第436話 診療所の大暴動
またしても同じ世界に訪れていた。
銀世界が漆黒に変わっている。
地面は黒に、全てを飲み込む漆黒に変貌して、足の踏み場も見当たらない。遠くの方では木が枯れ、煙が上がっているのも目に入った。
そして、その光景に震えていると、
雨が降ってきた。
少女の目でもわかる。それは黒い雨だった。
そして気が付いた。この黒い雨が、外の光景をここまで豹変させたのだと。
最後に少女は感じた。感じてしまった。
黒い雨には悪意が宿っている。
落ちて行った先を、全て喰らい尽くす悪意。
飲み込まれたら二度と戻ってこられない
少女は部屋に籠った。カーテンも閉めて、窓と扉の鍵も閉めて。雪だるまは溶けた雪が飛び散って、一部が黒く変色した。
お腹が空いたので外に出た。窓から身体が見えないように、縮まりながら。ついでにカーテンも閉めていった。雪だるまは気温によって形を変えだした。
乾いた芋しか残っていなかった。芋に火を通して、何回も噛んで食べた。火は母親が着けていたのを見よう見まねでやった。ちょっとだけ熱かった。雪だるまは融解が進んで、半分程度の大きさになった。
用を足したくなったので、部屋の隅にした。次からは臭いが嫌になったので、空いた木箱を探してそこにした。子供の雪だるまが完全に溶けて、マフラーだけがそこに残された。
沐浴をしたいと思ったので、僅かに残っていた水を沸かそうとした。上手くいかなかったので諦めた。母親の雪だるまが完全に溶けて、人参だけが残された。
寒くて寒くて溜まらなかった。家中にある布団を全部被っても震えが止まらなかった。火を起こそうとしても手が震えてままならなかった。父親の雪だるまが完全に溶けて、木製のバケツだけが残った。
待った。待った。いつまでも待った。父親が戻ってきて、自分を肩車してくれるのを。永遠に待った。震えながら待った。枕に顔を突っ伏して待った。母親が戻ってきて、美味しいシチューを作ってくれるのを。
白い雪が降るのを。喜んで外に出るのを。両親の話を聞くのを。日常が戻ってくるのを。ずっと待った待った待った待った待った待った待った待った待った待った待った
待った待った待った待った待った待った待った待った待った待った待った待った待った待った待った待った待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って
いかないで、いかないで、いかないで――
ぴとり
「……?」
突然世界が変わる。目を開けても閉じても、視界は真っ白け。どういうことだと声を上げようとしても、口元が覆われているので変な声しかでない。
「……、……?」
何度も瞬きを繰り返すと、視界が明瞭になっていく。天井、壁、向かい側のベッド、僅かに見える自分の身体、視界の半分を覆う、彼の顔――
「……」
「~~~~~ッ!?!?」
慌てて四肢をばたつかせ、リーシャはカルを引き剥がそうとする。
そこで彼も我に返り――己の口で彼女の口を塞ぐ、その行為を止めた。
「気付いたか……よかった、よかった……」
「あああああああのっ!? カル先輩!? 何で、何で、何で……!!!」
「眠り姫は口付けで起こしてやるのが定石だろう?」
「~~~~~~!?!?」
何かこの先輩、真顔で恥ずかしいことをすらりと言う。
「って!!! そうじゃないです!!! 何で先輩、ここにいるんですか!!!」
「生徒会の間で診療所を襲撃しようという話になって今現在実行に移している所だ」
「今現在!?」
「ほら、耳を澄ませば聞こえてくるだろう。驕りに乗ってだらけていた連中の報いにも値する悲鳴が……」
<キィィィィィィー!!!!
「やっと!!! やっと見つけましたわっ!!!」
「あ、カトリーヌ……!!!」
「リーシャアアアアアア!!! 何故起きているのか知りませんけども!!! わたくしには様をつけて呼ぶように――」
\うおおおおおっ、くたばれーーー!!!!!/
手を振るうと氷が命令に応じる。
取り敢えずこの部屋の周囲を氷漬けにしてしまえと、そういう命令だった。
「ひゃあっ、ああああああああ……!!!」
カトリーヌは下半身が氷に埋まり、上半身で助けを求め続けているが、当然カルはそんなこと知らない。
「恐らくクリングゾルの奴から出動するように命令されたのだろう。全く、媚びを売るというのは並大抵の根性ではできまい!」
「……」
「リーシャ、立てるか? 目覚めたばかりで済まないが、移動するぞ」
「えと……ずっとここに寝かせられてたので……その……」
「了解した!」
「へっ!?」
「ヒルメー!! ノーラー!! それとパーシーィィィーーー!!! 今行くぞー!!!」
診療所とは銘打たれているが、一部の病室には怪しい器具が転がっていたりと、やはり公にはできないような実験を行っていたのだろうと、そう推測させてしまう。
それらを適当に壊し、襲いかかる連中を跳ね除けながら、生徒達は猛進を続ける。
「ちっ! ここにもいない!」
「ルドベック! こちらに!」
「……!」
そこは独房のような場所。
簡素なベッドに転がるようにして、カタリナが布団を被っていた。
「先輩! カタリナ先輩!!」
「……!!!」
「先輩、布団を剥がして――ああもう、強引にやっちゃいますね!?」
引き剥がされた布団に向かって、声にならない悲鳴を上げながら手を伸ばすカタリナ。
その手に無理矢理短剣を握らせ、視界に入れる。
「……」
「……」
「……え……?」
みるみるうちに虚ろな目に生気が戻り、それはじっと目の前の短剣を見つめている。
「……これ、何処で……?」
「見知らぬ女性に託されました。その人は貴女の名前も知っていましたよ」
「……!! そ、その人の、名前とかはっ!!」
「かなり急いでいたようだったので……身元を訊く前に去ってしまいました」
「そっか……そうだったんだ……」
茫然と、しかし希望が芽生えたように。その短剣をじっと見つめると、
彼女はきりっとした決意を宿した目で手を下ろす。その時には二人は手を離していた。
「あたし、行くよ。うん……この短剣を託してくれた人の為にも」
「それなら今は、この診療所にいる大人は全員敵になっている状況です。蹴散らしていただければなと」
「わかったよ」
会話を交わした直後、件の大人達が部屋に入ってくる。
「リハビリには丁度いい……かな」
「容赦は不用ですよ。既に何人か入り口に転がっていますので」
「よし……行こうか」
診療所は地上階の一角、貴族や商人の高級住宅が並ぶ所にどんっと現れた物々しい建物。
何をしているかわからないというごもっともな意見から雰囲気に関わるという私的な意見まで、とにかく悪評が飛び交っていたので、周囲の住民も喜んで生徒の暴動に協力した節がある。
「じゃあこの人は運んでいきますねー」
「おっちゃーん、運んでいくとは言うけどさ、何処に連れてくの?」
「んー、一応こちらの商会でとっ捕まえておいて、状況を見て王城の地下牢ですかねー。その前に組織の方から迎えに来るとは思うんですけど」
「おっちゃんそんなことが決められる程偉いのか!?」
「ここに住んでいる以上は偉いんだぞ!?」
「あと捕虜をぶっ込めるスペースあんのか!?」
「ここ最近で皆実家に逃げ帰ってしまったからなぁーーーーー!!!!」んぐおぎゃあああああああああ!!!!!!
おっちゃんが簀巻きにした魔術師を蹴り飛ばした後、ヒルメの視界に生徒が一人――いや二人。
「二人共! ただいま帰還した!」
「ブッハ!!!」
「おぅーい、そのプリンセス抱っこをしている生徒を下ろしてやんしゃい」
「ああ勿論だとも、おっとこんな所に椅子が!」
リーシャはカルによって丁寧に丁寧に下ろされ、そのまま白い椅子に座らされる。顔はほくほく、緊張で熱々だ。
「リーシャ、気分は如何かな。何か食べたい物とかあるかい」
「ふぇ……ふぇっとぉ……」
「魔力水でもどうぞ。何だか熱そうなのでね」
「ありが「ありがとうノーラ。よし、コップは……氷で作るか!」
右手に氷を纏わせ、それを水が入る容器の形にする。一年生の時に同じ光景を見た記憶がある。
「さあリーシャお飲み……それとも、自分では飲めないか。俺が口移しをしようか」
「いえいえいえいえいえいえいえいえ自分で飲めます!!!」
「……そうか。ではこれを」
「ぬぁーんでしょんぼりしてるんですかぁ!」
「ぎゃはははははは!!! そうだよ!!! おめーはこんなキャラだった!!! あははははは!!!」
「情熱的なお前は久しぶりに見たなぁー!」
パーシーがマーマイト爆弾の幾つかを手に持って合流。仄かに臭いがしてきた。
「あれ? 何か爆弾めっちゃ余ってね? つか臭くね?」
「いやー、マーマイト爆弾ぶっこんだら発火性の物質があったらしくて、爆発して破片と臭いがどどーんと……」
「自重を覚えていたとは」
「こっちまで被害来たら意味ないだろー!?」
とか何とか騒いでいる間に、別の班も続々合流してくる。
「パーシー先輩、ノーラ先輩、お疲れ様ですっ!」
「うおーいリリアン! どれぐらいやった!」
「ざっと数えただけでも二十体ぐらい? とにかくやりきりましたっ!」
ビシッと敬礼をするリリアンの隣で、もう目を白黒させることしかできていないアストレア。
「君は噂の転入生君ですかぁ」
「そうです!! アストレア!! 私の旧友なんです!!」
「何だお前の知り合いだったのかぁ!! どうだこれがグレイスウィルだ!!」
「ええと……はい。存分に思い知りました」
「因みに生徒会にも加入予定なんでよろしくお願いしまーす!!!」
「いやまあそのつもりではいたがな!? 今紹介されてもな!?」
一方でヴィクトールとハンスが、放心状態のリーシャに話しかける。
「んへあぁっ!?」
「何だリーシャ。俺とハンスが来ているのがそんなに驚愕したか」
「いいいいいいいややややややそうじゃなくってねえ!?」
「姫は寝起きで状況が飲み込めていないのだ。お手柔らかに頼むぞ」
「!?」
「は、はあ」
後ろで様子を見ていたユージオとフォルスも、戸惑いながらカルを見つめる。ヒルメはひゅーひゅー口笛を吹いて煽っていた。
そこに今度は、ルドベックとセシル、そしてカタリナもやってくる。
「お待たせしました。何分こちらに襲いかかってくる敵が多かったもので」
「何かあたし、研究の必要があるから逃げ出されると困るんだって。今知ったけどね」
短剣に付着した血を拭こうとした瞬間、友人達の存在に気付いた。
「み、皆……? どうして……?」
「単刀直入に言うぞ。貴様等二人を救出に来た」
「え……」
「えっ!?」
「他にも生徒は囚われてこそいたが、そもそもの発端は俺は貴様等を救出したいと提案したからだ」
「そうかきみ達は知らないか。きみ達が寝てる間にさ、苺が降ってきたんだよ。さながら雨のようにさ。しかもそれが結構美味いのなんの。双華の塔に大量に確保してあるっぽいから、向こうに着いたら食べるぞ」
「まあそういうことだな」
「……」
「……」
複数人に見守られながら、カタリナとリーシャは顔を見合わせて――
そして、診療所に運ばれる前の自分がどうだったのか、徐々に思い出してきた。
「……でもあたしは頑張れる。だって、この短剣を託されたから」
「わ、私も……! カル先輩がいるから、頑張れると思います!!」
「リーシャッ……!!」
「きゃーっ!?」
「ひゅーひゅー!! お熱いねえ!!」
「堂々と抱き着くとは……」
カタリナはヴィクトールに近付きながら、リーシャはカルに抱き締められながら訊く。
「ねえ、この後は何をするの。これで終わりってことはないでしょ?」
「そうよー! 私、もう元気いっぱいリーシャンシャンなんだからー!! 暴れさせてー!!!」
「魔法の機能回復訓練なら俺が付き合うぞリーシャ! 普段の練習のようにな!」
「うっしカルディアスゥ!!! 流石にちょいと黙ってな☆」
「……まあ、一通りは暴れ回ろうと思っている。今までの鬱憤晴らしににな。それも一旦落ち着いたら、新たなる狼煙を上げる」
「わかった。あたしはそれに従うよ……皆がやりたいことにね」
「よし――それでは「一旦帰るべ!!! 後始末は他の大人に任せてさー!!!」
「……リリアンのキャラ崩壊が激しい」
「吹っ切れたって言ってくださいよぉー!!!」
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