第146話 旧き仲

 そうして急な変更はあったものの、視察は無事に終了した。現在ほのかに橙色に霞む夕空を背に、ディレオは職員室で来客の対応をしている。




「はい紅茶。安いやつだけど」

「そんな、こっちこそ急に来たのにごめんね?」

「今日は教師も全員セーヴァ様の指示に従うことになっててさ。それで新米は下がってろって言われたから~」



 カベルネとティナは応接室に通され、そのまま紅茶を嗜む。



「スコーティオ家って派閥が二つあるんだよね、確か」

「そうそう、兄で現当主のセーヴァ様と弟のシルヴァ様。あたし達はシルヴァ様所属の魔術師だよー」

「セーヴァ様がよく国外に出かけているのは有名だが、シルヴァ様も中々……おかげで私達の仕事は増える一向だよ」

「配属届出した時点で間違ってた気がするんだよね~。顔で判断とかしないで、アドルフ様ん所にしとけばよかった」



 カベルネもティナも深く溜息をつき、その姿はとてもディレオと同年代には見えない。



「どうだった、視察の方は? キャメロットの魔術師とか初めて見ただろ?」

「んーまあね……なんか、流石キャメロット神秘的~って感じだったなぁ」

「一度入会したら二度と出られない、その代わり魔術の神秘と高度な研究に触れることができる……崇高な魔術の研究機関、か」

「確かティナも勧誘受けてなかったっけ?」


「自由を失うのは嫌だから断った。もっとも学園側がキャメロットに行くことを推奨していないからな」

「外界との連絡も禁止ってなっちゃあね。何してんだか本当にわからないよね」

「学園卒業して、学歴も腕前も身に着けたのにキャメロット行く人って、何考えてるんだろうねえ」



 ティーカップから湯気が立ち、三人の世間話に温かみを添える。



「あーあ、何だかあたしも教師になればよかったかな~。でも教えるってあたしのガラじゃないんだよな~」

「教師も教師で大変だよ。わかりやすく教えるってのは工夫を凝らさないといけない」

「そうそう、ホントそれ。教えるのってホント苦手……」

「その点含め、やはり元生徒会長という感じはするな」

「褒め言葉どうもっと」



 ディレオは軽くあしらい、飲み終えたティーカップを片付け出す。



「そうだ、よかったら生徒会室に行かない? 後輩に顔見せて行こうよ」

「いいの? 迷惑になったりしない?」

「宮廷魔術師なら寧ろ歓迎すると思うよ。今は放課後だから生徒会室に集まっているはずだ」

「よかったなカービィ、お土産を持ってきたのが活きたぞ」

「うう……そ、そだねー……あ、あたしも片付けるの手伝うよ」

「あ、そりゃあどうも。スポンジは赤いの使ってね」






 その頃の生徒会室には、珍しくヴィクトールが残っていた。予め先手を打ち、ハンスが逃走することを防いだからである。




「それでねヴィクトール君、来月にはシュセ神の祭日があるわけだけど」

「シスバルドの陰謀がどうか致しましたか」

「い、言い方ぁ~……うんまあね、食物専門商人の陰謀のせいで毎年学園では暴走する生徒が出てくるんだ」

「はぁ」


「生徒会としてはそういった生徒を見つけたら厳重に注意してるから……だからまあ、よろしくね」

「要は普段とやることは変わりないということでしょう」

「そうなんだけど、普段は真面目にしている生徒も問題を起こす傾向があるから、気をつけてね」

「承知しました」




 現在は二月に向けた張り紙の作成中。試験に向けて勉強しようとか、廊下は走らないようにしようといった当たり障りのないものである。




「くっだらねえなあ。女に好かれてるかどうか誇示することがそんなに重要かよ。高潔なるエルフはそんなもの気にしないよ」

「前者については俺もそう思う。そして後者がなければ素晴らしい意見だった」

「素晴らしいって言うならこっから外してくんない?」

「貴様の耳は削げ落ちているのか」



 ハンスは木の椅子に物理的に括り付けられ、一切立ち上がれないのか頬杖をついて退屈そうにしている。そんな彼の隣に座っていた黄緑色の髪の生徒は、おどおどしながら二人を見遣っている。



「え、えっと……二人共、落ち着いて……」

「あ~気にしないでいいよジャミル。この二人いつもこんなんだから」

「そうなのかい? それにしては随分険悪だけど……」

「そうだね、一年経ってもこんな感じ……一年!? 今私一年って言った!?」


「何で自分の言ったことで驚いてんの? 馬鹿なの?」

「いや、リリアンの言うことはわかるぞ。このエルフが来たの六月ぐらいだもんなあ、ほんとあっという間に過ぎていったわ」

「その間ジャミルは療養所だったもんねー。知らなくて当然の然」




 ロシェが自分の尻尾を弄っていると、生徒会室の扉が開かれ人が入ってきた。




「……おっ、ディレオ先生。後ろのお二人はお客様ですか?」

「そうそう。去年の卒業生で現スコーティオ家宮廷魔術師、カベルネ先輩とティナ先輩だ」


「カベルネ先輩! いつも弟のマイケル君と仲良くやらせて頂いておりますわ!」

「急にくんなよ……!」




 奥の方で作業をしていたアザーリアが、全てを押し退けカベルネの前までやってくる。そして手を握って上下にブンブン揺らす。




「あ、あはは。こっちこそ変人の弟がいつも世話になってるよ。どうかな、あいつ学園で変な騒ぎ起こしてない?」

「そんなことは一切ございませんわ! それどころか、彼の才能には毎日驚かされてばかりですの! 本当に、どんな生活をしていたら奇抜なアイデアは思い付きますのか、心当たりはありまして!?」

「……一切ない、かな~……あはは~……」




 カベルネはどう見てもアザーリアの勢いに圧倒されているようだった。その一方、ハンスはかなり不機嫌そうな態度で、ディレオの隣に立っているティナをぎろりと見つめている。




「おいてめえ」

「……」

「呼んでるんだからこっち見ろよ」

「……」

「死にてえのかクソ眼鏡」




「……私に向かって呼びかけているようなら返事はしないぞ」

「あ゛あ゛!?」


「わーストップ! ティナ、この子はハンス君だよ。ほらメティア家の」

「メティア家? ……ああ、そういう……」



 ティナは全ての事情を察したかのように溜息をつき、そしてハンスに渋々対面する。



「何の用がおありなのでしょうか、寛雅たる女神エルナルミナスの末裔様」

「てめえからエルフの気配を感じる。その割には耳が尖ってないようだけど?」

「ああ……そういうことですか。私の父がエルフなのですが、私自身は母に似て人間の姿形で生まれて参りました」

「なんだ、親がエルフの反逆者か。じゃあもういいや」

「……」




 眼鏡着用者特有の、中央を押し上げる仕草をした後、ひそひそ声で。




「……君も随分と苦労しているようだな?」

「僕はまだいい方。それよりも担任やってるリーン先生がね……大分四苦八苦されてる。彼がここにいるのも、先生が特例措置出してるおかげだし」

「成程。とにかく彼の扱いには手を焼いていることがわかったよ」



 そこにジャミルが近付き、ディレオに話しかけてきた。



「ディレオ先輩……いや、先生でしたね。すみません」

「ん、ああ。生徒会室にいる間はどっちでもいいよ。それよりジャミル、病気の方は大丈夫なの?」

「はい。療養所の皆さんのおかげで、何とか日常生活を営めるまでには回復しました。本格的な復帰は来年度からになりますが、それまで身体を慣らしておきたくて」


「一年近く休んでいたもんねえ。まあ何かと変わったことはあるだろうけど、ゆっくり慣れていってね」

「はい、ありがとうございます」



 そこでがさがさと、包み紙を開ける音が聞こえてきた。



「はいこれ、大人の権力に物を言わせて買ってきた差し入れだよ」

「おおー、ブルーランド・ヴァ・ナーナですか。これ美味しいんですよねえ」



 生徒達はカベルネが持ってきた箱から、黄色のふわふわなシフォンケーキを一つずつつまむ。



「ああ~ブルーランド。いいなあブルーランド、もう一回行きたいなあブルーランド……」

「大丈夫ですかリリアン先輩」

「んひい大丈夫~。ちょっと昔を思い出していただけぇ~……」

「昔つっても半年前だろ。でもまあ良かったよなブルーランド。やはり南の楽園と呼ばれているだけあるぜ……」


「ちょっと、ヴィクトール君も来年行くんだからね? ちゃんと堪能してくるんだからね!?」

「……頑張りますよ」

「もう、南国を楽しむのに頑張る必要なんてないの!」



 リリアンはシフォンケーキの箱を眺めながら、うっとりとしている。



「ああ~うま~! 懐かしいなあ。私、ブルーランドドリンクをハスター先生に奢ってもらったんだっけ……」

「……へえ?」

「そんな、やましいことはないよロシェ? 一緒にフィールドワークしてた友達も一緒に奢ってもらったもん」

「……」

「いくら先生がハンサムだからってさ~、そこまで敵視する必要なくなくな~い!?」




 再びリリアンがシフォンケーキに手を伸ばしたのを見て、ロシェはヴィクトールを引っ張り寄せる。




「……ジェラルト・ハスター。お前あいつについてどう思うよ」

「一般人に比べて顔が整っている、魔法学担当にして武術部顧問。幅が広いなとしか」

「お前はあいつのこと何も知らないからそう言えるんだ……」

「その口ぶりは、知ってほしいということですよね」

「……」



 視線を落として、嫌そうに。



「……あいつ女子に媚びてるんだよ」

「ほう」

「それも比較的可愛い女子に目を付けて、声かけて優しくしてんの……絶対家に連れ込む前提で話してる。それで、リリアンもその一人でさ……」

「……ここに入学した時からの仲と聞いています。それで心配なのですね」

「そうだよ、わかってんなあお前……」

「……」


「でも相手大人だから、結局何もできないのがもどかしくてさ……だから頼むよ。お前も何かあいつに不審な点が見られたら、俺に教えてくんね?」

「……承知しました」

「わかってんなぁよくできた後輩だぁ……」




 彼の尻尾が大きくうねる。それだけ嬉しいということであり――それだけリリアンのことを心配しているということでもある。

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