第173話 たのしい筋肉部門
無事に触媒も購入した翌日、ルシュドとクラリアは演習場への道をのんびりと進んでいた。
「新しい触媒買ったから鍛錬が捗るぜ!」
「……え?」
「おい、ルシュドが本気で困惑しているぞ」
「敢えて突っ込ませてもらうが、お前は杖で敵を殴り倒すつもりか」
「んー……ヴィル兄に鍛えてもらえれば多分できるかもしれねえ!」
「学年が上がっても相変わらずだこの子は……」
クラリアが溜息をついた所で、ふとルシュドの足が止まる。
「……」
「ん? どうした?」
「あの子……」
茂みの中から演習場を覗いていた生徒に、ルシュドは駆け寄る。
「……えーっと」
「……」
「……あのー」
「……」
「……うーん……」
「ようキアラ、こんな所で何やってんだ?」
「ひゃあっ!?」
ジャバウォックに声をかけられ、キアラは飛び上がって振り向く。それを受けてシャラが彼女のポニーテールから姿を現した。
「え、あ……ルシュド先輩、こんにちはっ」
「こ、こんにちは」
「もうキアラったら、どうして気付かなかったのよぉ」
「……シャラの方こそ、どうして言ってくれなかったの」
「何だルシュドー? 知り合いかー?」
「ひっ……」
後ろから顔を覗かせたクラリアとクラリスを見て、追加で飛び退くキアラ。
「ああ、この子、キアラ。料理部、一緒、一年生」
「おお、ルシュドの知り合いか! アタシはクラリア、こっちのちっこいのがクラリス! ルシュドの友達なんだ!」
「え、えっと……キアラと申します。このサラマンダーはシャラ……です」
「よろしくねぇ」
「……」
キアラは恥ずかしそうに茂みから立ち上がる。普通の人間にはない特徴は、全て露わになった。
「おおっ、角に爪に尻尾が生えてる!?」
「……私、竜族なんです。その……」
「クラリア、あまり言及してやるな。お前だって狼の耳に尻尾が生えているし、手や足は毛深いだろう。それと同じで一つの個性なんだ」
「個性か……個性……」
「……うーん。ちょっと難しいか。だったら何も考えずに彼女の嫌がることをしないだけでいい。そしてそれは身体の特徴をとやかく言われることなんだ」
「おっし! それならアタシ、わかったぜ!」
ふんすと胸を張るクラリアを、キアラはきょとんとして見つめる。
「……ルシュド先輩のお友達、いい人ですね。笑顔から優しさが伝わってきます」
「あっ、ああ。クラリア、いい人。おれも、そう思う」
「……ところでキアラよぉ、お前何でここにいたんだ? しかも茂みの中にいちゃってさ」
「あ、それは……」
「わかった! 武術部に入部希望か! ならアタシ達と一緒に行くぞ!」
「わわっ、ちょっと待ってください……!」
無理矢理引っ張ろうとするクラリアの手を、キアラは強引に引き剥がす。
「あ、あの……確かに武術部の様子、見てたんですけど……」
「……ん?」
「……」
彼女が僅かに身体を揺らすと、尻尾も左右に揺れる。
「わ、私……殴るとか斬るとか、好きじゃないんです……」
「ん? 武術部は殴る斬るをする所だぞ? それなのに入るのか?」
「……」
「……その姿か」
クラリスの分析にこくこくとキアラは頷く。
「……皆、この見た目だから、屈強だって思うだろうから……だから、それっぽい活動に入ろうかなって思って」
「ふんふん……」
「で、でも、こっちに来る前は武術の訓練とかしてないし、ついていけるかどうかも不安で……その、正直言うと……」
「……成程。そういうことなら無理する必要はないと思うぞ」
クラリスが前に出てきたのを受けて、キアラはしゃがんで視線を合わせる。
「こっち、ということはアルブリアの外からやってきたのだろう? だとしたら、まだ生活にも慣れていないはずだ。なのにそんな無理をする必要はないと思うな」
「……」
「二年生、なる。入る、大丈夫」
「そうだなー。確かにアタシも裁縫やれっつても疲れるからな。それと同じで、気が進まないなら入らなくてもいいと思うぞ!」
「……皆さん」
「うふふ、さあてどうするのかしら、ご主人様?」
「……」
シャラにも促されたキアラは立ち上がり、すっきりとした表情でルシュド達を見つめる。
「……あの、先輩達に言ってもらえてすっきりしました。もう少し課外活動、考えてみます」
「そうか。まあ頑張れよ」
「学園生活は楽しいからな! そうだ、ついでにアタシの尻尾をもふもふしてけ!」
「え、いいんですか?」
「アタシは触られるの好きだからなー! 遠慮すんなー!」
「え、えと、じゃあ……」
キアラはクラリアの尻尾を恐る恐る撫でたり、顔を埋めたりした。
「……気持ち、よかったです。ありがとうございます」
「おうよ! んで、何かあったらまた来い! アタシとルシュドはいつでもいるからな!」
「は、はい! では失礼します!」
そう言って園舎への道をキアラは歩いていく。
「……」
「んあ? 何だルシュド? さっきの子の顔にゴミでもついてたか?」
「……おれも」
「ん?」
「おれも、尻尾、あればなあ」
「……んんー?」
「おいおいルシュド、お前何言って……」
ジャバウォックが窘めようとした時、クラリアは目を細めて手を頭の方の耳に当てた。
「おう、今度はお前がどうしたんだ」
「何か……騒がしいな。笑い声もするし、叫び声もする」
「つまりごちゃごちゃした音がするってことか。何かあったのか?」
「……気になる。行こう」
四人も気を取り直して、演習場への道を急ぐ。
「あ゛ーっ!! あああああ゛ーーっ!!!」
「どうしたメルセデス! 背筋が曲がっているぞ!!!」
「ぎゃああああ!! グギって!! 今グギって音したあああああああ!!」
「ダレン・ロイド、貴様だけは絶対に許さない」
「うるせーんだよマレウスーーーー!! んなこと言ってないで何とか痛みを緩和しろーーーっ!!!」
「それでは筋トレとやらの意味がないので拒否する」
「覚えてろよてめええええ!!」
「んぎょーーーーーっ!! オレの足腰が死んじゃうよぉデネボラァーーーーッ!!!」
「何情けないこと吐いてるんだい!! あんた、それでも王国騎士団副団長の息子か!!」
「息子だよ!! お前は俺の血を分けた子だって九歳の誕生日に言われた気がしないでもないよ!!」
「だったらもっと筋トレ頑張らんかい!! ほら、隣のルドベックを見習いな!!」
「……」
「オマエッ!? 何でそんな黙々とトレーニングできんの!?」
「……農作業には体力が要るからな」
「何それー!?!?!?!?」
集まった武術部の部員達は、全員が一ヶ所に集められて何かを強制させられていた。
頭に手を回し背筋を真っ直ぐに伸ばして膝を折るスクワット運動。ナイトメアと一組で行う腹筋と背筋。
部員全員が思い思いの声を上げて、一心不乱に身体を動かしている。
「……」
「……」
「……おお、クラリアじゃないか。来ていたのか」
「全くあんたら、ラッキーだったね。来るのが遅かったおかげで厄介事に巻き込まれずに済んだんだから」
「……ヴィル兄ー? アネッサー? これはどういうことだー?」
「それはだな……」
「俺が説明いたしましょうクラヴィル先生っ!!!」
声をかけてきた二人を押し退けて、やってきたのはダレン。その恰好は白シャツに短パンで、身体にぴっちりとフィットしている。腹部のシックスパックがくっきりと浮き出ている。
「その前に自己紹介をば! 俺の名前はダレン・ロイド、三年生だ!」
「三年生……?」
「……あ! 思い出したぜ! その名前はエリスから聞いたことがあるぜ!」
「そういえば、演劇部にとても逞しい先輩がいたと聞いたことあるな……まさか?」
「ふっふっふ、演劇部ということなら俺しか有り得ないな! 去年から筋肉を付けるべく訓練にだけ参加していたのだが、今年から正式に加入することになった!」
そう言ってダレンは胸を張り、右手を腰に当て左手で指差す。
「君達! すぐ隣で活動している魔術研究部には、二つの部門があることはご存知か!?」
「……知らない……」
「そうなのかヴィル兄ー?」
「ああ。純粋に魔術の腕を上げる鍛錬部門と、魔法具の開発を行う研究部門に分かれているんだ」
「そうだッ!!! 魔術研究部は部門分けされているのにッ!!! 何故武術部は部門分けされてないんだッ!!! 俺は武術の鍛錬を積む中で、その事実に気付いたッ!!!」
「……えーと、つまり?」
「この度俺は武術部に新たなる部門を創設したッ!!! その名も筋肉部門ッ!!!」
そこに赤土色のゴーレムリグレイが、へなへなと力の抜けたメルセデスを脇に抱えてやってきた。
「ぷしゅう……」
「うおっ、メルセデス!? 一体何があったんだ!?」
「んー、まあ女子にはきつい所があったかな? よし、休んでいいぞ!」
「絶対に許さないダレン・ロイド。あと私の数十センチ前にはクラリアがいるぞ」
「……あ、あひゃぁ~……クラリア先輩こんにちごぶっ」
リグレイにベンチに投げ座らされ、更に水の入ったコップを手渡されるメルセデス。こんな状況でもクラリアに対して可愛い笑顔を決めようとしている。
「ぜーっ……ぜーっ……な、何なんだよ……来ていきなり筋トレって……」
「筋肉部門に勧誘するための体験活動って所だな! ウェルザイラ家宮廷魔術師チャールズ殿考案、ナイトメア式筋肉トレーニングで効率良く負荷をかけられるんだ!」
「……わっ、私っ、武器種は弓志望なんですけどぉ……!!」
「力強く且つ的確に矢を撃つには筋肉が必要だな! よしお前の名を名簿に入れておこう!」
「い、いや、待って、何で加入する前提になってんだアタシ!? クラリア先輩何か言えええええええ!!」
「……」
「中央の筋トレ集団が気になっているみたいだな」
「クソがあああああああ!!!」
メルセデスが悶えている隣で、クラリスはクラヴィルに色々訊く。
「……勝手に部門とか作ってしまって大丈夫なのですか?」
「この魔法学園はそういうのに緩いからな。それにさっき発言に出てた通り、ウェルザイラ家のチャールズ様も協力してくれるし。更に他にも魔術師の方が全面協力してくれるらしい」
「突発で作ったように見えるが、意外と下地は万全なんだな」
「話を聞くに半年ぐらい前から準備してたみたいだね。演劇部のこともあっただろうに、本当よくやる生徒だ」
一方ルシュドはダレンに話を訊きながら、筋トレの様子を観察していた。
「うーん……筋肉、筋肉……」
「筋肉があればあらゆる言動に説得力が生まれるぞ。更に秘伝奥義セットクブツリも取得可能だ!」
「せっとく……ぶつり……?」
「おいおいルシュドに変なこと教えんなよ」
「俺は嘘はつかない、この筋肉に誓って
どかァァァァァァァァァ……
ァァァァァァァァァァァァァァァァァ――
……えっ?」
ダレン達一同は、ゆっくりと爆音の方向に振り向く。
その視線の先は、一面が灰色の煙で覆われていたのだった……!
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