二節 「ミドルゲーム」

第415話 地下牢

 本来なら生徒達にとって、かけがえのない夏。しかし今年の八月という暦は、今までで一番憂鬱な暦となった。



 聖教会とキャメロットの連中は、羽目を外すことも許さない。指導と言う名目の監視。規律の押し付け、木偶人形を創造する為の儀式。



 はいはいそうですかと受け入れる程生徒は真面目に出来てはいない。できている生徒はそれこそ異常だ。あれやこれやで監視の目を掻い潜り、例えば旅行でアルブリアの外に出たり、塔の部屋に閉じ籠る等して、各自で夏を堪能していた。何も言われないので何度も繰り返していた。




 しかし、残暑蔓延る九月、彼らは思い知ることになる。




 監視の穴を掻い潜っていたという事実に、連中はとっくに気付いていたということを。逆鱗に触れていたそれに報復する為の手段を、周到に準備していたことを。








「……はぁ。手が痺れてきたな」




 ――前略、親愛なるマッカーソンへ。


 そちらの状況もある程度聞いている。聖教会が急激に動きを強めて、お前も益々身動きができないようだな。




 正直、対岸の火事だと思っていた。グレイスウィルは聖教会の影響が強くないから、連中もずけずけと介入してくることはないと、そう思っていた。


 だが、それは甘い見立てだったよ――






「なーにしてんだよっ」

「ん……マイケルか」



 書きかけの手紙から顔を上げ、友人の顔を見遣るダレン。羽ペンを置いて、その手をぶんぶん振り回し、手首に刺激を与える。



「誰宛よ?」

「マッカーソン」

「ああ。そういやお前宛にちょくちょく手紙来てたよな」

「今となってはすっかり、この手紙だけが生き甲斐になってしまったよ」

「……」



        ぎゃああああああああああ……!!!



「……くそがよ」

「どうした?」

「お前には聞こえないのかよ」

「……振りをしているだけだ」

「ああ……まあそうだよなあ……」



 他の生徒も、耳を塞いだり、歌を口ずさんだりして、何とかその声から逃れようとしていた。











「ぐっ……アアアアアア……!!!」

「……おい? わかったか!? わかったって言ってんだよ!!!」




 キャメロットの人間が、鞭を片手に怒鳴り散らしている。



 その相手はフォルス。以前より問題があると言われていた生徒だ。



 魔術大麻の後遺症に苦しんでいるようだったが、そんなことは関係ないとでも言うように、鞭を振るい続けている。






「……」

「チッ、気絶したか……まあいい、明日覚えてろよ!!!」



 今ここにいるのは、不良とか問題児と言われている生徒が大半を占めていた。






「大層お疲れでございますなぁ」

「とんでもない。暫く鬱憤が溜まっていた所だったからな――」




 はっはっは、と笑うのは聖教会の人間が二人。


 そこにどちらかの人間が、暴れる生徒を一人――クオークを取り押さえながらやってくる。




「お前らっ、放せっ……!!!」

「ほーう、我々に対してその口の聞き様。礼節という物を学んでこなかったのですかな?」

「テメエらに従ってやる道理なんぞあるか!!!」

「ふふ……これは、再教育のし甲斐がありますなぁ……」



 そう言って、立てかけていた鞭を手に取り、



 魔力を流して白電を走らせる。






「……」

「睨み付けても無駄無駄。恐れを内包しているのが見え透いているぞ」

「……そういう言い方しかできねえのかよ」

「……」




「いつまでも自分が上だと思っていやがって――そのうち足元が崩れて、転落死だ」




       バチィン




「アアアアアアアアアアアアアアアアアア……!!!」






 アアアアアアアアアアアアアアアアアア……!!!











「……ちくしょうが」

「……」

「くそがよ……!!」



 握り拳を結んで、自分の机を叩くガゼル。隣ではシャゼムとモニカが、神妙な顔をしてずっと座っている。



「……クオーク君……」

「くそ……くそ!! やっぱりあいつら狂ってる……誰の許可があって、魔法学園に地下牢なんて……!!」





 グレイスウィル魔法学園に地下というものは存在しない。立地の都合上、地下に値する土地はウィングレー家の領地になってしまうからだ。



 そんな魔法学園に、聖教会とキャメロットが――そういう痛め付けるという事項に関してはやけに熱意を見せる連中が、地下牢を無理矢理建設した。具体的には、建築の魔術で構築した土製の空間を、アルブリアの島に強引に接続した。



 今魔法学園を外から見れば、不自然な出っ張りが存在することになる――





「大体さぁ!! 絶対学園長の許可取ってないだろ!! あいつら生徒の指導がどうこうつって、好き放題やりやがって……!!」

「ガゼル……」

「趣味悪いよなあ……生徒の悲鳴が聞こえるようにして、わざと恐怖を植え付けようとしている!! お陰で授業にも集中できやしねえ!!!」

「ガゼル君……気持ちは、わかるよ」

「モニカはどうとも思わないのかよ!?」

「思ってるよ……だからこそ、落ち着いてよ」



 肩に手を乗せ、じっと瞳を見つめる。



「……私が。聖教会の人について、調査してて。それを咎められて……」

「クオークが罪を被ってくれたんだよな……くそっ、何だってあいつは……」

「何だかんだ言って、相当のお人好しだよな……」






       ぐ……あああああ……






「……ねえ、ガゼル君」

「……何だ?」

「私……暫くここを去ろうかなって、思ってる」




 突然の告白。



 目を見開き、何とか受け止めようとする。




「多分今回の件で目を付けられちゃったと思うんだ……だから、もしかしたら、今度は二人にも」

「……」

「……」




 寂しくなるなあという思いが、胸を満たしていく。



 それ以外の感情で胸を満たさないように、精一杯の努力をした。





「……絶対に戻ってこいよ」

「うん……」

「戻ってきたら、またカーセラムで飯を食おうな」

「そうだね……奢ってくれるの、楽しみにしてるよ」











 悪夢のように、精神を掻き毟るように、地下から聞こえる人の声。



 耳を塞いでも心は震え続ける。それから逃れようがないように、連中は造り上げていった。



 この数日で、既に数十人の生徒が投獄されていった――






 授業の時はいい。集中している、している素振りをするだけで、その音は薄れていく。


 休み時間の時が辛い。集中するものがないと、それは濃くなって、視界を淀んだ色で染め上げていく。


 手を耳に持って行く動きも、慣れてしまった。






「リーシャ」

「……」


「リーシャ!」

「……え?」


「……次、演習場だよ。魔法学」

「あ……そうだった、ありがと」




 クラスメイトに軽くお礼を言った後、授業に必要なノートとペンを持ち出して、そしてスノウを呼び出す。




「なのです……?」

「……ここに来て」

「……わかったのです」




 ひょいっとリーシャの腕の中に納まるスノウ。



 そして、力の限り抱き締める。




「……行かなきゃ」


「私は……明るく元気に生きていかないといけないんだ……」

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