第484話 新たなる授業・前編
こうして翌日月曜日。
いよいよ授業も本格的に始まり、新学期が幕を開ける。
「……皆さんおはようございます。今年もまた新学期が始まり、四年一組の皆さんと出会えたこと、大変喜ばしく思います……一応自己紹介をしておくと、ハインリヒです。担当はナイトメア学。四年生の皆さんとは帝王学でもご一緒するでしょうか。どうぞよしなに……」
朝のホームルームの時間。四年目にもなると大体どんな感じか掴めてくる。
「では早速移動……の前に。皆さんも噂を聞いているかもしれませんが、このクラスに転入生がやってきました。現在一組は二十八名、これが二十九名になります。折角の学園生活、人数が多い方がいいですよね。では前に出てきてください」
促されておずおずと前に出ていくギネヴィア。
二十八に二を掛けた五十六の視線が向けられる。
「えー……」
目に見えてわかる。カチカチに固まっている。
カチカチに固まった彼女が何をしたかと言うと――
「わ……」
「わたしは!!! ギネヴィアです!!! たぴおかが好きです!!!」
「よよよよよよよろしくお願いしまーーーーーす!!!」
そう叫んで教室中を歩き回り――
一人一人に礼をして歩いて回った。
「……あの、ギネヴィア」
「何でしょ!!!」
「えー……気は済みましたか?」
「はい!!! 存分に!!!」
「それはよかった。ではギネヴィアを加えた二十九人で、この一年も頑張って参りましょう」
「頑張りますー!!!」
若干引いているであろうハインリヒを背に、ギネヴィアは席に着く。
先頭のエリス、その後ろのカタリナの更に後ろの席だ。隣の列にはアーサーとイザークの席もある。
「……いいぜえ。良かったぜえ。初対面のインパクトは大事だ!」
「まっで……」
「何だ?」
「何か、ひそひそ声が聞こえる……やば……暗獄の魔女と名前同じじゃんとか言われてるきっと……」
「賢者モード入るんじゃねえよ。どれどれ……」
サイリと共に聞き耳を立てるイザーク。
「……あの子知ってる。タピオカガール」
「カフェのタピオカめっちゃ食べてた子」
「タピオカミルクティー飲みながら踊ってた子だ……うちのクラスだったんだ」
「今度タピオカ奢ってあげようかな? 話してみたいし」
「……タピオカ奢ってくれるってよ」
「まじ!?」
途端に元気になるギネヴィア。するとホームルーム終了の鐘が鳴った。
「まあ昼休みに訊いてみるといいだろ。で、移動だ移動!」
「一限は……早速農学だ」
「あたしは帝国語」
「ボクは空きコマ!!!」
「早速か……」
「じゃあねー!!!」
ぴゅーと飛び出していくイザーク。サイリが鞄を持って追い掛けて行く光景にも慣れたものだ。
「えっと……魔術温室だっけ? 農学やるの」
「ああ、今まで立ち入りが制限されていた区域だな」
アーサーが生徒手帳を小突くと、光の道が生まれる。
「おおー、生徒手帳の道案内機能だ!」
「またこれにお世話になるとはな」
「カタリナはどこなの?」
「裁縫室。手芸部でいつも使ってる所だよ」
「なら迷わないからいいね」
「行こう行こう! 時間なくなっちゃうよー!」
「ああー、待ってギネヴィアー!」
色々あって今年は四月の第三週からのスタート。しかし新学期を迎えられたこと自体が喜ばしいとアドルフ学園長は始業式で言っており、生徒達もその通りだとうんうん頷いていた。
エリス達は新たなる授業を通して、今まで立ち入ったことのない学園の設備に身を投じることになる。これにてようやく魔法学園の全貌を知ることができるのだ。
校舎を出て左側。今までは縁がなかった区画であり、四年生以上はここを主にして授業に励むことになる。
「えーと生徒手帳をこれにかざして……」
しゅいーん
「……門が開いた」
「すごい設備だぁ……」
四年生以上が利用可能な区画と、それ以外も利用可能な区画の境目には、魔術で造られた門と柵が設置されている。柵に触れると電流が回って放課後ぐらいまでは目覚めない。必然的に門を通らねば先には進めない。
生徒手帳が通行証の代わりになっており、門に接続してある箱にかざすと開く。通り抜けると勝手に閉じる。
「ここが上級生区画……」
「何か……結構ボロボロだね」
「色んな設備が壊れちゃってる……」
これも先の傷跡だろう。聖教会とキャメロットに好き勝手された傷が、まだ完全に修復できていないのだ。
「頑張って修理してもらってることに感謝しないとね」
「おい、脇を見ながら歩くのはいいが。迷子になるなよ?」
「あ、ごめーん!」
目的地の魔術温室は五分程歩いた、かなり奥の方に位置していた。普段園芸部が利用している温室と同様硝子張りだが、外観だけでもわかる面積の違い。こちらの方が圧倒的に広い。
「失礼しまー……うわっ」
「つ、土臭い……!」
「そうよー、これが大地の臭いなの!」
温室の奥からにこにこしながらやってくるのは、エルフ教師のリーン。エリス達四年生のクラスを受け持っているので、顔は互いに知っている。
「アーサー君とエリスちゃんと……それからギネヴィアちゃん! ハインリヒ先生から話は聞いています!」
「よ、よろしくお願いします!!」
「んー、真面目な子ね! 真面目な子は先生大好き!」
「真面目すぎて時々変な暴走を起こすかもしれませんがよろしくお願いします」
「ちょっとぉ!?」
温室は一番奥に机と椅子が並べられ、そこが学習用の区画となっている。既に四十人程度の生徒が座り、温室をきょろきょろ見回しながら授業の開始を待っていた。
「実家が農家って人、意外にいるのかな?」
「地方出身だと多そうだよね」
そう話しながら空いている机を陣取る三人。
座ってから少し経つと、リーンが眼前の黒板の前に出てきて話し出す。
「皆こんにちは! 農学担当教師のリーンです。話は聞いているかもしれないわね。今年も無事に皆と授業できて、先生はとても嬉しいです!」
「私元々ウィーエルで教師をやっていたんですけど、あそこは農学がより専門的なんですよ。土地が肥沃な影響ですね。そこでも農学教えていたので、得られた知識を皆に還元できたらいいなって思ってます!」
「基本的な栽培の知識に加えて、魔術肥料の使い方や土や水の選定、作物の属性判定や害獣退散の結界の構築方法。農家ってダサいなって思っている人もいるかもしれないですけど、意外と学ぶことは多いんですよ!」
「その為五年生以降で取れる科目に発展農学ってあるんです。これを取ったら先ず農家として一級品。現在解明されている農学に関する知識を大体身に付けたことになります! ぜひ取ってくださいね!」
「ではそんな流れで――早速授業を始めましょう!」
四年生にもなると、今まであまり縁がなかった空き教室を使う機会も多い。
「さて……この科目は戦術学というわけだが。基本は魔物との戦闘を想定した内容になる」
「人間を想定したものもやるにはやるが……あまり数は多くない。しかし先の戦闘を鑑みて、実用性があるものにしたいと思っている」
「故に君達の協力が必要不可欠となる……授業には積極的に参加するように」
担当教師はちらちらとこちらを見てくる。しかもやけに上から目線だ。
あまりにも頻繁に見てくるものだから、流石のヴィクトールも気になってしまう。
「……ん?」
隣の生徒が紙を渡してくる。生徒会の仲間なので、顔は知っていた。
『こいつバックス配下の教師だったはずだ』
昔のヴィクトールなら、見なかったことにしたと思うが――
『バックス先生は忽然と消えてしまったが、まだ影響は残っているということだ』
そう書いた紙を送り返した。
「……ヴィクトール」
「……」
「ヴィクトール・ブラン・フェルグス」
「はい」
「何故一度目で返事をしなかった?」
「先生の申し上げた言葉の意味を考えておりました」
「ふーむ、結構。しかし私の話はしっかりと聞いておくようにな?」
このように、バックス配下ということは似たような性格の人間が多いので、扱い方も大体似てくる。
因みにヴィクトールが考えていたのは別のこと。
(……バックス先生とハスター先生。思えば昨年の十一月あたりか……姿を見かけなくなったのは)
(時期が悪かったとはいえ、何も告げずに……一体何が……)
基本的に魔法学園は、卒業したらすぐに戦力に成り得るような、優秀な人材の育成を期待されている施設である。その為上級生科目になると、一気に実践的な物になり、仮想的とはいえ様々な場面への対応を要求されていく。
「おおおおおお……!!」
「クラリア……後ろ詰まってる!」
「あ、悪い!」
武術を取ったクラリアがやってきたのは上級生区画、武術演習場。丸屋根が張られており、悪天候でも利用可能な屋内型施設である。
「ふー……よし。先ずはこちらに集合しろー!」
担当教師であり兄でもあるクラヴィルの指示に従い集合する。集まった生徒は五十人程度だ。
「さて、一応改めて説明をしておこう。三年生までの武術は用いる武器毎に分かれていたが、四年生以上はそれが撤廃される。これは今までが基礎的な動きを養う為の訓練だったのに対し、これからはそれを応用して様々な場面に対応していくことが求められるからだ。この施設は――」
そう言いつつクラヴィルは、背後にあるつまみをかちゃかちゃ弄る。
すると演習場がゴゴゴと音を立て出した。
「おおおお……!! 魔術的設備だ!!」
「そうそう、魔術的設備を駆使して容易に環境を変えられるんだ。今は地形を岩肌に指定した。緩急も自由に設定できるし、天候も自由自在だ」
「だから屋内型の施設なんですね!」
「そして設備の維持に手間がかかるから、下級生には解放できないと!」
「大方その認識で合っている。因みに魔物玉と似たような原理で、魔物相手に戦闘訓練を積むことも可能だ」
「マジヤベえ……!!!」
「マジヤベえ設備で早速訓練をしてもらおう。腕が鈍っていないかどうかの確認にな。やりたい奴は……」
「はーい!!! はいはいはーい!!! アタシが一番乗りだぜー!!!」
クラヴィルの眼前にまで迫って、大声で叫んで右手を上げるクラリア。
「わかった、わかった、わかったからその意気に免じて一番手にしてやろう」
「うっひょーーーーーい!!!」
クラリスに斧を出してもらい、担いで演習場に駆け込む。表出した岩肌に躓いた。
「んーそうだな……ここは皆に弄ってもらうとしよう。地形、天候、そして魔物の三つを弄って、あいつをしごいてやってくれ」
「ちょ、そこまで言いますか!?」
「いいんだよあいつはこれぐらいしなきゃ。ではこっちに」
生徒が数人呼ばれ、クラヴィルに設備の使い方を教えてもらいながら、設定を弄ってみる。
「おおおおおおお……!!!」
クラリアが立っていた岩肌の地面は、みるみるうちにペールオレンジに戻り――
代わりに深緑の地面と、暗い色の水溜りが姿を現す。
「沼地か!」
「ぐっ……これは霞か!?」
「うおおおおおおーーー!!! 盛り上がってきたぜー!!!」
盛り上がっている所に更に火種投入。
正面の扉がぎぎーと開かれ、毛むくじゃらの魔物がぞろぞろ。
「コボルト! えーと……風属性!」
「土だと相殺してしまうな?」
「でもって地形は水属性だぜー!」
「さあどうするクラリア!?」
「それなら……こうするぜー!!」
手にした斧に雷を纏わせる。
それから足を取られないように気を遣いつつ、前に繰り出す。
ぎぃん、きぃんと、交戦する音が演習場に響く。
「クラリアさん凄いなあ……初めての状況なのに臆しないなんて」
「根っからの戦闘狂だからなあいつは」
「だから先生がそれ言ってどうするんですかって」
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