第495話 王侯貴族がしゃぶしゃぶつつく・前編

 SHABU=SHABU、またの名をしゃんぶりあん=ウッシッシー=ニクウマー=ギシキィー--



 其は人類が編み出した英智--タンパック、アブラミン、ベイタミン、その他諸々を容易に摂取できし機構の一種。人類が時折リョウ・リーンと呼ぶ形態の一柱に連なる。



 ふつふつと湯が煮え滾るナ・ヴェーに、生命本来の赤みを携えしビイイフ=ニックーを湯がく。生命の輝きは消え失せ、代償として増強されるは口を潤しし享楽。ンマ=ミーンと呼ばれるそれは、人間の幸福中枢をいとも容易く支配し、名実共にこの世の支配者であることは言うまでもない。



 ニックーに飽きし者は、口頭の一砕にて絶命するまでに軽量化されし食物、ヤーサーイーをナ・ヴェーに投入する。ニックーのンマ=ミーンが溶解せし湯は類稀なるアジーを内包し、其に抱擁されしヤーサーイー、間もなくしてふやけ、その身に

「こんな茶番はいいからとっとと食わせろってんだよぉ!!!」

「へぇい」








 そういう経緯があって、現在グレイスウィル四貴族の領主達の目の前にはしゃぶしゃぶの鍋と食材とが堂々と爆誕している。








「おお、これはこれは……確かに何か食べながら話し合いたいとは言ったが……」

「現在流行りの食事なのよぉー! その名をしゃぶしゃぶ!」

「ベロアが用意したのか?」

「城下で流行っている物にしてちょーだいと言ったわっ! でも主食系が来るのは予想外だったわねっ!」

「私は上手く食べられないかもしれないので、適宜手助けしてくださいね」




 くるくると上機嫌で跳ね回る赤毛のカーバンクル。そんな彼女を横目に、国王ハインラインと王太子ハルトエルも席に着く。遅れて着席したのはハインリヒであった。




 そして話を切り出すのはアドルフ。こういう場面で持ちかけるのは大抵彼である。






「えー、陛下達もいらっしゃった所で、早速始めたいと思います」



「毎月定例の四貴族会議……今回は緊急ということで招集させていただきました」



「その目的はエリス・ペンドラゴンとアーサー・ペンドラゴン――この二人の今後について意見を纏め、方針を固めることにあります」



「前置きもここまでにして早速――ええと――」






「……」






 ぐつぐつ

     ぐつぐつ

         ぐつぐつ

             ぐつぐつ






「……食うか!!! 食べちゃいますか!!! 俺はお腹ぺこぺこです!!!」

「あ、アドルフ殿感謝する……実は私も腹の虫が鳴る直前であったのだ……じゅるり」

「陛下が一番食い意地張っていません?」








~スーパーしゃぶしゃぶタイム開幕~







「ああやっぱグスゴー牛はうめ~。これ食べたら安い牛肉なんて食べられないっす~」

「シルヴァは世界中を旅しているものな。はふはふ」

「ルドミリアも牛食べちゃなヨー。そんなピーマンばっか齧ってないでさ」

「幾ら脂肪分が落ちているとは言え太るのが怖いのだよ」

「今は太れるぐらいに食べられる喜びを噛み締めながら食うべきじゃない?」



「うわっと!! ……くっそ!! 跳ねた!!」

「トレック、そんな乱暴に肉湯がくからだぞ。貸せ貸せ」

「僕は身長が低いからー!! 上手くできないんだよー!!」

「ていうかお前の冷気で冷めないのかこれ」

「魔術で何とかやってるんだろ!! ふん!!」








~スーパーしゃぶしゃぶタイム閉幕~








「ふう、では空腹も満たされた所で始めましょうか」

「エリスとアーサーについて今後我々はどう動いていくかってことだよね。その前にあの二人が何者なのか、一旦現状を整理しない?」



 アフタヌーンティーにスティックシュガーをぶち込みながら提案するシルヴァ。



「まあシルヴァさんは何度説明されても耳を疑ってるんだけどね……」

「そもそも聖杯の正体が、人間だったってこと自体衝撃だぞ。歴史がひっくり返る」



 そう発言したルドミリアに全員の視線が向けられる。






「……私は考古学者であるが、それ以上に教師だ。あの子達は昔を知ってもなお、自分の幸せを求めて奮闘している。それを否定するようなことはしない」




 言い切った彼女には喝采の拍手が送られた。






「……開幕から拍手ってどうなんだろうか」

「議題が議題だからそういうものでしょう。皆様はどうでしょうか?」




 ハインリヒは冷静である分だけ、会議を引っ張っていきやすい性分なのかもしれない。




「シルヴァさんはグレイスウィルを空けていることが多いので、完全に皆様の方針に任せます。でも個人的な意見はルドミリアとほぼ同一」

「僕も同意だ。仮に二人を何かしら動員しようものなら、間違いなく戦争が起こる。政治的な観点からも良くない。ハルトエル殿下は如何です?」






「私は……かなり偏屈な意見なのですが。純粋に彼女を利用することはできないのです」


「娘に、ファルネアにとても良くしてもらっている先輩だ。親としても手出しは許されないし、仮にやったとしたら……ファルネアに二度と口を利いてもらえなくなってしまいますよ」






 軽く苦笑いを浮かべるハルトエル。そりゃそうだと誰もが思った。






「あとはトレック殿と同じことを思っていました。国の防衛をたった一つの手段にだけに結集させるのは、強固ではありますが脆く危なっかしい。それで滅んだ国の実例もあります」

「うむ……その通りだ。騎士王や聖杯を矢面に立たせるのは、決別した帝国とやっていることは変わらない」






「あの二人の話を聞いて思ったのは--」




「世界のあるべき姿とは、たった一人が全てを背負うのではなく--」




「全ての者が少しずつ苦難を背負っていくことだと、そう思うのだ」






 国王たるハインラインのその言葉には、揺るぎない説得力があった。








「……お前がそう思ってくれているのなら、こちらとしてはやりやすい」

「兄上……」

「さっすがこの私の主君なのだわー!! 感激で涙出ちゃいそう!!」

「ベロアも……ふふっ。ありがとう」


「私の見解はまた別として……アドルフ殿。貴方のご意見も一つ」

「……自分もルドミリアと同じです。だが俺は学園長として、あの子達に最大限の配慮を……尽くせなかった。辛い思いをさせてしまったのは俺にも非がある……」




 アドルフは拳を結んで、それを机の上に乗せていた。






「バックス副学園長……時折不審な動きを見せていたとは思っていたが」

「まさか黒魔術師だなんて調査請け負った私が一番驚いたよね」



 シルヴァは一枚の紙をひらひらさせながら、あくまでも軽い口調で話す。



「カムラン魔術協会が送り込んだ刺客……ってやつだ。潜入調査してたら偶然騎士王の話が耳に入って、それで機を窺いやすい環境を作っていたらしい」

「その一環が例の盗聴器か……」



 ルドミリアはアーサーより受け取った、謎の魔法具のことを思い出した。解析を頼まれていたのである。



「あまりにも圧が強いからと、屈するべきではなかった……くそっ」

「しかし当時の我々も対応に難儀していたのは事実だ。寮に入れて何かあったらと思うとな……」


「……まあ、結局奴が行動を起こさなかったのが幸いだろう。これについては終わったことだ、議論するだけ無駄!」

「おお、トレックがあくせかしておる。ここは顔に免じて先に進みましょい」






 時折紅茶を飲みながら、話し合いは続く。






「それでハインリヒ先生。貴方は今後二人に対してどのように対応なさるおつもりで?」

「……研究については、彼の許可を取って続けていきたいと考えています。彼の構造を解析することで、魔術に何らかの影響を齎せる可能性がある。それこそ帝国の闇が暴かれるかもしれない……ね」

「……闇ねえ。そういえばエリスの新しいナイトメアも、そう言っても過言じゃないじゃん?」






 話題に上がったのはギネヴィアという少女――



 彼女もまた、王侯貴族の面々に深い溜息をつかせる要因であった。






「暗獄の魔女は、実は聖杯に仕えていた一生懸命なだけの少女だったって、これまた歴史がひっくり返りそうな」

「蘇ったってことも衝撃だけど、ナイトメアになったってどういう理屈なの?」

「魔力構成を覗かせてもらったらナイトメアのものだったのですよ。エリスが願ったとのことでしたが、つまり――」




「彼女にとってナイトメアという存在は、自分を支えてくれる存在ということなのでしょう」






 思わず笑みが零れてしまう面々。偶にはそういう話題も嬉しい。






「……まあ彼女のことも表には出さないようにしていきましょう。最も、流布している内容が最悪すぎるので、同一人物だと言われても大概は信じられまい」

「勘付いてきた相手にどう情報を提供するかは、あの子達の判断に任せましょう。魔法学園での生活も半分に近くなってきたのだから、そういうことを考えられる能力もある」

「そうですね……そろそろ彼らは、成人するまであと少しの所まで来ているのですから」




 それは相手に与える情報を、自分達で選択する権利も有しているということ。




「……取り敢えずハインリヒ先生が聞いた情報を元に考えると、こんな感じですかね?」

「そうなりますね。我々は二人の決断に敬意を表して、あとは見守るだけです」


「……なーんか他にも色んなこと知ってそうな気がするんだけどなあ。例えば古の三騎士の正体とか……」

「一応言及はしました。しかしその時に言葉を濁されたので――考えるだけ無駄ですよ、シルヴァ殿」

「それなら仕方ないですねえ。うむ……情報を仕入れて対策したいってのはあるが、仕方ない仕方ない」




 引き際を見極めるのは誰だって難しいのだ。

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