第272話 戦闘、謎の男 前編

 朝が来た。




 早速太陽が大地を取り付け、じりじりと焼き尽くす。






 目も眩むような暑さの中、




 奴が来る。











   『男の子~はっ、何が好き~?

      男の子~はっ、何が好き~?』



        ずず      ずずずずず

   ずずず      

             ざあああ ああああ

        ごおおお

    おおお        あああ    あああ


   ごご




     『答えは三つの『お』が好き~!


      さあさあ答えは何でしょう?』








「――×××、××××、××××!!!」


「これさえあれば、永遠に生きていられるッッッッッッ!!!」





           ドドドドドドドドド





「というわけだテメエらバッドモーニング!!! ××も剥けねえタートルヘッドに生きてる価値なしペチャパイ軍団!!!」


「散々俺様のことをおちょくりやがって!!! ゴミクズだからということで、寛大な俺様は無視してやっておいたが、もう我慢ならねえ!!!」





       ガ    あ

        ア ア  ア         ア

      が   

   ア    ガ     ぎ    がああああああああああ

    ア   ア

                 がガ

         ア     が






「テメエら全員、コイツのエサにしてやる――後悔しても遅い!!! 詫びぬ間もなく死ねえええええええええええええええ!!!!!!!」






ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!











「来たか……ぐっ」

「大丈夫かよ!?」

「貴様が奴の声を和らげてくれたお陰だ……いける!」






 膝をついた状態から、ヴィクトールは立ち上がる。






「シャドウ、俺の目になれ!!」

「――」




 ヴィクトールの影からからすが飛び出し、




 森より一メートル高い位置を滑空する。











ぎいいいいいいいいああああああああああああああ!!!!!!!

「テメエ!!!!!言うこと聞けゴミムシ!!!!!!」






 それは蛸に見えた。触手が何本もあって、色が赤いから。






ぎゃおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!

「まだ、わかんねえのかああああああああああああああああ!!!!!」






 それは牛に見えた。四足歩行で、角が生えて、顔の形は逆三角形だったから。






ごーーーーーーーーーーーーーーーーーーー……

「そうだ、そうだ、そうだそうだそうだそうだ……よーーーーーーぉぉぉし……」






 それは蝙蝠に見えた。蝙蝠特有の、骨格が浮き出た翅を持っていたから。






「……調整完了だ!!!! さあ、この島の全てを喰らい尽くしてこい!!!!!!」






 自分達を襲った、あの恐怖を具現させたような化物は、




 そのようにして、島に解き放たれた。








「――!!!」

「どうした!!」

「!!、――!!」






 気が滅入りそうになりながらも、シャドウは確かに視界に捕らえた。




 男が化物――魔獣を解放した瞬間、






 自分に手を当て、魔術を行使し、




 周囲の景色と同化していくのを――








「魔獣が暴れ出した瞬間、隠れたってことだよな!?」

「ああそうだ――魔獣と正面切って戦おうとするな!! 奴を見つけ出せ!!」











 突き上げられる振動。




 木々を激しく揺さぶる衝撃波。




 上からも横からも、化物は否応なしに存在感を知らしめてくる。








「くっ……うう……」

「リイシア、やっぱり、無理は……」

「……大丈夫。あの声聞くと、頭割れそうになるけど……」




「それでも――行かなきゃ!!」






 息をぐっと飲み込み、




 一歩踏み出す。








「――化物!!! こっち見なさい!!!」






 恐らく目があると思われる所、




 そこに目掛けて、氷弾を飛ばす。








「絶対に許さない……」


        ぎょおおおおおおおおおお

    ぼあああああ  ああああ

 ビいいいいいいいいイイイイイイイイイイイイ

         ああうう

 ううううううううううう

があ

               ああぎいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい






「――私を!!! 私の友達を!!! こんなに傷付けて、滅茶苦茶にして!!!」


     ごやあああああ

        ぎおおおおおお

    じゃあああああ

あああ      あああ       あああ

  アアアアアア    アアアアアアア    アアアああああ    あああ           ああ

ああ

おおおおおおお     おおおお    

        あおおおおおお    ゴゴゴゴゴウウウ

      ウウウウウウウウウウウ           ウウウウウウウ

   おおおううブブブブ

         ブブブブブブうう

  ううううううううう






「――あんたも、あんたの主人も、絶対に倒すんだから!!! 円舞曲は今此処に、サレヴィア・残虐たる氷の神よカルシクル――」



 ―――ああああああああ―アアアアアアアアア――ぐぐぐぐぐぐぐぐ――――






「――無慈悲に嗤えルースレス!!!」








!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!











「これで――!!」






 地面が凍る。



 その冷たさは傷すら付けられない。しがみつくことも許されない、冷酷非情な艶やかさ。




 ただ流れるままに動くことを余儀なくされた触手が、




 動く物体目掛けて伸びていく――






「ふんっ!!」




 触手の動きを見切ったように、




 リーシャは氷と化した地面を滑っていく。






「スノウ!! しっかりと私に力を貸して!! ここを滑って――あいつを引き付けるわ!!」

「りようかい――なのです!!」











 大きな岩の影に隠れながら、周囲の様子を伺う三人。ヴィクトール、イザーク、サラ。




 リーシャが凍らせている影響からか、体温が少し下がって若干楽になっている。






「……北西。バケモノとリーシャが、追いかけっこしている」

「何とかやれているか……」

「このままずっと引き付けられるといいんだけどなあ!?」

「ワタシもそう思うけど、まあ無理――」




 咄嗟に顔を顰めるサラ。




「……この、臭い!!」

「やっぱり一体だけじゃなかったわね……!!!」






 周囲を改めて見回すと、




 地下で見た、あの小型の化物、何かが、






 自分達を取り囲んでいた。








「彼奴の差し金か!?」

「適当に放っただけでしょう。コイツらにまで指示を出している時間が――」






 交わった






「――!!」

「なっ……!!」






 一瞬で数倍の大きさに膨れ上がり




 一瞬で間合いを詰めて




 一瞬で急造の口を開いて――






「おんどりゃーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」






 開いた口が




 真っ直ぐ飛んできた土の刃によって




 切り裂けた。








「間に、合った……!!」

「クラリア!!!」


「貴様、こちらには……!!」

「友達、助ける、アタシ、やる……!!! ぐええええ……!!!」




 ただでさえ地下で気持ち悪そうにしていたクラリアだ。




 その数倍もいる化物なんて目の当りにしたら、






 心は耐えても、鼻は死ぬ。








「あのバケモン、まだ起き上がってくるみたいだぞ!?」

「――それなら、アナタ達は先に行きなさい」


「何だと?」

「ここはワタシとコイツで片付ける――」

「貴様!! 何の冗談を――」




 ヴィクトールが慨嘆する隣で、




 クラリアは持ち直し、斧を構えている。






「いい匂いだ!!! 花の匂い!!!」

「そういうことよ。いいから早く行きなさい!!!」


「……済まない!」

「絶対に死ぬんじゃねーぞ!!!」






 ヴィクトールとイザークを見送り、




 サラとクラリアは正面を向く。




 丁度化物の方も持ち直したようで――






 肉体に沈んだ眼球が






        不気味なまでにじっと見ている








「クラリア」

「何だ?」

「支援と回復はワタシに一任なさい」

「じゃあアタシは殴っていればいいんだな?」

「至極当然、その通り!!」






 右手を突き上げたサラの周りを、




 満開の花と共にサリアが舞う。






「凛麗たる鈴蘭よ、灰色の狼を彩れ!!!」




「クラリス、気合入れ直せ!!!」

「了解!!!」






 斧を振りかぶるクラリアの周囲に、




 無数の鈴蘭が踊り出す――






「おりゃあああああああああああああ!!! 行くぜええええええええええええええええええ!!!」











「フィオナさん!! こちら避難完了しました!!」

「了解!! 手が空いたらこちらに回して!!」






 妖精達が住んでいる村にも、蛞蝓のようなそれは来ていた。




 だが彼らは動じない。






 悲しいことかな、生命とは呼べない何かに対して、




 もうそれが日常に見え隠れしているものだと、慣れ切ってしまった。








「くそがあああああああ!!!」

「ぐおおおおおおおおおおおおお!!!」






 風で形作った刃、火を纏った猛拳。




 それぞれが得意とする攻撃で、




 化物共を捻じ伏せていく。








「あ、あああ……臭え!!! 湿布なんて比にもならねえよ!!!」

「アーサー、臭い、平気?」






 ハンスが礫の混じった風を飛ばしている隣で、ルシュドは防衛していた家屋を覗き込む。






「……ああ。こんなもの、恐れるに足らん……」






 守ってもらっている。




 守ってもらうことしかできない。






 自分には力があるはずなのに。




 それを出し切ることを、女神は許さなかった。








「そうか……エリス、守る、続けて」

「……」


「ハンスさん、ルシュドさん!」




 フィオナが飛んでくる。化物の体液を浴びたのだろう、全身が脂ぎっていた。




「村の化物は掃討し終えました――今他の者と協力して、結界を構築しております!」

「んじゃあ暫くは安全だね? あんにゃろーの方行くよ!?」

「はい! よろしくお願いします!」

「よし!! ルシュドついて来い!!」

「わかった!!」






 飛び降りるようにして去っていくハンスとルシュド。




 続けてフィオナも去ろうとするが――






「待て……」




 呼び止められた。






「……アーサーさん?」




 振り向いた彼女が見たのは、




 震えながらも立ち上がろうとする、彼の姿――











「ああ……あぐぅ……!!!」






 この化物、学習能力があった。






「ぜっ、ああ、ああああああ、駄目……!!」





 同じ場所を回り続ける。


 それは愚策だと今し方気付いた。






 知っていれば、愚策を取ることはなかったのに!








「――!!!」

「あう!!!」




 魔法が、切れて、




 スノウが、飛び出して、






「あ――」






 触手が




 隙を見せたら すぐ飛んできて








     ぎいいいい              いいいい

   いいいごおお

おおおお    おおおおじゅ    ううううううう



   ううう         うううううう          うう        うううううううう


               うううううう


 うがあああああ         ああああああ


      おおおおおお       おおおお

 おおおおおおおおお       うおうお       うおうおうおうお

        うおうおうおうおうおうういいいいいいいいい



 いい          いいいいい

   いいいいいいいいいいいい

        いいいぎょおおおおおおおおお

                   おおおおおおおおおおお


 おおおおおおおおおおおおおおおおお








『その祈りを唱え終える前に』




『醜悪な首を』




『沼に沈めてやろう』








ぎいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!!!!!!!








 触手がもたげる




 一本 されど一本 




 あいつにしてやった――








「……」

「大丈夫じゃないよね、リーシャ」


「カタリナ……」

「今まで他の化物とか処理してたんだ……でも」






 彼女の瞳は、生徒のそれと呼ぶには程遠く。






「あたしが代わる。リーシャは休んでいて」






 例えるならそうだ――






 沼の底から這い上がってきた亡者











「……セバスン。あいつは何処に」

「お嬢様の後方四十度の位置から追ってきています」




 地面を走る必要はない、木々の隙間を飛び交えば。




ぎょおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオオオおおおおおおおおおアアアアアアアアああああアアアアアアアウウウウウウウウウウウウ






「翼で飛ぶ気配はない?」

「そもそも翼の大きさに対して、肉体の量が多すぎます。飛ぼうとするものならもたげるでしょう」

「なら大丈夫だね」




 背後を振り向く必要はない、気配は全てばれている。






ぎいいいいいいいいいいいいいいいいいいごおおおおおおおおぎおっぎごぎごぎごっぎごごああああああああああああああああああああああああああああああああガガガガガガガガガガガガガああああああああ






「――一回降りるよ。入って」

「御意」






 その刃が振り下ろされれば








 ――オオオオオオオオオオオオぎぎぎぎぎぎぎぎオオオ―――――








 また一つ命の炎が消えていく






 自分が消し去ってしまう。






「……」

「お嬢様」


「……ないよ。震えてなんか、ないよ」

「しかし……」


「そんなこと言ってられないの!!! わかっているでしょ!!!」

「……」




「そうでございましたな」






 震える身体を押さえ付け、




 再び化物に向かっていく――











「間に合ったな……!!」




 カタリナの後ろ姿を追いながら、イザークは額の汗を拭う。




「貴様のお陰だ。貴様がリーシャの魔力を探知して、それを伝えてくれたからだ」

「よせやい、照れ――!!」

「どうした!!」






 目を閉じ、周囲に気配を張り巡らせる。






「いた――」




「――サイリ!!!」






 呼び声に応じ、




 黒子の騎士は木々の合間の、何もない空間に突進していく。











「ギャッ――」






      潰した蟻のような声を上げて、




      奴は姿を現した。








「ハハ……ハハハハハハ……」






「ウゼええええええええええええええええええええええんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」











「――!!」

「クラリア!! 何があったの!!」


「声……汚い声だ!!」

「アイツが姿を見せたのね!!」

「ああ――」




 背中を向けたクラリア目掛けて




 飛びかかってきた化物を――






宴の時間だ、驕プラウ・慢たる炎の神よサンブリカッッ!!!」




 跡形もなく焼き尽くす。






「……チッ。クソ共が……鼻をひん曲げやがって……」

「サラ!! カタリナとリーシャも危ない!! 声が聞こえた!!」

「そう――なら、ワタシはそっちの方に行くわ。急いで治療をしてあげないとね!!」

「そうか!! いいか、怪我すんじゃねーぞ!!」

「アナタもね!!!」




 互いに頷き、一瞬見つめ合った後、




 クラリアはその場に残り、サラは森の方に向かっていく。











「へ、へへへへへ……おいガキ共、ちょこまかとそこら中動き周りやがってよぉおおおおおおおおお……」




 首をほぼ鋭角に曲げ、骨を鳴らす。




「何で俺様に従わねえんだ?何で降伏しえんだ?どうせ俺様には勝てねえんだよ?????俺様は天才魔術師でお前らは只の亀頭かめあたまの溝鼠なんだろうが????なあ?????」




 魚よりも出張ったぎょろぎょろとした瞳。見れば見る度、人のものであるとは思えない。




「そうだエリスちゃんは????ねえねえエリスちゃんは何処に隠しているの????エリスちゃんに会わせて?????ついでに彼氏面も引っ張ってこいよミンチにしてやっからよおおおおおおおおおおおお!!!!!!」




 そして、




 もう体臭として媚びりついているであろう、あの臭い――








「はっ――」


「何が、何が、『どうせ俺様には勝てない』だよ――」






 発破をかける、挑発する、口を回すことなら、得意だ。






「サイリが今何やったか見ていたか? オマエの隠れていた場所を当てて、それを破ってみせた!! その時点で、こっちには勝ち筋が見えてるんだよ!!!」






 目をじっと見つめて、巨勢を張る。






「そうだ――その通りだ」





 自分から船に乗ってきたヴィクトール。問答無用で杖を男に向ける。




 触媒のように見えるそれは、シャドウが変身したものだろう。






「――片を付けるぞ」

「上等だ!!」




「アアアアアアアアアアアア!!! テメエら!!!!! テメエらああああああああああああああああ!!!!」






 ぶっ殺す!!!!!!!!!!!!!

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