第474話 騎士の回想

 ん……






 んん……








 あれ……ここはどこだろう。




 青い空、白い雲、どこまでも続く森……






 ……ティンタジェルの郊外? あの戦いは終わったの?




 ……わたし、何で走っているんだろう?




 もっと景色を見ていたいんだけど――あれっ!?






 ……転んだ!?








「エリス!」




 ……え?








「エリス! 大丈夫かい!! 怪我は……ああああああ擦り傷がああああああ!!」

「パパ……ひっく……」

「ジョージ何してんの回復魔法だよ早く早くってああああああいつは畑にやっていたんだったああああああ!!」




 ……今、エリスって言った?




「五月蠅いにゃあ……」

「もう、たかが擦り傷程度じゃない」

「たかがって何だよ!! ここから化膿して悪化したらどうすんだよえーっ!?」


「ママ……」

「大丈夫よエリス。ママがおまじないかけてあげるからね。そーれっ、痛いの痛いの、パパに飛んで行っちゃえー!」

「うわあああああああ痛いよおおおおおおおお!!」








 そっかあ……




 生まれ変わったんだ。




 わたしの願い、叶ったんだ……











「ジョージ、おさんぽ!」

「あいよー。落ちるんじゃねーぞ?」

「大丈夫だもん! わたしだって六さいなんだし、それぐらいできます!」



 うわっと。



「それはいいんだけどよ。お前に何かあったら、俺がユーリスにぶっ叩かれるからよ」

「またそれー? お父さんったら、わたしのことになると人がかわったようにしんぱいしすぎなのよね! いいかげんにしてほしいわ!」

「あーあー、本人が聞いたら瀕死に追い込まれるぞこりゃ」

「女の子の成長は早いのにゃあ……」



 危ない危ない。また力が出ちゃう所だった。



「クロったらいつの間に? 落ちないでよね?」

「猫はバランス感覚が優れているから、そんなザマになならないのにゃあ~。それよりも、だにゃ」

「なあに?」


「最近のエリスは、ユーリスとエリシアのことをお父さんとお母さんと呼ぶにゃ。つい昨日まではパパとママだったのに」

「むぅ……だって、パパとママって、子どもみたいで恥ずかしいじゃん……それに、きのうもお父さんとお母さんって呼んでたもん!」

「子どもみたいだってえ~~~!? はぁ!!!」

「だから言ったにゃ。女の子の成長は早いんだにゃ~」











 わたしはエリスちゃんの中にいる。



 魔力として取り込まれているのか、魂の一部分になっているのか、詳しいことはわかんない。



 でもわかることがある。それは、今のわたしにしかできない使命。








 エリスちゃんの力――全てを思いのままにしてしまう、聖杯の力を制限すること。



 生まれ変わったってことは魂の性質は引き継いだままだから、刻み込まれた聖杯の力も引き継いでるんだと思う。わたしがこうして自意識を有している――千年前の記憶を持ったまま存在していることが、その証明だ。





 エリスちゃんが、普通の女の子として生活できるように。



 生まれ変わる前にできなかった暮らしを送れるように――






 わたしはエリスちゃんに存在を知られぬまま、こうしてひっそり使命を果たすのだ。






 とはいえそんなに辛くなかったり。だってエリスちゃんの身体、目や耳や口を通して色んなことを知れているからね。



 聖杯が存在していた時代から、千年も時間が流れたということを、つくづく実感してしまう……











「……『二人はログレスの平原をあてもなく旅し、そのとちゅうである村にたどりつきました』」

「くぅ……」


「『村の人達はたいそうきずついた二人におどろき、そして村のはずれにだれも使っていない空き家があるので、そこで休むように伝えます』」

「すぅ……」


「『二人が向かったその家には、今はだれにも使われていない畑がありました』……」

「ぐぅ……」


「……」






 そうですね。エリスちゃん、寝ちゃいました。



 だって膝の辺りに猫……クロちゃんがいたらそりゃあねえ。



 誰だってあったかくなって、眠くなっちゃいますよ。






「……可愛いなあ」

「親バカ再発かぁ?」

「いや普通に可愛いから。見てみ?」

「はいはい……わかってるから安心しろ」



 食べ終えた食器等を魔法で浮かせて、籠にひとまとめ。



 それを咥えてジョージさんは部屋の外に出て行く。そのまま台所まで一働きだ。



「……エリシア」

「……あら、ごめんなさい。私ったら……」

「いいよ、無理もないさ。今の今まで、この子はすくすくと成長してくれた。僕だって嬉しいよ」

「そうね……血は繋がっていないとはいえ、やっぱり嬉しいものね……」



 そうなんだ。まあ、そりゃあそうか。



 エリスちゃんのお母さんは女王様で、お父さんは……






 ……くそっ。嫌なことを思い出してしまう。



 でも、昔なんてどうでもいいんだよ。



 幸せに暮らしている、今の方が大事なんだよね――
















「……ナイトメアは友人であり相棒。主君のために戦い仕える騎士。主君の喜びは我が報酬、主君の悲しみが我の敵……」


「わたしも早く欲しいな。わたしのために尽くしてくれる騎士様!」

「はははっ、まあそうだよなあ。エリスももう十二歳だし、そう思うのは自然なことだ」




 ……ナイトメア。




「十二歳……早いわねえ。あなたもあと少しで叙任式。そうすればエリスの元にもナイトメアがやってくる」

「そうなの、そうなの。わたしのナイトメアはどんな姿をしているのか、考えるだけでドキドキするの。黒い猫かな、赤い牛かな、それとも……」

「……イケメンの男の子とか?」




 その人だけに仕える、その人だけの特別な騎士。




「ちょっ、エリシア……ない! それはない!」

「あら、そうかしら? エリスはすごく可愛い子だし、それぐらい来ても……」

「いやいや、本当にあり得ないんだってば。大体は動物や魔物や無機物、人間が来ても同性か極端に年が離れているかだ。同年齢の異性、ましてやイケメンなんていうのはまずあり得ない」

「あら、私は別にエリスと近い年のだなんて言ってないけど? それにどうしてイケメンっていうのを強調するの?」

「うっ、それは……げふんげふん」




 エリスちゃんにとってのアーサーのような存在が、この世界の誰にでも付き従っている。



 いい時代になったなあ……






 ご飯は美味しいし、戦争なんてもってのほか。魔法も色んな人が使えて、生活の色んなことが楽になっている。



 まあ、唯一不満があるとすれば――



 わたしが悪者扱いにされていること。








 騎士王アーサーと、彼に仕えた魔術師マーリン……



 マーリンはあの後、帝国の皇帝になったって聞いた……






 わたしを悪者にして、自分はそれを倒した英雄。聖杯の守護者はあくまでもアーサーであり、自分をそれを影から支えていたにすぎない。



 敢えて表舞台に立たないことで、色んな人からの支持を得ようとしたんだろうな。






 エリザベス率いるイングレンス聖教会は、世界中で色んなことしてるし。モーレッドに関しては詳細不明――わたしと同じように、悪いことをしたという事実が残っているだけだ。





 全てわたしが聖杯の力を欲したという、偽りの歴史を前提として成り立っている世界。



 でもそこで営まれている暮らしは、こんなにも穏やかで平和だ。






 わたしは勝手に悪者にされたわけだけど……



 結局それで世界が上手く回ったんだから、いいことなのかな……



 わかんないけど、それとは別に、何か悔しいな……
















「えっ……何、これ……」



 ……



「もしかして、一匹だけじゃなかった……?」



 ……ふふっ



「きゃあっ……!」






 エリスちゃん、ごめんね。




 でもわたし、何だか嬉しくなっちゃった。






「はあっ、はあっ……!」






 だってこんな、絵に描いたような展開、来るとは思ってもいなかったもん。






「……え……」




 ナイトメア。その人に仕えて、忠誠を貫き通す、自分だけの騎士。



 エリスちゃんにも、そんな存在が来るのならば――






「ああ……」




 それはあなたしか有り得ないよ、




「うわあああああっ……!!」




 アーサー。











「……エリス! 魔法学園はいいぞぉ!」

「魔法学園はいいぞぉ! ンモーゥ!」




 ……魔法学園。




「ひゃあっ!?」

「……すまん、つい興奮して。だが魔法学園は本当にいい所だぞエリス。俺とユーリスもお前ぐらいの時には魔法学園に通った」

「グレイスウィルじゃなくってウィーエルの魔法学園だけどね! あのエルフがいっぱいいる! でもまあやることはそうそう変わらん! 美味しい飯を食って! 課外活動とかに励んで! 勉強もそこそこに友達と遊びまくる! まさに最の高だ、人生で最も充実する時間だ!」






 美味しい飯……!!



 課外活動……?



 勉強? 友達と遊ぶ?






「……友達、かぁ」

「そうにゃ、エリスは森や苺ばっかりで近い年齢の子と関わったのを見たことないにゃ。村の外でいっぱい関わって、いっぱい勉強ができるいい機会だと考えるにゃ」

「……わたしの知らないことがいっぱいあるのかあ……」


「そうだそうだ。世界はお前が思っている以上に広いんだ。だからいいかい、保護とか何だかそういうことは気にしないで学園生活を楽しみなさい。僕がエリスにしてほしいことはそれだけだから」

「うん、わかった」




 一体何をするっていうんだ……魔法学園。話には聞いていたけど、聞けば聞く程想像がつかない。




「何があるかわからないけど……学園生活楽しもうね、アーサー」

「……楽しむ?」

「アーサーのやりたいことをやればいいってこと」


「……オレのやりたいことは」

「わたしを守ること、でしょ? でもそれ以外にもきっと見つかるよ」




 わからないけど、エリスちゃんはこんなに笑顔だ。



 ユーリスさんもジョージもこう言ってるし、きっと素晴らしい場所。




「アーサーも作ろうね、友達。美味しいもの食べて、いっぱい勉強しようね」

「……ああ」




 アーサーも……




 昔と変わらず、無表情なままだけど。




 魔法学園に行けば、もしかしたら……
















「せ、せせ、先生、これって……?」

「驚くことはないぞ。エリス、どうやらお前は『魔法使い』みたいだな」

「魔法使い……?」



 魔法使い……


 昔聞いたことがある……確か魔法が使える人の呼び名で……



「先程の説明の中にいた、魔法の才能がある人間だ。こういった人間は呪文や触媒の有無に関わらず魔法が使える」

「で、でも杖から弾が出てきました……」

「恐らく魔力の流れを効率化させる道具を握っていたから、それに流れて言ったのだろう。それに魔法使いであるならば魔法陣が反応しないことについてもある程度の説明はつくな……」



 ってそうだ、今の世界だと意味合いが違うんだ。


 でも……うーん。



「取り敢えず今は他の生徒のを観察しておいてくれ。しかし凄いぞ、まさか八属性に適性があるとは……」

「はい……」








 願いを叶えちゃう力はわたしが制御しているから……



 膨大な魔力量だけが表に出てる、ってことかな。



 いずれにしても、やっぱりエリスちゃん、生まれ変わっても特別な存在なんだな……
















「オージンよ、運命に抗う蛮勇の戦士よ!! 何故姫君を解き放つことを願う? 堅牢で神々ですらも破ることのできない、運命の牢獄から!!」


「貴様のその心に篝火を灯し、突き動かす物は何だというのだ? まさかそれは愛であると、寓話のような世迷言をほざくのではあるまいな!!」




「賢愚な皇帝に仕える、愚鈍な魔術師よ!! 貴様は今、愛は世迷言であると吐き捨てた!! ならば私はこの世を延々と彷徨う、生きるべき道を探し出せぬ愚者であるのだろう!! いや、そうであって構わない!!!」






 あ~……


 いいわあ~……






「私が彼女の姿を目にした時、彼女と共に生きていきたいと、口よりも先に心が叫んだのだ!! 彼女の言の葉が恐怖や喜びを紡いだ時、彼女に館の外に広がる美しき世界を見せてやりたいと、四肢が疼いたのだ!!」


「そして、貴様が彼女の身体に触れた時――この心に宿った、怒りが、憎しみが、愛が!! 神々をも凌駕する力を与えたのだ――!!!」






 全てを懸してでも守ってくれる男の人……


 いいわあ……






「ああ、なんて素敵なことでしょうか。館の窓から見る、灰色の壁が遮る空ではなく、逃れようのない一面の空が見えるのですね……」


「空だけではない。海も、大地も、草木も、全てが君を待ち望んでいて、そして迎える準備をしているのだ。君がその全てに会いたいと願うなら、何時如何なる時でも歓迎してくれる」


「ただそんな彼らでも、傷付き果てた姫君の姿は見たくないと申している。花の様に微笑む、本来の美しい君と会いたいと願っているのだ。君はその願いを叶える力で、彼らの願いを叶えなくてはいけない」


「――だから、今はゆっくりとお休み。私が傍にいてあげるから」






 アザーリア先輩とダレン先輩の演技も最高だぁ……



 エリスちゃんもぽけーってしてる……アーサーは……








 ……思えばオージンみたいな存在が欲しくて、わたしはアーサーを造ったんだよね。



 結局最後まで無表情だったけど……けど。



 ハンス君と決闘したり、イザーク君やルシュド君と仲良くなったり、ヴィクトール君と関わった今なら……何か、感じてくれているかな?











「……ねえエリス?」

「ん、なにー?」

「エリスって……今何歳?」

「……今ここで聞くこと?」

「ま、まあ……嫌なら別にいいけど……」



 リーシャちゃん……


 エリスちゃんの胸、めちゃくちゃ見てくるじゃん……



「……それはつまり、誰かと入る機会がそんなになかったと?」

「んー、まあそうだね……もしかしたら、お母さんぐらいしか一緒に入ったことないかも?」

「……そっかー……」



 確かにアヴァロン村にいた時はそうだった……


 エリシアさんあまり裸について言及してなかったな……




 ……まさか聖杯の力だけじゃなくって、カラダの育ち具合もそのまま受け継がれるとはなぁ!!!






「……いいもん。揺れる物が無い方が曲芸体操やりやすいもん」



 そうだぞ!!! 剣だって振りやすいんだぞ!!!














 あ~。



 魔法学園、最っ高!!!





 優しい友達がいっぱい!!!


 勉強も興味深い!!!


 先生も城下町の人も優しい!!! あと城下町も楽しい!!!


 んでもって、美味しい食材で作った美味しいご飯がいっぱい食べ放題!!!


 特にこの、この!!!




「はううう~。タピオカおいひいよぉ~」



 そう、たぴおか!!!






「喜んでくれて何より~。ずるずる」

「ぶっ……けほっ。もぐもぐ」





 何だこのもちもちは!!! 初めて食ったぞ!!!


 千年の歴史はこんな美味まで生み出してしまうのか!!!


 もちもちとミルクティーが織り成すまりあーじゅ!!!


 しかもよく見てみればミルクティー以外にもあるじゃん!!! サイダー、苺練乳、グレープフルーツ、蜂蜜レモン……


 ミルクティーでこんなに美味しいなら、他の味は死ぬぐらい美味しいんじゃなかろうか!?





「セバスン、これ凄いもちもちする……」

「何と……その黒々とした見た目からは想像もできませんな」

「美味しいけれど、顎が疲れる……」

「タピオカいいねタピオカ。絶対流行ると思う」



 ま゛っでぇ゛~~~~~~もっとたぴおか食べよ~~~~


 ああドリンクの容器が返却口に戻ってく~~~~


 足が教室に向かう~~~~~



「ふうー。リーシャありがとうね、奢ってもらっちゃって」

「いいよこれぐらい。だって誕生日なんだもん、正直財布事情はきついけどこれぐらい大したことない!」

「えへへー。ありがとー。わたしもリーシャの誕生日にはスイーツ奢るねー」

「あたしは特に関係ないんだけどね……」

「何言ってんの友達でしょ!」

「そ、そうかな……」





 ……肉体があれば。


 魂じゃなければ……くそぅ……


 美味しいたぴおかが食べ放題……あああああああああ……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る