第507話 侵食される世界

 こうしてやってきた月曜日。


 生徒達が朝から召集をかけられたのは、上級生区画の魔法陣管理室。




 屋根の被さったやや広い石造りの建物で、中には魔法陣が幾つも展開され、魔術師達がせわしなく歩き回って管理を行っている。


 ヘルマンの他にも数人の教師が先導していくのに、黙々とついていく。






「おおスゲえ……あれパルズミールの緩衝区セントラル行きだってさ」

「結構色んな所に行けるんですね?」

「事前連絡と許可は必須だけどな。で、目的の魔法陣はこれだ」



 立ち止まった魔法陣の前には、ノースウェスト村行きと看板が立ててある。



「……北西村?」

「ログレスの北西に位置してあるからそう名乗っている。ではグループ毎に整列してくれ」





       整列した





「よし。では一グループ毎に教師一人、一緒に転移していくぞ。俺の指示通りに動いてくれ」







 それから数分経った後に、エリス達の番がやってくる。






「魔法陣転移ってやったことある?」

「まだアルブリアに来たての頃に一度だけ」

「じゃあ四年前か。あまり当てにならねーな」

「今後は使う機会も多くなるだろうから、感覚を覚えておくといいぞ」



 魔法陣の中央に立ち、五人に続いてヘルマンが入る。



「では行くぞ。気構えずに楽にしてくれ――マギアステルに我が羨望を」
















 刹那、光が視界を覆ったので、思わず目を瞑ってしまう。



 そして次に目を開けると――






「……はぁ」

「スゲえや……」





 魔法陣と人が詰めかける管理室から、空と建物と土が見える広々とした地に様変わり。




 目的地のノースウェスト村に転移してきたのだ。






「唖然としちゃう気持ちもわかるが、早くはけてくれ。次のグループが待ってる」

「は、はい!」



 急いで鞄を持って魔法陣から出ていく。すると数メートル先に、別の引率の教師が手を振っているのが目に入った。



「今手を振っている彼が、立っている後ろにある宿。あそこに調査中はお世話になる。荷物を置いてスタッフさんに挨拶したら、そこからはもう自由行動だ。時々俺達が様子見に行くからそのつもりでな」

「はーい」



 ヘルマンはそう言った後、後続のグループの転移作業に戻っていく。






「じゃあ行こうか」

「ねえエリスちゃん!」

「何か見つけても、それは後!」

「こんな重いもん持って散策なんてできねーだろ」

「ぶぅ……」











 そして宿に入って


 挨拶もして


 荷物を置いて今は部屋








「男女相室かー」

「宿って基本そうだぞ。男女に分かれている魔法学園が丁寧ってだけ」

「ちゃんとお風呂入る時間分けなきゃね」



 ソファーに座ったり、ベッドに寝てみたりして、手持ち無沙汰に時間を潰す。



「……本題に入ろうか」

「ああ、話をしないといつまでもこのままだ」

「結局夜間調査するの?」

「するでしょ。折角の機会なんだし」

「ここで成績取っておけば今後楽ができるぞー!」

「またイザークはそう言って……」


「じゃあ……昼は何しようか。夜は魔物が凶暴になるって話だから、休んでおきたいよね」

「それなら! 村を散策しよう! わたしバウムクーヘンって食べ物のお店見つけた!」

「ギネヴィアがこんな感じだし、村を見て回ろうか」

「オレもそれで構わない」

「ボクもさんせー!」











 というわけで男女で分かれて、村を歩いて回る。








「おじさん、このひとくちバウムって」

「銅貨六枚だよー」

「はい!」

「えっと、じゃあわたしも」

「あたしもください」

「はいよ!」



 そしてカスタードクリームの入った容器で蓋をされた、カットサイズのバウムクーヘンがごろごろ入った容器を渡される。



「この楊枝でバウムを取ってな、カスタードにつけて食べるんだ」

「美味しい!!」

「美味しいぞ!!」

「ありがとうございます。では……」






「……いや、まだではとはならないんだよね?」








 嫌な気配を感じて後ろを振り向くと――




 立っていたのは白いローブの集団。






「……」

「ふっふっふ……初めましてお嬢さん。いや我々はお嬢さんのことを知ってるんだけどね? そうそう、そちらの赤い髪のお嬢さんだ」



 ぼんやりと、服に縫われてある、花園をあしらった紋章が見えた。



 そしてそいつは、じっとエリスから視線を外さない。



「……あんたなあ、この子達はうちの客なんだよ。何かしようってんなら承知しねえぞ」

「客だった、の間違いでは? もう買い物は済ませたでしょう」

「ささ、それを食べながらで構いませんよ。ちょっと我々と話を――」






            ドォン!!!






「す、っ――!!!」



   男は腹から曲がるようにして、



       そのまま倒れ込んだ。






         倒れさせたのはギネヴィア――






「エリスちゃん、こっちいこ!」

「おじさん、ありがとうございました!」



 男の腹を蹴った足を、そのまま通りへと逃げる足に変える。


 ギネヴィアに引っ張られて、カタリナが隣に控える配置で、そのまま暫く走っていく。











「……やっぱ多いなあ、三騎士勢力だかっていう連中」

「ああ……」



 一方の男子二人は、人通りの少ない路地を歩いていた。


 このような場所には様々な物が溜まる。あまり見ないような店から世界の闇まで。



「だって何人見かけたよ。聖教会十三、キャメロット二十八、カムランなんて支部っぽいの作ってたぜ?」

「カムランに関しては、果実水売ってるおっさんが愚痴っていたぞ。この村には立ち退きさせる程の力がないんだと」

「ほーん。いずれにしてもさあ、事前情報以上つーか。ここまで蔓延してるとは思ってもなかったつーか」

「確かにな。加えて、赤いスーツの連中も多く見かけたな。アルビム商会……」



 仄かに愚痴の味がする李の果実水を飲む、イザークの手が止まる。


 それから眉間に皺を寄せて考え込む。



「……お前は何か知っているのか? アルビム商会について」

「……アイツら、不穏な噂しかねーよ。力で無理矢理契約を締結させられる、逆らえば皆殺し。恐怖を武器にしている連中だ」

「恐怖……か」


「前の土蜘蛛の件で益々勢力強めてるって話だ。それでやることが……鉱山進出ってわけよ」

「鉱山?」

「ドーラ鉱山ってあるじゃん。ほら、生えてきたって形容詞で有名な。最近……本当に数ヶ月前ぐらいから。あそこの発掘に精を出しているって話だぜ」

「しかし商人なら金の臭いがする所に群がるのも道理だろう」

「そうなんだけどねえ……でも連中は動きが早すぎる。これじゃあ今まで取引してた所、収入断たれて死ぬんじゃねえの?」




 ここまでをすらすら語っていたイザーク。






「……お前」

「何だよ」

「やっぱり……商人気質なんだなあって」

「……あ?」



 目に見えて彼の機嫌が悪くなっていく。



「済まない、思ったことを言っただけだ。忘れてくれよ」

「……別にいいよ。オマエが悪気ないっていうの知ってるし。ほら、もう休むだけ休んだろ。行こうぜ」

「そうだな」



 水筒の蓋を閉めた後、正面に向き直る。








「……おお!! お兄さん方こっちに振り向いてくれた!! いやあねえ、店に勧誘しようと思ったけど何分話し込んでいるものでしょう? だからそれ終わってから話そうと思ったんだけど、手間が省けました! さあさあこちらの商品見ていってください!」








 継ぎ接ぎだらけの服におんぼろな屋台。絵に描いたような露天商。




 値札が置いてあるだけの見栄えなんてあったもんじゃない品物の中で、それは二人の視線を集めた。






「……」

「……」

「おおっと、それが気になりますか! それは極秘の裏ルートから仕入れた、裏世界ではちょーいっと有名な青い酒でございます! 一口飲めばトリップできること間違いなし! でもその分お高めで金貨二枚で取引させてもらっています~!」





 青、青である。想像以上の青。海かと見紛う程の青。



 それが入った瓶の周囲だけ空気が違う。広大な海を彷彿とさせてくる。あの塩臭さも、波が押し寄せる音も、いつの間にか聞こえてきて、終いには今いる場所すらも海だと錯覚してしまいそうだ。





「……どうすんだよ」

「……入手できれば、役立つかもしれない」

「役立つ? ああ、セロニム先生に話訊くんだっけ」

「少し痛い出費だが、まあそこは……キングスポートで何かご馳走してもらおう」



 こうしてアーサーは青い酒を購入した。



 気持ち悪い笑顔を店主が浮かべてきて、逃がすものかと欲望が滲み出ている。






「他! 何かどうです!」

「うーん……じゃあこの黒いやつ」

「ははーっ! お目が高い! それは黒曜石に魔力的加工を施してそんじょそこらの触媒より魔法を強める働きを持つブレスレットでございます! 極大魔法がガンガン放てますよ~!」

「……」


「ついでにこれも貰おうか」

「それは恋愛成就の頭飾り! これを身に付けて町を歩くだけであ~ら不思議! 女がわらわら集まってきて股をどんどん開いてくれますよ~!」

「……」




 胡散臭い露天商などこの程度か、と二人の考えが一致する。




「はーい! ありがとうございました!」

「……」

「……」


「……何です? まだ何か買ってくれるんですか!?」

「いや……」

「あの……」




「「……釣銭が出るはずなんだが?」」








「……」




 店主の頬には冷や汗だらだら--






「……しらばっくれるならこちらにも考えがある。カヴァス」

「レッツゴーサイリ」

「わかった! わかりましたから! ナイトメアを出すのはやめて!」

「「よし」」



 お釣りを計算してもらいつつ、指を鳴らしてサイリとカヴァスを引っ込めようとしたが――



「……ん」

「どうしたカヴァス」

「あっちから……あれは、ギネヴィア?」



 何だと、と振り向く前に彼女達から走ってきた。








「ぜー、ぜー……!! もうここなら大丈夫でしょ!!」

「ギネヴィア……というより三人共。息を切らしているようだが何があった」

「アーサー、あの、こっちからすると、その店主さん? も気になるんだけど……」

「これはね、不正防止対策」



 店主はサイリに十字固めにされ、関節が曲げられる痛みに悶えている所であった。



「……!」

「へえ、コイツボクらに渡そうとしたお釣り引っ込めようとしたんだってさ」

「カヴァス、やれ」

「ヴァオーン!!!」

「ギャーッ!!!」





 店主があんな所やそんな所を噛まれ出したのを背に、話は再開される。





「で、何があった。いや質問を変えよう、どこの勢力だ」

「キャメロット。ふっつーに買い物してたら接触してきてさ……」

「薄ら笑いが気持ち悪かった……」

「これはその時に買ったひとくちバウムだよ。これは美味しいよ」

「エリス、くれ」

「はい、あーん」

「あーん」




 これが自然にごく当たり前のように行われるあーんである




「……」

「……」

「……」


「……何よぉ」

「何だよ……これぐらいで一々反応するな」

「あっ! てかエリスちゃん大丈夫? えっと、接触されたことによる精神面とか!」

「大丈夫だよ。事前に言われてたから覚悟はできてたし。でも他にも来るかと思うと、落ち着いて回れないかも」

「じゃあもう宿に戻るか。夜まで課題をしながら待機だ」

「うーい。面倒臭いけどうーい」


「カヴァス、銀貨を五枚ぐらいくすねてから撤収」

「右に同じだサイリ」

「ちょ、ちょっと勘弁して!!!」





 店主の悲痛な叫びにも応じず、カヴァスとサイリは黙々と命令をこなす。





「あんたこの金で酒浸りしてるんだろ。酒精の臭いがむんむんする」

「なんでボクらが正しい方に使ってあげますよーっと」

「こ、この鬼畜ガキがぁ……!!」

「釣銭くすねようとした口で言うかよ……」


「アーサー! こいつヘソクリあるぞー!」

「あ゛ーっ!!!」

「三分の一でいいぞ。こいつにも生活があるからな」

「今からその生活が引き締められるだけだな」

「やめて!! それだけは!! やめて!!」

「やめてと言われるとやりたくなるのがカヴァスさんさ!!」

「♪」





 カヴァスとサイリが数十枚の金貨を口に手に、主君の元に撤収してくる。





「ご苦労カヴァス」

「グッジョブサイリィ!」

「ガ、ガキ共……!! それは俺が苦労して金持ち騙してコツコツ貯めた金なんだぞ……!!」

「救いようがない、行こう」

「バイバーイ! 二度と来ねえよバーカ!!!」



 両手を広げて女子三人を押し出すように、アーサーとイザークは前に進む。






「……」

「む……エリス。何だその顔は」

「まさかこんな恫喝まがいのことするなんて、失望した! か?」

「いや……臭いきつかったし、わたしの胸ちらちら見てきたし、残当」

「四分の三にすべきだったか……」

「カタリナちゃんはこういうことしちゃ駄目だよ」

「ギネヴィア、何であたしなの……?」

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