヘルムは語る。






「えっとそれって、タンザナイア……は違うか。あれ八年前だもんね」

「それ以前にも暴虐な王政に嫌気が差して、ケルヴィンに逃げてきた者は多くいた。そうした者を町で保護していたんだ」

「その中の一人ってことですね」


「彼女と出会い、そして心地良い時間を過ごした。何回もそれを繰り返していくうちに、ある日その場の流れに乗せられて、気付いた時には朝日を受けて鳥がちゅんちゅんと……」

「ロマンスですねぇ~」

「何がロマンスだ。そのような勢いで自分の出生を語られる身にもなってみろ」




 膝で固く握り拳を作って、顔を赤くしているヴィクトール。




「……」

「……」

「……」

「……」




 彼が恥ずかしそうにしていたのもほんの僅かにどんどん冷めて落ち着いていった。






「何だ貴様等……いや。わかってはいる。わかってはいるんだ。わかってしまうのが実に憎たらしいが」

「こういう場面で恥ずかしいんでちゅかぁ~! とかって言う奴は今回グレイスウィルに残っちゃってるからねえ」

「やっぱり……友達がいないって、寂しいね」

「……」




 きゅっと唇を結ぶエリス。一番寂しさを感じているのは、他でもない彼女だ。




「それであれですよね。ただでさえ身分が重視される貴族なのに、難民とできちゃったなんてなったらもう堪ったものじゃないですよね」

「実際非難は多かったさ。けど彼女はヴィクトールを産み、そして育ててくれた。無理をしたのが祟ったようで亡くなってしまったがな……この子が六歳の時だ」


「……俺を捨てずにここまで育ててくださったこと、誠に感謝しております」

「どんな血が流れていようとも私の子には変わりないよ」

「有難き御言葉……」




 ふと顔を見上げると、クラリアの顔が涙でぐちゃぐちゃになっていたのに気が付く。






「……どうした、クラリア」

「ヴィクトール、お前も……」


「……ん」

「お前も……母さん、死んでたんだな……」


「……ああ」

「……辛い、よな……」




 ぽたぽたとクラリアの目から涙が落ちる。嗚咽も同時に漏れてきた。




「ううっ……」

「そうだな……クラリアの母さんもだもんな。病気にやられて……」

「ん……確かに死んだけど、病気じゃないぞ」

「……え?」




「盗賊から館を守ろうとしたんだ。夜ふと起きた時に、家探ししているのに遭遇しちまって……それで、止めようとして、返り討ちに……うわあああ……」






 エリスやリーシャ、ギネヴィアはよしよしと彼女を慰めている。ルシュドとハンス、ヴィクトールとヴィルヘルムも複雑そうな表情を浮かべた。




 しかし――






(……カヴァス)

(ん……)


(お前も聞いたよな? クラリアの母の死因……)

(ばっちりキミの身体の中から聞いたよ。本人の口から言ってたよね、病気だって)


(……どういうことだ?)

(ボクにもわかんないよ……)






 疑念を抱くアーサー以上に、眉を顰めていたのはサラ。






(……賊に襲われた? 魔物でもなく? それに毒茸を食べたんじゃないの?)


(アイツの性格からして、嘘をつくとは考えられない……ましてやこんなにも……)






 そうして逡巡している間に、クラリアは落ち着いてきたようだった。











「よしよし……まだ時間あるし、お土産買いに行こう。どうせならカタリナにも美味しい物持っていってあげないとね!」

「いいね賛成! でも先ずはお茶会を楽しもう!」

「お代わりはまだまだありますわよ」

「それじゃあお願いしまーす!」


「ヴィクトール、お前が街を案内してやるのはどうだ?」

「俺が歩くと陰口を叩かれかねないので……」

「それはここに残っていても同じだろうが。さっきの見るにさ」

「……」


「てめえが直々に案内しろよ。何かあったら風でぶっ飛ばしてやっからよ」

「……あまり騒がれないようにしてくれよ」

「はっ、上等」

「実に不安だ……」




 ここであることに気付いたのはルシュド。




「えっと、ウィルバート。いる、ますか?」

「ああ、あの子ならオックスの町さ。ケルヴィン国の中心となっている巨大な学術都市だ」

「あー、遠目にも見える聖堂っぽい建物がある所ですか」

「その建物こそがケルヴィン魔法学園。彼奴が……通っている」




「何よアナタ、まだあそこに未練あるの?」

「……いや、そんなこともあったなと思い出していただけだ」

「どういうこと?」

「ヴィクトールはケルヴィン魔法学園に入学したがってたのよ。グレイスウィルよりも凄い魔術研究が行われているのよね?」

「そうだ……が。今更転入する気にはなれないよ」




 ふっと息を吐いて笑う。




「それはオレ達がいるからか?」

「……」

「どうなんだ?」

「……」





 一切何も言わないヴィクトールに痺れを切らして――


 しゅっと出てきた影からシャドウが、両腕を使って巨大な丸を作る。





「貴様……」

「そういうことはねー! 口で言わないと伝わんないんだよー!」

「……俺には俺の間という物があるのだ」

「言わないでいるつもりだったのに何を」

「これからも頼むぞオレ達の頭良い枠」

「よりにもよって貴様がその発言をするか騎士王」


「騎士王?」

「彼の渾名です。アーサーって名前なんですよ」

「ほうほう、確かに金髪赤目で騎士王伝説と一緒だね」





 ヴィクトールぐらいにもなると、咄嗟に嘘をつくのも上手いし説得力もあるものだ。





「……」

「ギネヴィア、焦りが顔に出てます出てます」

「……わたし、心配しすぎなのかなあ……」

「するに越したことはないでしょ。ぎぃちゃんは悪くない。ヴィクトールが悪い」

「罰として後でたぴおか奢って……この町にあるといいなあ」

「数件程ございますよ」

「はいこの後の目的地決定!!!」

「本当に目がないんだから……」

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