第461話 聖地に響く唄・前編

 それから城内を改めて案内してもらったり、訓練の内容を教えてもらったりして、とにかく情報を叩き込む。慣れてきたら本格的に仕事が始まり、わたしは騎士の務めを果たす。




 そんな日々が六日ぐらい続いたら、休暇を貰って城下町に行く。こうしてこれまでの状態から、わたしの生活はどんどん安定していった。




 ティンタジェル。聖杯がある故に聖地と呼ばれる町で、わたしの日々は過ぎていく。








「おじさーん、こんにちはーっ」

「おお、ギネヴィアのお嬢さん。またいつものか?」

「はいいつものですー」



 いつものが何かというとー、



「そろそろ時間だと思ってな。準備しておいたんだ」

「ありがとうございますっ」



 山盛りの苺。そう、ここは新鮮な野菜や果物を売っている店である。



「今は苺が旬だからなー。瑞々しくて美味いぞ!」

「旬ですか?」

「おっと、旬って言うのはな……」




<あんたーーーーーーーっ!!!






          どびゅーん






「……えっ!?」




「ちょっと!! あんた騎士の嬢ちゃんじゃないか!! 何ぼーっとしてるんだい!!」

「へっ? へっ?」

「泥棒だよ!! うちに置いてあった陶器、盗もうとしてさ!! とっちめてくれよ!!」

「あっ、は、はい!!」




 何とかして選定の剣カリバーン!!!




「ギネヴィア、行っちゃいまーーーーす!!!」




 負けじとばひゅーん。








「ちょっと!! 失礼します!!」

「う、うわああああ!? 何だお前!?」

「し、新入りの騎士です!!」



 前に出てって通せんぼ。とりあえず剣の持ち手で殴る。



「うぐっ……!!」

「あーっ!!!」






 殴った拍子に宙を舞った陶器をキャッチ。関節が変な方向に曲がってやばそう。






「う、うう……」

「えっと……暫くすれば偉い方が来ると思いますので!! それまでの辛抱です!!」

「あんた……」



 男はわたしの顔をじっと見つめてきた。



「新入り、だろ……?」

「えっ……」

「クソッ……何でこんな小娘が……俺の方が余程苦労してきたのにってよぉ……!!」

「……」






 逃げられないように、わたしが彼にのしかかかっていると、陶器を売っていたおかみさんがやってくる。






「全く!! あんた、何べん言ってもわからない奴だねえ……!!」

「え、これが初犯じゃないんですか?」



 持っていた陶器をおかみさんに返すと、彼女は重々しく溜息をつく。



「……三回目だよこれで。うちの品物を盗めるとでも思っているんだねえ……腹立つよ」

「……騎士みたいですけど、この人」

「はっ、なーにが騎士だ! 盗みやってや騎士も魔物も関係ないよ!! それともあれか、騎士っているのは盗みを生業にするように教えられてんのかい!!」

「……」






 わたしがなりたい騎士は。




 賭け事をしたり、盗みを働くような人じゃない。






「ああ、でもお嬢ちゃんは別だよ? あんたはちゃんと人を助けてくれるし、他の連中みたいに偉そうにしないし。あんたこそ騎士の鑑だ!」

「……そんな、わたしは」

「卑下なさんな。他の連中がそう思ってなくても、この町の皆はそう思ってるさ――」











 また別の休暇。今日も苺を買った後、住宅街の方に来ていた。




「やっほー」

「あ、オンチーでハクチーでウン「やめなさいよもう!!!」



 一人の女の子が割と本気で、真っ先に声をかけてきた男の子を殴り飛ばした。



「音痴ではく……はくち?」

「バカをさらにののしった言葉だってさー。要するにめっちゃバカにされてんだよ、お前」

「……何ですってー!?」




 ここは子供達の溜まり場になっていて、わたしはよく顔を出している。



 小さい子から大きい子まで。特に、エリスちゃんと似たような年齢の子が多い。






 ……だから。



 同年齢の子供達が、何を考えているのか知りたいなーって。






「いやでも事実じゃん。五桁以上の計算無理ってありえないぞ?」

「千より大きい数は全部同じ!! めっちゃ大きい!!」

「ハクチーだわぁ……」

「オンチーでもある」

「お……音痴なのは認める!! この際だから!!」



 歌を歌うのがそこまで難しいとは。自分でも聴いてて嫌になったよあれは。



「まあまあ、そこまで言うのやめなって」

「何だよおめー、大人ぶりやがって」

「違う違う! ほら、ギネヴィアって音痴だけどさ、でもこの中では一番楽しそうに歌ってたじゃん?」

「あー確かに。下手の横好きってやつ」

「うるさいなー!!」

「でも好きであることって大事だよ?」



 細目の男の子がわたしの前までやってくる。



「多分ギネヴィア、練習すれば伸びると思うよ。しっかりとした練習をすれば、歌劇の主役にだってなれる」

「そ、そこまで言っちゃうかなぁ!?」

「音楽家を親に持つ僕が言うんだ。間違いないよ!」

「そ、そうかぁ~! わたし、練習すれば伸びるかぁ~!」






 ちなみに今は何をしているかと言うと、枝で地面に絵を描きながら会話をしていた。






「……」

「……」


「……何? もしかして、わたしの絵に見惚れちゃった?」

「……これ、何?」

「え? どこからどう見ても犬でしょ」

「口が二つあるんだけど?」

「え、これは正面から見た口でこっちは横から見た口……」



 ……ん? あれ?



「……自分で言っててわけわかんなくなったぞ!?」

「ガハクかぁ~……」

「ガハクでもございましたかぁ……」

「画伯って絵が上手い人のことじゃん!! わたし褒められてる!?」

「畳みかけるようにハクチーするなよ。もう腹いっぱいだよ」

「……」






「……ぷくくっ」




「あはは……」






 一緒に絵を描いていた女の子が、急に笑い出した。



 それまでわたしを見ていた子供達は、一様に驚いた顔で女の子を見ている。そんなことは気にせず女の子はわたしに話す。




「ギネヴィアって……ほんっと、バカみたいだよね……」

「ちょっと!?」


「……なんかさ。ギネヴィアを見てると、自分が抱えていた悩みって、小さいんだなあって思って……」

「……えっ?」




 女の子と会話を続けようとしたした所で、一番大きい男の子がわたしを引っ張っていく。




 溜まり場の隅っこで彼とひそひそ話すことになった。






「な、何?」

「……あいつさ。親が魔法使いなんだよ」

「えっ……」





 魔法。それは限られた人しか使えない、物理的に不可能な現象を行うこと。



 大気中に存在する魔力と干渉すると、それらの現象を引き起こせる。



 でも干渉するのにも素質が必要で、それを持っている人を『魔法使い』と呼ぶのだ。





「親はあいつも魔法が使えるって思って、毎日訓練を強要してる。それで泣いてるのが辛そうでさ……元気付けたくて、無理矢理ここに引っ張ってきたんだ」

「……」




「……ここに来てから数ヶ月経っても、何をしても、あいつは笑わなかった。ずっと無表情だったんだけど、でも……」



「……お前はあいつのこと、笑わせてくれた。歌も絵も下手くそで馬鹿だけど……でも」



「おれ、お前のことが好きだ。あんなこと言ってるけど……みんなだって、心のどこかでそう思ってる」








「……ん」



 

 風の流れが変わった。



 剣呑な雰囲気が流れ込んでくる。わたしと話していた男の子は、会話をやめて立ち上がり移動した。




「……あいつら来たんだな」

「え?」

「どうするんだー?」

「……いつも通りに」




 男の子達は互いに頷き、女の子達を物陰に移動させる。




「……何があるの?」

「そうか、お前が来ている間に来るのは初めてか」

「え……」











 わたしの耳に石畳を大仰に踏み鳴らす音が入る。



 そうしてやってきたのは、三人の騎士だった。



 鎧に紋章が刻まれていたからわかる。あれはティンタジェル騎士団、聖杯に仕える騎士であることの証明。だから彼らはそうなのだ。






 その事実に唖然とするわたしを制して、さっき話をしていた男の子が前に出る。






「……よう」

「ああ!? 騎士様に対して何だその態度は!?」

「鎧に着られてるだけのチンピラを騎士だと思ったことはないね」



 手が上がった。



「言わせておけば!! くそっ、くそがぁ!!」

「……ぐぅ……」



 何も反抗しない。じっと耐えて殴られているだけ。



 それを見ていた他の男の子も、前に歩いていく。涙ぐんで震えている子もいた。






「ヒャハハハハハ!! いい気味だぜ!!」

「んだよ、まーた女を隠してんのか!? いい加減何処に隠してるのか吐け!!」

「やだね!!」

「クソがっ!!!」




 わたしにはわかる。



 これは殺そうとしている殴り方だ。




 わたしがなりたい騎士は。



 子ども相手に乱暴はしない。






「!!!」




 剣を振るって空気の流れを変える。衝撃波が生まれ、彼らと子供達の間に空間ができる。



 そこに入り込み、子供達の壁になるように、わたしは対峙した。






「何だてめえ!! 何様のつも――ああん!?」

「その顔は新入りか!!! 新入りの癖に邪魔すんのか!!!」

「黙れ!!!」



 剣の峰で拳を受け止める。



 力が強い。人間のものじゃない。



 魔法か、それとも――



「へへっ……うへへへへへへへ!!! 丁度いい機会だ、先輩に逆らうとどうなるか、身を持って思い知らせてやる!!!」


「はああああああああっ!!!」











 子ども達を守ろうと思って、闇雲に剣を振った。




 その間の記憶は一切無くて、




 目覚めた時には、自室のベッドで横になっていた。











 それからも時は流れ、また休暇。現在わたしは生死の境を彷徨っている。






「ほーれ嬢ちゃん! もっと走れー!」

「ぎゃー!! 壁ー!!」

「右だ右ー! そのままずーっとぐるぐる回るんだー!」




 町を歩いていたらおじいさんに家の片づけをしてほしいと言われたので、家にお邪魔したら、



 何かでっかい蜂が巣を作っていて――




「うわーん!! 虫に殺されるのは何かやだー!!」

「ああ、そっちに行っちまったら――!!」








       ばちーん!!!








「ふにゃあ……」

「ああん……?」




 ぶつかったのは大柄な男。


 ここまで来ると何となく察することができてしまった。




「てめえ……どこ見てほっつき歩いてるんだぁ!?」






 案の定紛れもなく、ティンタジェル騎士団の鎧を着た騎士だった。






「……!」

「ああ、騎士様……! どうか、どうかお許しくだされ……!!」




 お爺さんはわたしより前に出てくる。



 そして土下座をしたと思うと、騎士に踏み付けられた。




「その口ぶりはぁ、貸した金まだ準備できてねえってのかぁ!?」

「も、もうじき準備できますので、今日はまだ……!!」

「ざけんじゃねえ!!」




 騎士がお爺さんの首を踏み抜く前に--



 わたしは彼を突き飛ばす。




「っ……!!」

「何があったが知らないが、人を傷付けるんじゃねえー!!」






 わたしがなりたい騎士は。




 困っている人を、見過ごすに助けるような騎士だ--











「--聖地と呼ばれるこの町で」




「狼藉を働くのは止めてもらおう」








 そんな声がしたかと思うと、




 目の前の騎士は身体を槍で貫かれ、血を噴き出しながら、泣く泣く逃げ帰る所だった。




 後に残ったのはわたしとお爺さんと--




「貴方様は……」

「君は早く家に帰った方がいい。私は彼女と共に戻るとしよう」

「はいっ……!」








 お爺さんを見届けた後、モードレッド様はわたしに向き直る。



 右手に握っていた槍からは、ぽたぽたと血が滴り落ちていた。






「……どうしてここが?」

「君は休暇となると、城下で何かしら騒ぎを起こす。それを辿るのは実に容易だよ」

「騒ぎって」

「騎士も民もそのように認識しているよ」




 すると今度はモードレッド様、



 突然槍を後方に突き刺す--




「……え゛っ!?」

「そこまで驚かなくても。ほら、下を見てごらん」

「あっ……」






 でっかい針を持つ蜂が、見事に身体を貫かれて悶えていた。



 それも数十体--多分、わたしがおびき出してしまった分、全部。




「……今の一突きで?」

「そう捉えてくれていい」

「……」






 黒いローブに身を包んでいて、魔術師みたいな格好だけど--




 槍の名手であったとは。人は見かけによらないなあ。








「……それにしてもだ。君は休暇になると、悉く人々を助けて回っているな」



「昔にもそうしていたのかな?」




 歩き出した直後に、モードレッド様は尋ねてきた。






「……そうですね。わたしは結構誰かのお手伝い、してたと思います」

「そうか。君の隣人はさぞかし感謝していたのだろうな」

「隣人ですか。確かに村の人から、たくさんお礼言われたなあ」



「……君は村の出身なのか?」

「はい。ログレスの隅っこにあるような、辺鄙な村です」

「そこから飛び出してきたと」

「騎士になりたくて飛び出してきました。前に出会った、かっこいい騎士様みたいになりたくて」



「ほう……出会ったという騎士は何者だ?」

「名前を訊く前にいなくなってしまいました。お星様のような金色の髪で、信念に燃えるような紅い瞳。剣をたくさん振るって、魔物を倒していたのを覚えています」







 その時、モードレッド様はふと立ち止まり--




 困惑に振り向いたわたしの顔を、じっと見つめてくる。






「……どうされました?」


「……何でもない。昔のことを思い出していただけだ」




「その上で、君はやはり運命に――創世の女神に導かれたのだとな」






 そう言ってふふっと笑う彼は、




 やっぱりわたしの剣、選定の剣カリバーンを見つめていた。






「さて、城に到着したよ。早く戻るといい、陛下が待たれている」

「あっ、はい! ありがとうございます!」






 軽くお辞儀をしてからわたしはお城に向かって走り出す。



 何人もの謁見者--聖杯より恵みを授けてもらおうと待っている人々と、途中すれ違っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る