第66話 応援

 フォルスとオースティンのコンビネーションを見せつけられて、観戦席はそれを褒め称えるように盛り上がる。



 エリス、アーサー、イザーク、リーシャ、カタリナの五人も、席から立ち上がって試合を観ていた。しかし熱狂ではなく驚嘆の意を以てして、である。




「……何だよ今の!? マジで何なんだよ今の!?」

「ナイトメアにサポートしてもらって、自分は渾身の一撃をかます……ありきたりだけど、確実な戦法ね」

「これがナイトメアとの戦い方……かぁ……」

「……どうしよう。ルシュド、血を流してる……」

「いや、これでいいんだ」



 焦るエリスにアルベルトが話しかける。葉巻の煙を吐き出してから冷静に続けた。



「参加を申し込む時点で、怪我を負うことについては同意を得ている。本人も覚悟の上で臨んでるんだから、こっちからは何も言えねえよ」

「……」

「とはいえ……あいつ、多分この試合で初めて大怪我しただろ。その痛みに耐えられるかどうか……」

「クソッ!!」



 イザークは観戦席の最前で、口の周りに両手を当てて叫ぶ。



「ルシュドー!! 頑張れー!! 立ち上がるんだー!!」




「……何をしている?」

「応援だよ!! 見てわかんねえ……わかんねえんだったな!! ほら、オマエもルシュドを応援するんだよ!! サイリもっと出力上げろ!!」




 リーシャも、カタリナも、柵から身を乗り出し声を張り上げだす。




   「頑張れー!! まだ立てるよルシュドー!!」

<うおおおおおおおおおおお!!!!

 フォルスすげええぞおおおおおおおおお!!!!

<かっこよかったよフォルスー!!!!

<フォルスマジサイコー!!!!

<見直したぞフォルスー!!!!




   「ル……ルシュド!! 頑張って!! 諦めないで!!!」

<いいぞフォルスー!!!

<もっとやっちまえフォルスー!!!

<完勝しろフォルスー!!!」 

<二年生の意地を見せつけろフォルスー!!!




フォルス! フォルス!! フォルス!!!

わああああああああああ!!!!!






「……あー。こりゃあやばいな」



 葉巻片手に呟くアルベルト。



「会場がフォルス一色になってやがる。まあ強い方を応援したくなる気持ちもわかるがなぁ……」



 その隣に突っ立ちながら、周囲を見回るエリスとアーサー。



「……これ、魔法ですよね。こんな大きい声、そう簡単に出すのは……」

「そうさ。音声増幅なんぞ、ナイトメアならちょちょいのちょいの魔法だ。二年生以上は自分でも行使できる生徒が多い。一応緩和結界は張ってはいるが、結構なバカ騒ぎになる……」

「……これじゃあ、ルシュドに応援が届かないよ……」



 肩を落として俯くエリス。




 それを見てアーサーが言葉をかける。



「……届かないとだめなのか」

「そうだよ。応援ってね、届けるものなの。自分から送って、相手が受け取ってくれなきゃ意味がないの」



 エリスは観戦席から立ち上がり、柵を握り締める。



「……そもそも、応援をするとどうなるんだ」



 闘技場と観戦席を交互に見遣るアーサー。そもそも彼は、応援について知りたくてここまで来たのだから、その質問は理に適っていると言えるだろう。






「……応援はね。誰かを強くするものだよ」

「……強く?」

「うん。人はね、友達とか家族とか、そんな風に知っている人が近くにいると強くなれるの。近くにいるだけでも十分だけど、それを言葉にすると、何倍も、何十倍も強くなれるの。そして……立ち上がって戦えるようになる」

「立ち上がる……」




    ――ははは




「……だが、言葉じゃないか。ただ自分の意見を伝えただけだ。それだけで……」

「頑張れるんだよ。それはきっと、ナイトメアでも変わらないと思うよ」




     実に




「だってアーサー、言ったよね。手を握られると安心するって」

「……ああ」

「それと同じことだよ。応援されると頑張れる。親しい人、大切な人に何かをされると……素敵な、明るい気持ちになるの」




      実に面白い






 そうだ。そうだったな。


 私も君も修羅に生きる者。


 その背に負うものは何もなく、己のために戦うのみ。



 他人の言葉など、全て我が存在を揺らがせるもの。


 全てが邪魔で、不愉快で、憎むべきもの。


 私の他には、愛しいだけがいればいい。




 さて、君はどうだ? 


 空虚で満たされたその胸に訊いてみるがいい。




 愛されたいだろう。


 安らぎたいだろう。


 誰かの胸に蹲ったまま、


 瞳孔から零れ落ちる涙で、


 その衣を濡らしたいだろう。



 「死なないで」「気を付けてね」「頑張ってね」



 この中に君の知っている言葉はあるか?




 ほら。


 隙ができたな、騎士王。






「――ワンッ! ガウッ!!」

「――っ」



 何かに耽っていたアーサーを、カヴァスが足首を甘噛みして引き戻す。



「……悪いな」

「ワンワン? ワワンワン?」

「……」



「キャウン……?」

「……やるしかない。あんたなら……」







「……如何ですか」




 ルシュドが目を開けると、審判――カイルが眉一つ動かさずに顔を覗いていた。



 自分は壁に寄りかかり、座ったまま両足を広げた姿勢になっているのにも気付いた。




「あ、ああ……」

「ナイトメアに指示をして、回復魔法を行使してもらいました。ある程度ではありますが、痛みは和らぎ血は止まっています」

「……」



「後は貴方の判断次第です。続行しますか、棄権しますか」

「うう……」



 自分の状態を把握してしまうと、次には周囲の状況が嫌でも理解できてしまう。






「「「フォルス!!! フォルス!!! かっこいいぞフォルスー!!!」」」



 悪意のない熱狂に押し潰されそうになる。






「ハッハッハー!!! 俺様は最強だああああああああああーーー!!!」



 更に丁度向かい側で、フォルスが観戦席に向かって両手を挙げているのが目に入ってしまう。






「……痛い」

「痛いか」



 ジャバウォックが飛んできて、彼の思いを受け止める。



「背中、ひりひり……動く、開く、きっと……」

「そうか」



「……怖い」

「傷口が開くことか? 新しい傷を負うことか?」

「……どっちも……」 



 ルシュドはまたしても目を閉じる。


 耳の感覚が研ぎ澄まされ、歓声がより大きく聞こえてきた。





 フォルスはもう勝利したつもりでいた。



 正確に言うなら自分はまだ負けていない。何故ならそれを口にしていないから。



 まだ勝つ可能性はある――そうだとしても怖かった。





「すみません、おれ……」




「――ルシュドォォォォォ!!!!!」






 突如吹き荒ぶ突風がルシュドの言葉を遮る。





「――負けるなァァァァァァッッッッ!!!!」





 その発生源は、丁度視線の延長線上にあった。





 瞼を震わせ、目を疑うように見開いている自分と、



 柵から身を乗り出し今にもこちらまで飛んできそうな勢いの――アーサーと。



 目が合った。







 その時観戦席にいる誰もが、アーサーのことを見つめていた。


 アーサーは柵を握り締め、ルシュドだけを視界に捉えている。その足元ではカヴァスが縮こまり目を閉じて、集中している様子だったが、誰にとってもそんなことは知ったことではない。




「――そうだぁぁぁぁぁぁ!!!! ルシュドォォォォォ!!! 根性見せろォォォォォ!!!!」




 続いてイザークが叫ぶ。その声はアーサーのものと同じく、風が通り過ぎるように研ぎ澄まされ、吹き抜けた。




「ルシュド!! 頑張って!! まだ行けるよっ!!」

「――頑張って、ルシュド――!!」

「わたし達応援してるからー!! 頑張れー!!」



 リーシャも、カタリナも、エリスも、皆一様に声を上げる。細く、すっきりとした声が、闘技場をどんどん吹き抜けていく。





 皆の応援をふいにするつもりか?



 何処かから聞こえてきた問いかけに、心よりも先に足が答えた。






「……行きますか」

「……まだ、行ける……!! みんな、応援、してる……!!」


「わかりました。ですが次にダウンしたら、その時は問答無用で敗北です。いいですね」

「はい!」

「へっ……! おらっしゃあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」




 ルシュドは足に魔力を滾らせ、





 フォルスまで一気に走り寄る。




「なっ!?」

「ケケケケ……!」



 そのまま観戦席の方を向いていた彼に殴りかかった。



 だがこの奇襲は、寸前で身体を右に捻られ回避されてしまう。






「これはなんということだあああーっ!!! 熱い応援を受けたルシュドが再び立ち上がり、フォルスに立ち向かっていくぞおおおおおおーっ!!!」

「やっぱり現実は物語より奇妙で面白いねぇ。こんな展開早々ないよぉ!!!」






「もう大分時間は経っている……攻めるしかねえな!!」

「グオオオオオオオオッ!!」




 足に、拳に、感覚を司る神経全てに。



 竜が吐き出す炎のような血汐ちしおが、ルシュドの身体を駆け巡っている。




「ぐぅぅぅ……!!!」



 再び開き出した背中の傷から、何かが飛んでいきそうだった。




 全てなくなってしまうと、本当に動けなくなってしまうような、そんな大切な物。



 だが休んでいる暇はない。大切な物全てを懸けて、応える時が今だ。




「ガウッ!!! グオオオオオーッ!!!」




 ルシュドは次々と拳を繰り出し、フォルスを壁際に追い込んでいく。一方のフォルスは、斧を両手で持ち、豪快に振り回し一撃一撃を受け流していった。




「キャキャキャ!?」

「おっと、てめえは俺が相手だ!!」



 フォルスに接近しようとするオースティンを、ジャバウォックはすぐに炎を吐いて妨げる。




 オースティンが棍棒を掲げれば地面に燃え盛る炎はすぐに消える。



 だが炎が消えてもジャバウォックは新しい炎を吐き出すだけだ。





 そうして、時間にして約十数秒程、激しい攻防を繰り広げた後。





「……ふんっ!!!」



 ルシュドは拳を引っ込め、代わりに右足を回し――




 フォルスの膝に勢い良く命中させる。




「がっ……!?」




 連続の殴りからの突然の蹴りに、フォルスは咄嗟に対応できず、


 体勢を崩し、やや左に重心をかけて崩れ落ちる。




 辛うじて膝はつかなかったが、その拍子に、




「……っ!!」



 斧がフォルスの手から離れ、遠くに飛ばされていった。





 壁に斧が叩き付けられる。その次に、斧が重力に任せて地面に落ちる。手の届きそうにない距離に、それは吹き飛んだ。



 もっとも、その光景を呆然と眺めている暇もない。





「……これで、終わり――!!!」




 背後から聞こえてきたのは帝国語。



 それに気が付き、後ろを振り向く頃には、



 ルシュドは飛び上がり、拳をフォルスに向けて落ちてくる頃だった。






「これは……!!!」

「決まったねぇ。完っ全に、決まったねぇ……!!!」




 地面に衝撃波が渡り、窪みができた。



 それはフォルスが倒れている所が一番深く、そして中心になっていた。



 彼は鼻から血を流し、顔を赤く腫れ上げ、数秒かけてゆったりと呼吸をしている。





 誰が見てもフォルスはもう戦闘を続行できないと、そう判断するだろう。





 そして、ルシュドがフォルスから観戦席の方に視線を向けると、


 観客達は鳥が飛び立つように叫び出す。

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