第273話 戦闘、謎の男 後編

「……っ!!」






 轟音とも呼ぶべき怒号に、




 カタリナは一瞬怯んでしまう。






 それこそが隙と呼ばれるものだ






「お嬢様!!」

「ああっ――!!」






 触手の一本が、上から押し潰す――








祝歌を共に、クェンダム・――」




奔放たる風の神よエルフォードッッッ!!!」








 冷たい暴風に煽られ、




 化物はよろめき、




 触手を落とす位置を外す。








「はあ、はぁっ……!! カタリナ!! 平気!?」

「……リーシャ」


「よかった、ホントによかった!!! 咄嗟に風魔法放ったから、間に合うかどうか不安だったけど――!!」

「……」




 膝に手をつき息をするリーシャを横に、カタリナは化物をじっと観察する。






「……」




 歩く速度が安定していない。




 身体が左右によろめいている。




 触手が蠢いている――まるで、行き場を失ったように。




 自分達には見向きもせず、正反対の方向に、向かって行っている。






「……行動が乱れてる」

「え?」


「弱まった、のかな……? さっきより、行動に一貫性が……」

「ご主人の制御ができていないんだわ」




 草むらの中からサラが姿を現す。




「サラ! サラ、ああ……」

「いい、そのままでいなさい。今回復魔法を使ってあげるから」

「ありがと……」




 リーシャとカタリナに手を当て、クリーム色の波動で包み込みながら、サラは淡々と話す。




「アナタ達も聞こえたでしょう、さっきの鼓膜をぶち破る声。どうやらアイツは短気で暴走気味な所があるみたいね。化物の制御も忘れて、ワタシ達を殺しにかかってきている」

「……皆は、そこだよね?」

「少なくともクラリアは向かった。加えて、僅かにイザークの声も聞こえた。ヴィクトールはイザークと行動を共にしている――他の二人も、あれだけ五月蠅くされたらすっ飛んでくるでしょうね」


「じゃあ!! 私達も、行こう!!」

「――治療完了。ええ、行くわよ!!」

「了解!!」











 よっ……




        ほっ……




                ふっ……








「……」




「……臭え!!!」






 飛び交っていた木の上から垂直降下し、






 砂煙を立てて着地するハンス。






「あ゛ーっ、折角優雅にやったろうって思ったのによぉ……臭えよ!!! てめえ!!! ぼくに近付くな!!!」




「誇り高き――エルフ様になあ!!!」






 背後に迫った巨大な紫弾を、風の刃で切り刻む。


 彼にとっては造作もないこと。それでいて煽るような態度が、益々あの男の怒りを増幅させる。






「エルフが何だって~~~~~??????テメエルミナスなんたらの回し者かおおおおおおおおおん????んなことはどうでもいいんだよ!!!」




 男は両腕の力を抜いて伸ばし、首を横に曲げている。


 人としてあるべき体勢とは言い難い。




「あのペッタンと同じこと言いやがって!!!!!!俺様は臭いと呼ばれるのが嫌いなんだよ!!!!わかってんのか!!!!わかってんのかって聞いているんだぞ俺様が!!!!」

「知るかよ!!!」

「だったら思い知らせて――」






「やるよ!!!!!!」




     ぐうっ……!!!      


            がはぁっ!!!






「……人間風情が……」






 男を中心に、数センチの窪みができる。




 ハンスは咄嗟に風の結界で受け流したが、


 奇襲を仕掛けようとしたヴィクトールとイザークは、背中を打ち付け、




 男の足元に投げ出された。








「ヒャヒャヒャヒャヒャヒャ……餓鬼共。なんつー度胸してんだ。俺様を欺けるとでも思ったのか?????あ????」

「ぬ、がああ、ああああ……」


「いいぜいいぜいいぜいいぜいいぜいいぜ!!!!!!!俺様は気分が良くなった!!!!!ゴミムシのエサになる前に、俺様が殺してやる!!!!」

「逃げ……!!!」






 飢れしい表情を浮かべ、




 手に持った小刀を――「うおりゃあああああああああああああああああああ!!!!!!」








 烈火の如き人影が飛び出し、




 ヴィクトールとイザークをそれぞれ抱えて、






 ハンスの所まで猛然と駆る。






「ぐ、ぐおおおおおおっ……」

「ルシュド!!! ……よくやった!!!」


「あたま、いたい……」

「貴様は下がっていろ! 彼奴は……」




 目を凝らすと、仲間は続々と集結している――






「ぬぐ………ああああああああああああ……!!!あああああああああああああ!!!!!」




「チッ……暴れるんじゃないわよ……!!」






 太い蔓を召喚し、浮かべた皺に汗を滲ませながら、男を拘束するサラ。






「――アナタ達!!! まだ終わらないの!!!」

「もう少しの辛抱だぜー!!!」

「ぐっ……ううっ……!!」






 男の抵抗を、同じく魔法で抑え込むリーシャ、無事に合流できたクラリア。




 そして――






「――見えた!!!」

「今よ、カタリナ!!!」

「――」




 はっきりと視界に映った、


 男の胸部に向かって、






「――沼に、沈めっ!!!」






 カタリナが短剣で斬り付ける――











「……」






「……はは」






「ぎゃははははははははははははははは!!!!」    




         ッ!!!








 狂ったように叫び散らした後、




 男はいとも呆気なく、サラの拘束を振りほどく。






「おうおうおうお~う、残念だったな緑髪。俺様の心臓をぉ、狙ったようだがぁ、俺様が反応するのがぁ、早かったようだなぁ?????」


「ざぁんねんながら、俺様の心臓には誰も触れることができねえんだわぁ。もし潰そうってもんなら、今の様に狙いが外れるって寸法さぁ」






 そう言ってけたけたと嗤う男は、




 両足の腱から血を流し、べったりと地面に足を投げ出している。








「……魔術? 嘘……」

「お気を確かに、お嬢様。確かに仕留めることは叶いませんでしたが、奴は動けない状況であります」

「……うん」






 他の友人達も、一歩一歩と詰め寄って、男を包囲する。








「はあ~~~~~~~~。何だよ寄ってたかってよお。テメエらは野糞に群がる蠅か何かか?????あ?????というかアタマでも吹き飛ばすつもりか?????ああああ????」




 殴りかかろうとしたハンスをルシュドが制する。




「まあそれもできねえんだがよぉ。どおおおおおおおせ軟弱なテメエらのことだ、ゴミムシの一体も相手にできねえから、俺様を先に始末しようってそうだろうそう言う魂胆だろう――」






「……ゴミムシだぁ……?」






「そうか――まだゴミムシが残っていた!!!!!」




 口を裂ける程にまで開き、




 親指と人差し指の腹を合わせて、捻るように動かす――






「……!!」

「この振動は……!!」


「チッ、何てこと思い出してんのよ!!!」

「ぎゃっはっはっはっはっは!!!ざまあ見やがれ!!!!!」




 邪気しかない子供のようにバタバタと四肢を動かしながら、




 各人の武器と魔法の応酬を全て弾いていく。






「これじゃあ近付けねえよ!!!」

そうだろうそうだろうそうだろうそうだろう悔しいだろ!!!!!!


「流石に……ぼくでも、魔力がきついぞ!?」

ほ~~~~~~~~~ん???????それが誇り高きエルフ様でちゅか~~~~~~~~~~~ん?????


「……馬鹿にするな!!! おまえ、許さない!!!」

口だけは達者なガキンチョ共がよぉぉぉぉぉぉ~~~~~~!!!!!




「……」




 あと数十歩。




 時間にして、三、四分もあれば、それは――






「ふん!!!!!!!!!!!」






 全ての色が混ざった、深みの見えない色




 その色の球を、身体の数倍程の大きさまでに生成して






「んじゃあまあ……こっちからも決めさせてもらおうかなあああああ!!!!」




 地面に打ち付ける――
















 衝撃波が起こった。




 周囲の木々が吹き飛び、草は破裂し、花は跡形もなくなった。








 だが、




 それによって、




 傷付いた者は一人もいない。








「ああ……」




「間に合ったな……!!」

「どうやら、そのようです……!!」






 各々がその方向を見る。窮地を救ったその人に、誰もが驚愕し、焦りを募らせた。






「……オマエ!!」

「何で、ここに……!!」








 剣を手に立ち、男を睨み付けるアーサーと。




 彼に身体を密着させているフィオナ――






「……あんたは、あんたは……」




 その間も一切表情を変えない男を、


 憎しみを込めて見つめるアーサー。






「あんたは……絶対に許すもんか……!!!」






 そうして一心不乱に、




 剣を振りかぶり、男に斬りかかる。








「――ふん!!!!」






 男の周囲に張り巡らされていた結界に弾かれ、




 アーサーは身体ごと飛ばされてしまう。




 普段なら耐えられる痛みも、今この状況では――






「ぐっ、がああああ……!!」

「アーサーさん、無理はしないで!!」

「そうだぞアーサー!! 多分フィオナさんから魔力貰って、無理矢理立ってるんだろ!? なあお願いだ、無茶は――」




 イザークとフィオナがアーサーを立ち上がらせる横で、




 ヴィクトールはじっと男を見つめていて――






(……)




(結界が弱まった……)




(彼奴の……騎士王の一撃が効いている?)




(考えている暇はない――!!)








「アーサー!! まだ行けるな!? 奴を裁くまでは、死んでも死にきれないだろう!?」

「ああ――その通りだ!!」


「なら攻撃を続けろ!! いいか、絶対にその手を休めるな!!」

「無論、そのつもりだ――」




 再び斬りかかるアーサーを見て、動揺するイザーク。




「ヴィクトール!! テメエアーサーがどうなってもいいのか!!」

「貴様等!!! そのまま攻撃をし続けろ!!! 貴様もだぞイザーク!!!」

「え!? 何だよ、どういうこと――」


「いいか、時間がない!! とにかく最善を尽くせ!!」

「――わかったよ!!!」






 続々と攻撃の手を伸ばす彼ら。






「……何だよ」




     ぷつり




「何なんだよ」






     ぷつりと






「ウゼえんだよテメエらはよおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」




     糸が切れていく






「死ねええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!」
























「ぐおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

「おらあああああああああああああああああああ!!!!」


「――」

「――そう、そうよサリア。限界まで魔力を高めて。でないとあの二人を支援できない。眼鏡は割れても平気――命には代えられないもの!!!」

「――!!」




あがああああああああああああ!!!!

いでえええええええええええええええ!!!!!

反撃!!!!

しやがって!!!!!

許さねえ!!!!!!!!




「ありがとう、イザーク。貴方が支援してくれているから、あたしもやりやすいよ」

「そいつはどうも――おらあああっ!!! よし、また穴空いたぞ!!!」

「――行くよ」


小夜曲を贈ろう、セラニス・静謐なる水の神よマーシイ!! シャドウ、俺は大丈夫だ!! カタリナに変身し、魔法を使え!!」

「――!!」




テメエら俺様の魔法を跳ね返しやがって!!!!!!!!!

許さねえ!!!!!!!!

いでえええええええええええ!!!!




円舞曲は今此処に、サレヴィア・残虐たる氷カルシ――ぐっ、ううう……!!!」

「限界なのか? まだ早いんじゃないのか!?」

「言われなくても、そのつもりよ!! 円舞曲は今此処に、サレヴィア・残虐たる氷の神よカルシクル!!!」


「……出てこい。一緒にぶっ潰すぞ!!!」

「――!!」






あああああああああああああああああああ!!!!!

血がこんなに流れている!!!!!!!!!!

俺様から血を流させやがって!!!!!!!!




許、さ!!!!!

     ね!!!!!

         え!!!!!











「……」




「そろそろ、お終いかな――」






 シルフィを隣に侍らせ、ハンスは男をきっと睨む。




 あと少し、あと少しの所で、皆の攻撃が届きそうだ。






 しかしそれと同時に、化物の気配も――






「……わかってるよなあ。ご主人様の考えていることだぞ。ぼくの魔法に、完璧に合わせろよなあ?」

「――」

「よし――」






 指笛を鳴らす。






 瞬刻、




 島全体を暴風が覆う。






「てめえら!!! 敵も味方も纏めてよく聞きやがれ!!!」




「この臭い臭い臭い臭い、水で洗い流しても落ちそうにない戦い!!! その最後はこの、寛雅たる女神の血族ルミナスクランが一人、ハンス・エルフィン・メティア様が飾ってやるよ――!!!」






 その言葉を受けて、




 一同は瞬時に攻撃を止める。




 その合間に、彼が腕を振り下ろすと――






祝歌を共に、クェンダム・奔放たる風の神よエルフォード――!!!」

「――!!!」






 風は号令に従い、


 竜巻を生成した。








「ぐ……おおおおおおおおがああああああああああああ!!!!!」






 男は竜巻と共に飛ばされ、そしてその中でも暴れ回る。




 血が飛び散る。それを浴びたのは、






 同じく竜巻に乗ってくる、アーサーとフィオナだった――








「テメエ、テメエ!!!!彼氏面!!!!俺様テメエ絶対に許さねえ!!!!」




「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ!!!」




「貴方の悪事も、これでお終いです――!!!」






 背中に回り、組み付き、足にできる限りの魔力を込め――






「くたばれええええええええええええええええええええええええ!!!!!」






 股の間を蹴り上げた所に、






 フィオナが更に、魔法で追い打ちをかける――








「いっ……」




でええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

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