第349話 幕間:依頼の終結

 それからも何とか山を下りて、傭兵達が戻ってきたのは大きな門の近く。


 ガラティアが有する荒野ヴァレイスと、アンディネを跨ぐ大平原ログレスの境目まで戻ってきたのだった。






「おう傭兵の兄ちゃん達。どだった?」

「どだった? なんてノリで訊ける状況じゃないだろ……肩射抜かれたぞ俺」

「まじかよ!?」

「ここに来る間でやっと傷口が塞がったんだ。ああ、疲れた……」




 休憩小屋の椅子に腰かけ、麦酒が欲しいと口をぱくぱくさせて伝えるイーサン。駐屯兵が持ってきたそれはえぐみが強かったが、酒精が回ってしまえば気にならなくなる。




「すみませーん、この辺りに牢屋はございますかーっ」

「あるけど、どうしたんだーっ」

「賊を一人ひっ捕らえたんですけど、もう解散する我々の身ではどうにもならないので、ここに置いてもらないかなーっと」

「はいよー。どうせ俺はどうにもしねえし、するのはガラティアの連中だしなーっ」




 例の盗賊がマット達によってずるずる連行され、門番が地下牢に案内していく。






「イヤーッ。ここはいつ来ても壮観だナァ」

「これは帝国時代に建設された門なんですよね」

「ソウソウ、ガラティア地方とログレス地方の境界ってナァ。昔々のお偉いサンがヨ、公共事業として建てさせたんだト。ホレ、上の方にある紋様は、帝国時代初期を象徴するアラベスクだっテ……」




 ヴァーパウスが軽快に口を滑らせる最中、



 オレリアの刃が煌めく。




「……ン?」

「貴様……」

「ひっ……あああああっ……ゆ、許して……」






 そこそこ素材のいい外套を羽織った男が、円形禿げを見せつけて土下座をしている。震える彼をオレリアの眼光が貫く。






「薬湯貰ってきたぞー。これで身体もあったか……何この状況」

「私を誘拐しようと目論んだのでしょう。首に針を刺そうとしました」

「へえ……オレリアを攫おうだなんて、いい度胸してるねえ」



 そう言うヴァイオレットの目も、ぎらりと輝き容赦はない。



「こんな格好してるけど、この子結構やり手だよ。その気になれば、今お前の首を落としてやることだってできる」

「許して許して許して許して……」

「第一オイラが側にいたっんのに、白昼堂々悪事を働こうって時点でおっばかー。でドゥーすんの?」

「……私はもうすぐここを去ります。それまで手を出さなければ、それで」

「はっ、はいいいいいいい……!!」




 男は急いで身体を起こし、自分が乗ってきたであろう馬車に慌てて乗り込む。








「……」






 ヴァーパウスは、幌を被せられた下にあったものを、見てしまった。



 その中にあったものは、立っていた。腕も見えた。体長も様々で性別も、吐息が漏れる音がする――






「クソがヨォ……」

「……ヴァーパウス?」

「アー……見ちまった。どうにもならないって、わかってるのにヨォ……」




 顔を上げて、腕で覆った瞳から、液体が流れていく。


 門に身体を向け、その現実から逃げるように――




「……あの馬車でしょうか」

「恐らくなぁ」

「……」


「きっと、ヴァーパウスには並々ならない事情があるのさ。俺達みたいにな」


「……」

「……」






 ヴァイオレットとオレリアが、厳しい表情をして唇を噛み締めるのが、全く同じタイミングだった。






「……一歩道を踏み間違えれば」

「神が慈悲を向けてくださらなかったら、我々も彼らと同じようになっていた」

「使役され酷使され、自由など与えられなかった」


「……ほんっと、嫌になるよなあ。事実とは言え、毎週の集会でこれ言うんだぜ?」

「それだけ我々が現状を維持できていることが奇跡であるということだ」

「現状ねえ……」




 彼女の顔が思い浮かぶ。



 自分に全てを託し、信念の元に散っていった人。



 自分が見捨て、今も後を引いているその人。



 姉妹の母親――








「お三方、ここにいらっしゃいましたか」

「……マット殿にイーサン殿」

「いやー、やっぱり医術師はいいわ。あれだけ膿んでた傷口が一瞬で元通り。俺も回復魔法習おうかな……」



 ぐるぐると肩を回しながら、ずっと空を仰いでいるヴァーパウスに視線を合わせようとするイーサン。



「……お前、何やってんだ?」

「……アア? 何だよ、オイラ今胸イッパイなんダ……」

「如何にも自分は無力だーみたいな感じなんだが」

「無力……アアソウダ、オイラは無力さ……結局は権力の犬さ……」

「……ふぅむ。お前、中々重い事情を抱えているのな」



 ここぞとばかりに、鞄からハーモニカを取り出すマット。



「……ナンダソリャ」

「ハーモニカですよ。無力さを感じる貴方に、慰めのメロディーを……」






      ぴるぴる

             う゛ーーーー

 ぷぴー

       ぶっぶっぼぉっ


         ぶっひゃらららー






「兄者」

「はい」

「下手くそです」

「ストレートですね弟者」

「だって耳が痛いですよ兄者」


「そうだゾ――聞くに堪えない!」




 背中の鞄をもぞもぞまさぐり出し、ヴァーパウスはそれを取り出す。




「おっ?」

「おお……これは……」

「ああ……ヴァーパウス。もしかして、あのヴァーパウスなのですか」

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれなイ! とにかくオイラのベースを聞けーッ!!!」




         ドゥゥゥゥゥゥゥゥン




「来た来たぁ……!」

「痺れる重低音、大地を穿つ振動音。やはりベースはいいものですね」

「わかるかァ! この良さがァ!」

「最近嗜むようになったんですよ、魔法音楽。よければ数曲聞かせてくださいな」

「オッシャラー!!」




 それからベースを掻き鳴らし、吹っ切れるように歌うヴァーパウス。かなり上手で、いつの間にか観客が集ってきた。






「……」




 騒ぎを背にしながら、ヴァイオレットは再び馬車を見遣る。



 中に入っていたそれらも、音楽に興味を示して飛び出そうとしている。



 普通のそれに加えて、鱗や角が生えているそれ。男も女も、いや女の方が若干多いか、子供もいたが老人はいない。






「……奴隷、人攫い、人身売買」




 一歩間違えれば、自分達が堕ちていたであろうもの。


 腰で静かに光を反射する刃が、それから守ってくれている。




「物がないなら人を売ればいい……」




「……実に合理的で、屈辱的だと思わないか、オレリア」




 しかし彼女は天をぼぅっと仰いで、何かに想いを馳せているようだった。



 きっと恐らく当然、あの子のことだろう――








(……タキトス襲撃の動向を探れって言われて、こっちに派遣されてきてしまった)


(訓練も半端、肝心の試合も最後まで見れなくて、ごめんな――)








 冬の空気はよく澄んでいる。声も音色も想いも乗せて、遥か彼方に遠く響かせる為に。

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