第370話 幕間:キャメロットの花園

 朝日、毎日のように昇っては世界に十分な光を齎すそれが、モルゴースの顔に当たって無理矢理叩き起こす。


 顔の温度が上昇し、望んでもいない不快感を与えられる一連の行為に、彼女は嫌気が差していた。






「……しかし朝日で目覚めるのは、人間として正しい行為である」






 そう言い聞かせた後、彼女は朝の準備を行う。


 日光を浴びながらぼんやりした後、


 サイドテーブルに貼ってあるメモ書きに目を通す。






「洗顔、歯磨き、整髪、以上の行為で身だしなみを整えた後朝食の準備に取りかかる……」




 メモの内容を音読し、そしてその通りに行動を開始した。











 一連の行為が終わった後、モルゴースは外に出る。



 住んでいる集合住宅を出れば大通り。花と煉瓦が彩る洒落た街。かのお方が紡いだ理想の街。



 キャメロット。かつては帝国の帝都と呼ばれた街は、今は世界の流れより隔離して独自の流行の元に置かれていた。






「……そうそう。聞いたかあの話」

「何の話だ?」

「『魔獣』研究だよ。ほら、あの鬼畜がやっていた」

「ああ……あのどうしようもない兵器か」






 外に座席を設置してあるタイプのカフェテリア。そこにいた魔術師二人の会話が、意図せずしてモルゴースの耳に入った。






「あいつ、鬼畜の癖にヴィーナ様から寵愛されてよぉ……」

「俺だって研究費欲しいよ。あと自由に使える施設も……」

「ったく、何だよ。身分も地位も関係ない理想の町って……結局こうして差が生まれてるじゃないか……」



 果実水を片手に愚痴を零す二人は、花園の紋章が描かれたローブを着用している。モルゴースの物と同様だ。



「……ホットサンドをください」

「かしこまりました」



 傍目にモルゴースは、空いている席に座って適当に頼む。余計なことを考えるだけでも、人間は力を使うのである。








「……」






 モルゴースは空を見上げた。



 こういった何でもない日に空を見上げるのが、彼女の趣味である。



 そうすることにした。






「素晴らしい人間というものは、必ず何かしらの趣味を持っているものである」



 言葉を幾度となく反芻し、そして食事を取る。











 キャメロットはかつて帝国が崩壊の危機に瀕した時、その都ごと大地と切り離し島となった。


 魔術によって地面を隆起させ、そして誰も近付けないように結界を張った。渡航が許されているのは魔術協会の人間、あるいは許可を貰った組織の人間。


 それ以外の人間は町の姿を目に入れることすら許されない、文字通りの神秘領域なのである。






「……ヴィーナ様はまだお帰りにはなられない」






 街の中央に立つ巨大な塔、通称を『神秘塔』。


 それを見上げながらモルゴースはぼんやりと物思いに耽る。






「だがお帰りになる前に、私はもっと身に付けなくては」


「人間性を――」






 その時、見知った顔が視界に入った。






「ゴルロイス……」


「全く、何をしているんだ……」











 待ってー



「ははは! 遅い遅い!」



 ぼくははしるの速くないんだよー



「そんなんじゃ捕まえられないぞー!」



 力はつよいんだけどー。とっくみあいにしようよー



「え~、そんなのつまんないじゃん!」








 街にある広場、その噴水を回って子供と大男が追いかけっこをしている。


 ニメートルを有に超えた彼は、それに見合わず細く穏和な声を出し、また表情筋が強張っている。






「……おい、ゴルロイス」

「あ、モルゴース。追いかけっこ、する?」

「いや、その子供は……」



 子供はぼろぼろになった服を着ていた。十歳前後の少年や少女が多く、目は無垢で輝いてる。



「……何処から連れてきた?」

「ふねだよ」

「どんな船だ?」

「つみにを持ってくるふね」

「船頭に無断で持ってきたのか?」

「……? どういうこと?」

「こいつ……」



 ゴルロイスは力が強い。力だけならゴーレムやオーガを数体束にしただけのものがある。


 しかしそれ以外に欠陥が見られるのだ。精神は幼く知能は低い。



「……とにかく連れて行くぞ。お前の一声で子供を集めろ」

「連れていく? どこに?」

「神秘塔だ。そもそもこの子供は、神秘塔に連れて行く為に持ってきたものなんだよ」











 神秘の名を冠するその塔は、キャメロット魔術協会の中でも選ばれた者しか入ることが許されない。


 モルゴースもその一人。彼女の生活拠点である部屋は、この塔の九階に存在している。


 また、ゴルロイスもその一人である。それ以上のことは彼女は知らないが、自分と彼は同じ性質を持っているのだ。






「……おい」

「ああ?」

「私だよ」

「……これはこれはモルゴース様」



 肩眼鏡を押し上げて魔術師は応答する。取ってつけたかのような敬語。



「この子供なのだが……ヴィーナ様が買ったものだろう?」

「子供……ああそうですね、恐らくは」



 モルゴースの肩から、ゴルロイスと遊んでいる子供達を細目で見遣る。



「一向に到着しないもので煮やしていたんですよ」

「ゴルロイスが勝手に連れ出していたそうだ」

「ああ……その、ゴリラがですか」



 魔術師の口調は一貫してぶっきらぼうだ。そして、ゴルロイスの名前を聞いた途端、かなり機嫌が悪くなったように感じる。



「その子供達はこちらで管理します。なので引き渡してください」

「こいつごと部屋に誘導した方が早いぞ」

「それもそうか――おい、ゴルロイス」





 名前を呼ばれて、全員がのっそりと振り向く。





「菓子を与えてやろう。私についてこい」

「お菓子!」

「お菓子貰えるの?」

「ぼくも、おかし食べたいな」

「そうだろうそうだろう、だからさっさとついてこい」



 さながら引率の教師と生徒達。彼らは塔の一階の応接室へと向かっていった。











「……子供か」




 前にヴィーナに聞いたことがある。何故子供を連れてくるのかと。


 そうしたら――




「わたくしと、あの人の、秘密ですわ」






「……秘密」






 天井を見上げる。


 この塔は二百階建て。その内一般の人間が立ち入りを許されているのは、たった二十階だけである。


 それから上に行けるのは選ばれた人間だけ。最上部に至っては、ヴィーナしか立ち入りが許されていない――




 故に人はこう呼ぶ。神秘塔の上層は、キャメロットの『花園』と。






「もしも、私もあの人様にお会いできれば――」


「より、人に近付くことができるのでしょうか――」






 山査子の花が空から舞い散る幻を見た。

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