第123話 仮面の剣士

「……え……」

「何……あれ?」

「剣士……さま?」



 カタリナ、リーシャ、ダニエルは驚嘆の声を上げ、先程まで奈落の者が立ち塞がっていた所を見つめる。



「奈落を数体一気に両断だと……?」

「ってことはあいつナイトメアか? はぐれにしてもどうしてこんな所に……」



 流石のマットとイーサンも動揺した様子を見せるが、散々聞いてきた怒号がすぐに正気に戻してきた。





「――おーいそこのお前ー!!!」



 エマの呼びかけに対して、仮面の剣士はすぐさま反応する。



「お前、この状況を打破するの手伝ってくれるか!? つーか手伝え!!! 強制だ!!!」




 剣士はそれに頷きだけを返すと、


 エリスに向き直って、そして抱えようとするが――




「……大丈夫。わたし、立てるよ」


「だって……あなたが来てくれた。それだけでわたし、元気が出たもん」




「……」



 剣士はエリスが立ち上がるのを見届け、そして二人で歩き出す。






「げひゃひゃひゃひゃ! いやあ、近くで見ると如何にもって感じですなあ! ご主人程ではありませんが!」

「おうおうわかってんじゃねえかセオドアぁ!」




 元の場所まで戻ってきたエマとセオドアは、先程駆け抜ける際に切らした魔力を魔法球に注いでいる。奈落の姿も見えず、全員揃って一旦足を休めている状況だ。




「ふふ……この戦いが終わったら一戦交えたいものです」

「……」

「おや、首を横に振られた。余程事情がおありの様で」



 その間もエリス以外の子供は呆気に取られっ放しである。



「私と……同じぐらい? 身長……」

「……他人な気がしないね。こう、何というか、自分達のクラスの片隅にいるような……」

「……」



 向けられた言葉全てに剣士は返答をしない。ただじっとダニエルの側にいるだけであった。



「剣士さま……」

「……」

「……ううん。何でもないや」

「……」




「……」

「ちょっとエリス。さっきからどうしたの?」

「何かこう……笑ってるというか、そんな感じ」

「……だって。奈落の者を一振りだよ? あんな強さ見せられたら、希望も持てるって」

「そっか……そうだね!」



 その瞬間、魔法球が再び灯り、周囲が青い光で満たされる。



「よっしゃ! んじゃあ行軍再開じゃー!!!」

「剣士殿、貴殿には私と一緒に先行して頂きたい。後列が安全に進める道を確保してほしいのです」

「……」

「決まりだな! よし、行きますよ姐者ぁーっ!!!」








「はぁ……はぁー……」

「イリーナ様、いくら貴女様でもあんなに力を解放したら……」

「はは……頭がぼーっとするよ。帰ったら私もプルーンヨーグルトだな……」

「おっ、冗談が言えるならまだまだ大丈夫っすね」



 奈落の者との戦いを終えたアルシェスとイリーナが後ろを振り向くと、完全に馬車が復旧して出発の用意をしていた。



「よし、捜索再開――」

「アルシェス様!! 生体反応です!!」

「何ぃ!? どの方向だ!?」




 急ぎ馬車に乗り込み、生体反応を感知する魔法具に食らい付く。




「ここより南西付近、人間七名ナイトメア六名!! 人間のうち、三名が大人で四名が子供の反応です!!」

「――!! よし、そちらに急行するぞ!!」

「はっ!」







「――」



 圧倒的で、そして幻想的。氷霧を裂いて希望を咲かせる神光の剣。



「……」



 敵を切り伏せ、薙ぎ倒し、剣戟踊って態度の悪い観客を粛清する。





「結構なお点前で。ですが私も――」



 洗練されて、そして流麗で。常闇突いて膝をつかせる瞬刹の剣。



「――消えなさい」



 敵を貫き、破裂させ、行く道阻む刺客に力の差を思い知らせる。





「……」

「どうです私の剣技。中々のものでしょう? 独学で頑張ったんですよ」


「……」

「そんな、微妙に首を傾げないで。反応に困ります」



「……気になったのですが、貴方の剣はどこで学ばれた物でしょう? 独学の様にも見えますが、それにしても……流れがよく出来ているもので」

「……」


「またしても、答えるつもりはありませんか。それは残念です」

「……」




 会話が成立しなくても呼吸は一致。



 背中合わせから同時に駆け出す。




 襲い掛かる奈落の者に剣が触れれば、



 それは一瞬にして白雪に還る。




「後列が気になるのですか? 大丈夫、姐上と弟は気丈な戦士です。あの二人にかかれば敵わぬ敵はありませんよ」

「……」



「我々は集中して道を切り開くのが使命。さて、休憩は終わりにしましょうか」

「……!」



 再び走り出し、白黒渦巻く世界に光を駆けさせていく。








「ぐぅ……風がまた強くなってきたな……」

「ガキ共! 吹き飛ばされたりしてねえよな!!!」

「大丈夫……です!!」




 仮面の剣士とマットを追いかけて、進む先は向かい風。腕で視界を確保しながら先へと進む。


 エマとイーサンが両脇から飛んできた奈落を撃滅し、エリス達は確実に歩を進めていく。




「チッ! 何でこっちにも奈落が来てるんだろうなぁ!?」

「恐らく強風で飛ばされてきたんじゃないですかねぇ!?」

「んな落ち葉じゃないんだぞ……っ!!」



 エマはモーニングスターを振り回すのを止め、目を細めて一点を見つめる。



「どうしました姐者!?」

「……来る! この気配、レインディアだ!」





 エマが見つめる先には、微かに雪埃が立っていた。



 その中に浮かぶ、レインディアと馬車の影。





「レインディアが馬車を引っ張っているんだ……勝った!!! 賭けに勝ったぞおおおおおおお!!!」

「てめえら、身体の力を抜きな!!」

「えっ!?」



 エリス達が準備をする間もなく、イーサンの背中から緑色の光が放たれる。



祝歌を共に、クェンダム・奔放たる風の神よエルフォード! 行ってこおおおおおおおおい!!!」」




「きゃぁっ!?」

「わーっ!?」

「あっ……あああああ……!」

「おわーっ!?」






「反応の位置はどうだ!?」

「現在移動中です!! ここから真っ直ぐ東、アルーインの領地に進んでいます!!」



 レインディア達も調子を取り戻し、馬車は速度を取り戻して疾走している。雪が飛び散り車輪の跡だけが残っていく。



「よし……!! このペースなら合流できる!!」

「……っ!? 待ってください、アルシェス様……!!」

「どうした!?」

「生体反応が四つ、尋常ではない早さでこちらに向かってきてます……!!」

「……はぁ!?」




 アルシェスは窓から身体の半分を乗り出す。




「……! あっち……!」

「……どういうこった!?」




 腕から飛び出したユフィが指差した方向から、四人の人影がやってきて――飛ばされてきたのが目に入った。




「……っ!!!」






「ああっ!」

「がっ……」

「ごほおっ!?」

「ぐっ……」




 瞬時にユフィが馬車の上に向かい、四肢を伸ばして、人影をがっしり掴み取る。


 そしてそのまま馬車の中に戻っていく。




「……ユフィ! ユフィちゃあああああああああん!!! よくやったよユフィちゃああああああああん!!! やっぱり俺のナイトメア最高ベイビー!!!!!」

「……あ……えっと……今は、この子達……」

「あ、うんそうだな!!! お前ら大丈夫か!?」

「いたたぁ……な、何とか!」



 エリス達は続々と起き上がり、馬車の中を見回す。



「イリーナさん……」

「ああ、君達……! よくぞ、よくぞ無事で……!」

「感動している所悪いね王女サマ!」




 依然として速度を保っている馬車の隣に、傭兵三人がやってくる。



 エマは生成した氷の板、イーサンは肥大化したエルマーに乗り、マットは四肢を毛深く変貌させて追い付いてきていた。




「俺達は魔物退治を受け持っていた傭兵だ!! 乗せてくれる必要はない、先導してくれればそれについていくぜ!!」

「あ、ああ……! 済まないがそうしてくれると助かる!!」

「よっしゃあ!! 久々のスキーと洒落込もうじゃねーかあああああ!!」

「リズ、これが最後です。もう一働きお願いしますよ!!」








「……時間は午後四時。日も傾いてきたな……」

「間に合うのかよ姉ちゃん!?」

「わかんねえよんなもん!! そう信じていなきゃ……!!」

「……クソッ!! こんな時にアーサーの奴はどこ行きやがった!?」




 物見台から目を皿にして雪原を見つめる、ローザ、イザーク、ルシュドの三人。その顔には焦りの色が浮かびつつあった。




「……!」

「どうしたルシュド!?」

「あっち! 来る!」




 ルシュドが指差した方向には、人間三人と一緒にやってくる馬車の姿が。



 その背後から迫ってくる、黒く鳴動する奈落の者の大群も。




「畜生!!! こういう予想に限って当たるんだよクソが!!!」

「ここでさっきの魔法陣の出番だな!?」

「そうだ! てめえらにほんの少し血を分けてもらったあの魔法陣だ!!!」



 ローザは魔法を使って飛び降り、門の真上に着地する。丁度丸くなっているスペースには魔法陣が敷かれ、そして発動するのを待ちかねているように魔力を噴き出していた。



「あいつらが門に入ったら直ぐに耳を塞げ!! さっきと違って今回は広範囲殲滅用だ、レベルが違うぞ!!」

「了解!!」

「――来る!!」








          「・・。・。・。・、」




 よし! 関所が見えて来た!


     あそこに突っ込めばいいんだな!?




         「(%&&#&$&(%’#”%$”%%」




 ああそうだ!

 ある程度は壊れてしまったから、

 今更突撃しても大したことはない!!


     修理代の請求はないってことだな!

     よし言質取ったぞ!


      ははは! 

      姐者調子が戻ってきましたな!




   「%($&()&”(?><>$&(”&$)&”’)$?>$?<<$」




 でも、後ろからいっぱい来ていますよ……!?


   その辺はアイツがどうにかしてくれる! 

   お前らと一緒に来たあの女魔術師がな!




 ローザさん……ですか!?


     見てろ、ここでアイツの本領発揮だ!

     突入したら耳を塞いでおけ!!!




「――&’&$)’&”)’$%’)$”?!<$?>$?<><”${‘”*$})$”’)!$*!”${‘{”*$}!!!!!!!!!!」





 カウントダウン、三……





「!!!!?*>?!>+L+#!+#!+#!#!#$!$"")$'(&$!!!!!!!!」




 二……




「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」



 一……!





 ――ゼロォォォ!!!





「――ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛――!!!!!!」

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