第449話 終盤戦・その二

「ぐおおおおおおおおおおーーーーーっ!!!!」



            ふうううううううううん!



「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……!!!」



            おりゃああああああああ!



「……クソアルシェス!! 耐えやがれ、耐えやがれエエエエエエエエーーーーー!!!」



            ネムウウウウウウウ!!!




うおあっ……






「……お兄さん、やるね」



「ぜー……何で、こういう時に褒めるんかなぁ……」






 昔通った学園の屋上。



 パラソル付きテーブルも屋台もボロボロに崩れ、当時の風景なんて見る影もない。



 ローザとアルシェスはそんな光景に心を痛めながらも、死闘を繰り広げている。






「でも、ぼくは負けない。ヴィーナ様に命令されたからね。負けちゃだめなんだ」




 目の前にいるのは人間である。体長は明らかに人間のそれを超えているが、それを差し引けば平べったい顔をした、朗らかな青年に見える。



 だが秘めていた力も人間のものではなかった。魔物が数体がかりで襲っているような、暴力に等しい怪力。



 宮廷魔術師が十数人でおびき寄せて、時間を稼ぐのが精一杯であった。






「……アルシェス。どうすんだよ。あいつ疲れてる様子じゃねえぞ」

「んーそうだなぁ、ローザチャンだけでも逃げる?」

「冗談は戦場の外だけで言えよ?」






 日付が変わって約三十分後。突然彼らは戦場に投入された。



 彼らは人間の形をしていた。けれども力は人間のものではなかった。



 人間であるならば扱えるはずのない魔法、人間では壊せないはずの物を次々と破壊し、膠着していた前線を覆した。



 不安定な精神の中で、彼らは一様にヴィーナの名前を口にしている。






「……じゃあ次、こっちから」

「っ!!!」



 大男が飛び上がり、魔術師が固まっていた場所目掛けて拳を振りかぶる。



「ふぅん――はぁっ!!!」






 衝撃波を起こし、無理矢理弾き飛ばす形で他の魔術師を回避させるアルシェス。



 残った自分は辛くも横に飛び退ける――




「おっ……」


             ぐらり


「あああ……?」


            がらがらがらがら






「……床が崩れただと!?」

「不味いな、下には他の連中が――!!」











          どっしーーーーーーーん








「わあっ!?」

「何事!?」




 空き教室の一角で、キャメロットの魔術師と戦闘を行っていたのはソラとディレオ。



 突然の乱入者に、対峙していた魔術師諸共注視する。




「なあっ、てめえはゴルロイス! 魔法人間ホムンクルスの癖して何やってやがる!?」

「……え?」

「今、何て?」


「だから魔法人間ホムンクルスだって! 我等がキャメロット魔術協会が造り出した、世界にあるべき人間の形だ!」



 そう叫んで数秒経った後に、みるみる魔術師は青褪めていく。ソラとディレオは二人を何度も見比べる。






「ソラァ!!! ディレオも無事かぁ!!!」

「あ……ロザリン! アルシェス先輩も!」


「アルシェスさん! 彼は魔法人間ホムンクルスです!!」

「ワンモアプリーズディレオっち!?」

「だから魔法人間ホムンクルスなんです!! 人間じゃないんですって!!」ヒュッ

「はぁ……!?」



        バァァァァァン!!!








「今度は何だ……っ!?」

「ぎゃああああああ!! 化物おおおおおおお!!」






 樹木の様に見える――触手を枝のように伸ばした、目と鼻のない口だけの、灰色の怪物。




 五メートルはあろうかというその化物が、五階の高さにまで投げ込まれてきたのだ。








「……うう」



 そしてこの瞬間、気を失っていた大男――ゴルロイスも目を覚ます。



 樹木の化物を視界に捉えた。






「……」



「……ヴィーナ様の敵。ころす……」



 今まで戦ってきた魔術師には目もくれず、



 標的をそれに変え、そして突撃していく。








「……ねえ!! あの木みたいなやつ、下にいっぱいいる!」

「何だと!?」




 息つく間もなくローザがソラと共に廊下の窓から下を見ると、確かにその通りだった。



 ヴィーナの名を掲げた人間――もとい、魔法人間ホムンクルス。それと奮闘を繰り広げる樹木の怪物。



 運悪く触手に絡め取られた者から、無残な肉塊に変貌していく。






「……癪だがここは逃げるぞ。下に合流する!!」

「了解っ!!」

「だーっ……あのクソチビ!! 無事でいてくれよ!?」

「生徒達の様子も見て回らないと……!! もうこれは、大人がどうにかする戦争だ!!」
















「ふっ!!」


           「だあっ!!」



     うぐっ……



「悪いねえ。君達には恨みは……あったわ。散々無茶振りしやがってよぉ!!!」

「カーセラムに多大なる損害出しやがって!!!」



     おがあああああああああっ!!!



「もうカフェ経営している状況じゃないから、包丁の代わりに剣を取ることにしたよ」

「俺も大剣を背負うのはあまり好きじゃないんだがなあ」



       ぐあああああああ!!!



「……ラニキ! 相変わらず剣の腕は劣ってないようだね!」

「ああ、そっちもな! ガレア!」


「……何で相変わらず劣ってないって思ったんだろう!?」

「いや俺もわかんねーよ!?」








 とにもかくにもガレアとラニキの二人は、一旦物陰に撤退。息を整えつつ剣に着いた血を拭き取る。



 ここは園芸部が拠点としている、温室の裏手であった。






「ところで彼は無事? ほら、君の弟みたいな彼」

「ガゼルのことか? あいつなら揚々と戦ってたんだが、ふと我に返ったように冷静になってな。友達連れて後方に撤退していったよ」

「えーと、クオーク君とシャゼム君とモニカさん?」

「そうそうその三人だ。まあ生徒だからいつ撤退してもおかしくはないが……」


      たったったったったった






「……ハロー、二人共! ここにいたのね!」

「無事で何よりだ!」





 そう二人に声をかけてきたのは、意外な取り合わせ。



 仕立て屋のミセス・グリモワールと教師のケビンだった。





「おおグリモワール! 隠れ家にいると聞いてはいたが、出てきたのか!」

寛雅たる女神の血族ルミナスクランの連中を撒くのが厄介だったけどね! でも目覚めたアタシにかかればちょちょいのちょいよ!」

「……目覚めた?」


「あ、ならついでに訊いちゃうけど下層はどうなってるんだ!? あの強い人間とか漏れ出してない!?」

「それは漏れ出していないが、特に前線に行ってない下っ端が略奪を初めててな。ブルーノ殿やカベルネ、ティナやミーガン先生はそちらに回った」

「それでいいのかよ!? やばい奴がいるこっちが手薄になるじゃねーか!?」

「目覚めた私とグリモワール、そして君達がいれば大丈夫だろう」

「……君も目覚めた?」

「……俺達も目覚めてる?」






 全てを察している様子のグリモワールとケビン。一方全然理解できていないガレアとラニキ。






「……テンションが昂っている影響かしら?」

「ああ、戦うのに夢中で思い出せてない可能性はあるな」

「ガゼルは思い出した様子だったのにねえ」

「え、何でガゼルの名前が出てくるんだ?」

「ちょっと勿体ぶらないで教えてくれる? 僕達二人の何を知っているん?」



   二人としては教えたいつもりでいたのだが――



   校舎の方で轟音と黒煙が上がり、



   そうはいかなくなった。








「……行くわよ。きっと増援は来ると思うけど、アタシ達の手で食い止めなくっちゃ!」

「ちょっと待って!? その前に目覚めた云々かんぬんについて教えて!?」

「じっくりと説明するには時間がない! 取り敢えず自分の中に眠る力を引き出すのをイメージしてくれ!」

「わかった!! うおおおおおお目覚めろー!!!」

「覚醒しろ俺ー!!!」



       ぶおおおおおおおおおおおおお



「おおお!!! 何か、今ならすっげー剣術……もだけど超絶すげー回復魔法を繰り出せそうな気がするー!!!」

「俺もだ!!! この大剣を振り回し……もだけどパーフェクトな妨害魔法を操れそうな気がするぜー!!!」

「ならそっちでも適宜支援して頂戴! とにかく行くわよー!!」















「ハァ……ハァ……」



「これ以上……この学園でお前達の好きには……」



「させんと言いたいが、まだ懲りないか……?」






 自分の領地への支援を部下に任せ、学園に舞い戻ってきたのはグレイスウィル四貴族の領主達。




 ここに来るまでに聞いていた樹木の化物。中でも大きい個体が数体、中庭に溶け込もうとしても溶け込めない様子で鎮在している。






「……主君。リティカ様からの連絡です」

「キャメロン……ああ、伝えてくれ……?」

「例のキャメロットの手先が――第四階層にも侵襲してきたと」

「っ……」

「しかしリティカ様が倒してくださったのだそう。余りにも嬉しいので伝えろと、マールから念話が飛んできました」

「……そうか。そうか、そうか……ふふっ」


「主君も張り切らないといけませんな」

「キャメロン、君の口からそう言われるとは思ってもいなかったよ」






「ヒヒン!」

「ん? 何だフォンティーヌ?」

「ヒン……!」


「……来てしまったか。アメリアにヘンリー……ずっとパルズミールにいれば安泰なのに……」

「ヒヒーン!」

「……そうだな。あの二人は俺を放っておくような人間じゃない。第三階層に入って、領民の保護と哨戒任務に着かせるように念話を送り返してくれ。ここに来てもらったからには十二分に働いてもらうぞ」






「……クレーベ。お前は第二階層に行け」

「えっ?」


「今の第二階層は、指揮官に対して一般人の数が多すぎる……地上から逃れて、全員下に向かっているからな。四貴族のような強い権力を持った者が必要だ。強引にも方針を固めなければ、また暴動の火種を蒔きかねん」


「……そうしたらご主人が一人になってしまいます」

「一人じゃないさ。校舎の方でローザもアルシェスも戦っている……何かあったら助けを求めるさ」

「……約束ですよ。ご主人が死んじまったら、あっしも消滅するんですから」

「ああ、わかってる。もう一人で抱えるようなことはしないよ……」

「ウェンディゴ族の悪い癖っすね。では、息災で!」






「……けーっきょく帝国主義のやつら、表に出てこなかったなー」

「この時間になって一人も姿を見かけないとなると、完全に沈黙してるねこりゃ。感謝しないといけないのが憎ったらしい……」

「カムランのやつら言ってたもんなあ。この騒ぎにバケモノぶち込めば楽しいことになるって」

「快楽主義者の集まりじゃなくって、ちゃんと信念持って帝国の為に尽くしてくれてよかったよかった。いやよくないんだけどね?」


「……あとさ、おれも第一階層行った方がいい? 多分おまえかおれがいないとまとまらないぞ」

「そうするかぁ。ほい」

「……懐中時計?」

「絶対出てくるだろ。こんなガキ狼の言うことなんて信用できるかーって」

「……くっそー。十中八九おまえの言う通りだ!」








 そんなナイトメアとの与太話を終えてもなお、化物は動こうとはしない。




 ルドミリア、アドルフ、トレック、シルヴァ。四人揃ってこそこそ様子見。






「……意外と知能は低いのか?」

「攻撃能力だけ高めて知能が育ってない可能性。だからカムランの奴も管理できないとかそんなんじゃないかな」

「命令を理解できない且つ触手がえげつないんじゃあな」

「あの枝――触手は意外と避けれるという話だったな。ただ捕まったら後はなさそうだが」

「なら敏捷性を高めて――動き回りながら――」








         策を練って実行に移す直前。



         剣閃が二つ、夜に煌めいた。








「えっ!?」

「一体……!?」



 四人が視界に捉えたのは、



 料理用のエプロンを着た男二人と、眼鏡をかけた知的なローブの男と、若干の露出を加えたクールな風貌の女である。






「カフェテリアのガレア殿!?」

「カーセラムのラニキ殿も……!!」

「あれは知ってる! カベルネとティナが教えてくれた! ミセス・グリモワール!!!」

「ケビン先生も何やって……ああ、とにかく出るぞ! 加勢しよう!」

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