第87話 学園祭・その2

「ふぅ……」



 白く上質なブラウスに、黒いスキニーパンツ。薄い黄緑色の髪を靡かせる女は構えを解き、深く深呼吸をした。



「……中々やりますのね、貴方」



 そして目の前で肩で息をしている生徒を見据える。





「……予行練習から、何もしていなかったわけではないんですよ?」



 彼の身体は悲鳴を上げている。しかしその瞳は歓喜に満ち溢れていた。



「うふふ……それならこちらもやりがいがあるというもの……」



 右腕を前に出し、左腕を引いて魔力を込める。



「では行かせていただきますわ。フォーさんっ!!」

「心得た!!」



 女とその隣にいたバフォメットは、部長とそのナイトメアに一気に距離を詰める。





「うおおおおお!! かっこいいぜ部長ー!! かっこいいぜスケバン聖女ー!!」

「部長、頑張れ! スケバン聖女、さん、頑張れ!」



 クラリアとルシュドを含めた武術部生徒、そして二人の周囲に詰めかけた他の生徒達も、全員が喉を傷め付けて声を張り上げている。中には黄色いスカーフの男性も混じっていた。




 だがエリス達四人は目を丸くし、口をぽっかりと開けて試合を観ていた。



「……レオナさん、だよね……あれ……?」

「うーんそうですねえ。女性の方は初めてレオナさんに会った時と比べて、随分格好が違うようですねえ。しかしボクはあのバフォメットに尻を叩かれた記憶がありますあります」

「オレも覚えている」

「あ、あたしも……」





 槍を突き出すかの如きストレート、雨のように繰り出されるジャブ、からの豪腕の一撃アッパー。蹴りも交えてレオナは戦況を掻き回し、そして的確に体力を削る。



 部長はじりじりと追い詰められながら、しかし爽やかな表情で攻撃を受け流し、カウンターを決めていく。暖簾に釘を打つかのように、レオナの身体に拳が命中していく。





「いやー、やっぱりレオナ様はすげーわ」



 アルベルトは感心しながら試合を観ており、そして状況を飲み込めていないエリス達の視線を感じると、解説を始めた。



「レオナ様はこの魔法学園の出身でな。そのよしみで学園祭に顔を出しているんだ。当時は武術部に所属していて、研鑽大会百勝という大記録をぶち立てた」

「百って、百って。一年に開催されるのが四十回程度としても、最低二年間は無敗ってことじゃん」


「出場した大会全てで圧倒。その武を聞き付け告白する男子が殺到。しかしその全てを金玉蹴り飛ばして拒否。告った男子は当然卒倒」

「先輩なんで無駄に韻を踏んでいるんですか」

「無駄とか言うなぁ!!」



 カイルに叫び散らかした後、葉巻を吸って一旦区切りを付けるアルベルト。



「だが告白する男子は減る気配がなかった。寧ろ金玉を蹴り飛ばされるためにあえて告白する男子が増えていった……とまあこんな感じで、全盛期の暗黒レオナ様伝説を挙げたらキリがねえ」

「そしてついたあだ名がスケバン聖女と……人って、見かけによらないなあ……」




 そんなアルベルトの隣で、カイルは生徒達をつぶさに観察していた。




「……あ、先輩。あそこにいました」

「マジか?」

「やっぱり居やがったなと思う反面、予定調和でイズヤは安心したぜ」



 カイルとアルベルトは、今いる場所から西の方向にいる生徒達に向かって首を伸ばす。



 そこには学生服の生徒に交じって、赤と白のキャップを被りリュックを背負った男性が声を張り上げていた。



「おっちゃん何見てんだよ」

「あんな大人になってはいけないという反面教師だ」

「は?」


「向こうに生徒達に混ざって、一際体格の良い大人がいるでしょう。あの方はジョンソン・ハーレー、グレイスウィル王国騎士団の団長です」

「……マジすか!?」




 イザークに続いて、エリス達も西の方の生徒達を見る。



 ジョンソンは丁度レオナが部長の肩に蹴りを入れたのに合わせて、黄色い声を上げていた所だった。




「ちょ、ちょっと待ってよ。騎士団長ってもっと静かで厳しい人じゃねーの!?」

「普通に仕事している時はまあそうじゃねとイズヤは思うぜ。でもプライベートはあんな感じで、レオナのことしか眼中にないことをイズヤは知っているぜ」


「レオナ様とお近付きになるチャンスが巡ってくること二十五回。その全てで失敗しています。お二人は自分か騎士になる前からずっとお知り合いなので、多分連敗記録はもっと続いているかと」

「俺の記憶じゃ七十七回だな。この間の建国祭も含めて」

「……あの、恋愛下手にも程があるような……」

「わー団長ー!!! まだまだ人生これからな一年生に言われちゃってるぞー!!!」




 アルベルトはわざと叫んでみせるが、ジョンソンは一向に気付く気配がない。




「とにかくだ。想いを伝えられずにウジウジするような大人になっちゃ駄目だぞ皆。団長のような恋愛残念男になっちゃだめだぞ絶対」

「……ういーっす」

「……ああ」

「気を付けます……」

「は、はい……」


「先輩試合が終了したみたいですよ」

「そうかそうか」



 闘技場でも聞いた角笛の音が今度は演習場に轟く。部長とレオナは互いにお辞儀をした。





「時間があったら大聖堂に来てくださいね。訓練の相手になりますわ」

「ははっ、その時はぜひともよろしくお願いします」



 そして数秒に渡る固い握手を交わした後、二人は歓声に包まれるのだった。

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