第289話 祭の終わりに
「いや~、盛況盛況」
「もしかしたら、今あそこから来ている騎士様の中に二人が混ざってたかもしれない?」
「私医療班だから、あんな鎧着てきびきびと集団行動するなんて無理よ」
「うちはあと二十年ぐらいしたら入れてもらえるのかな~。何にせよ、新入りだからまだ無理っ!」
「……」
『やっぱり人多いね』
「そうだな。去年と殆ど変わりない」
そんな話をしながらベンチに座り、馬車が来るのを今か今かと待ち構えている。
「おっ、来た来た」
「前の人邪魔で馬車の中が見えないっ!」
「まあ私達はその気になればね……中の人が生活している場所でお仕事してるわけだし」
ソラが首を伸ばし、レベッカはウェンディの綿飴とカルメ焼きをちょいちょい齧る。
「うちの分だぞ~」
「いいじゃんこんなでっかいんだから~」
「その気になれば魔法でぱっぱと作れっから」
「「まじ!?」」
「化学の実験でどうたらうんたら……」
エリスも立ち上がってみるが、いまいちよく見えない。
「カヴァス、エリスに魔力を与えてやれ。そうすれば目がよく見えるはずだ」
「ワン!」
地面に足をつけ、エリスに向かって一点集中。
『ありがと よく見えるよ』
ホワイトボードにそう書いて見せた後、エリスは馬車の中をつぶさに見る。
緋色のマントに銀の甲冑を身に着けた、勇ましい男性――ハルトエル王太子。
(……すてき)
青いドレスに身を包み、真珠の埋め込まれたティアラを被った、麗しい女性――メリエル王太子妃。
(……きれい)
そんな二人に挟まれるように座っている、
桃色のドレスの少女。
(……あれ?)
ハルトエルと同じような目付きの薄色の瞳に、メリエルと同じように纏められた金色の髪。
挙動不審になりながらも、何とか人々の歓声に応えようとする彼女は――
(……ファルネア、ちゃん……?)
「どうしたエリス?」
「馬車か? ……もう通り過ぎちまったけど」
「今年も凄い人だかりだったね~。皆もう撤収していくみたいよ?」
「……」
(……また今度、訊いてみようかな……)
こんなひと時を過ごしていると、
あっという間に夕暮れがやってきた。
「ふう……ようやく着いたな」
「はーらくっついよロザリーン!!」
「じゃあ今日のご飯は軽めにいきましょうかね~」
そう言いながらレベッカはアーサーを見遣る。
「君はどうする? 帰る?」
「オレは……」
すかさずエリスが筆をしたためる。
『一緒にご飯食べよ』
「え……」
『ずっと一人じゃつまんないでしょ』
「……」
次にアーサーはローザに視線を向ける。
「……いいぜ。折角エリスがそう言うんだ、最後まで世話になってけ」
「その……急に、押しかけてきたのに」
「まあ危なかったこともあったけど、結果として無事に終われたんだからよし! さあさあ、上がってちょーだい!」
「エリス、お前は先に洗面所行くぞ。腕のペイント洗い落として、包帯変えるからな」
「……」
『わかりました』
「寂しいか?」
『はい』
「そうだな、楽しかった思い出だもんな……だけどもこれを胸にして、また生きていかないといけないんだ」
「……」
「なあに、楽しいことなんざこれから山のようにあるんだ。建国祭は来年もある。ニース先生は魔法学園にいる。な? 楽しいことって、案外あっという間に終わらなさそうな感じするだろ?」
「……」 こくり
「よしよし、いい子だいい子だ……」
――今日一日の記録。
国内外問わず多くの人々が詰めかける建国祭にて、散歩を遂行。
多くの男性を見かけることになり、それによると思われる心拍増加、冷や汗、手足の震えが一部で見られた。しかし本人の意思を尊重し、休憩を挟みながら祭の終わりまで実施。
まだ心的恐怖に対する明確な発作が見られるが、
それでも初期にあった幻覚や幻聴などが見られなかったのは、大きな進歩である――
「はいよー、ビーフシチュー!」
「は~らくっついって言ったんだけどなぁ!?」
「アーサー君はそうでもないでしょ? ほら!」
丁寧によそわれたビーフシチューが並べられる。
「エリスちゃんが心を込めて煮込んでくれましたー♪」
「……ありがとう」
「……」
カヴァスを抱き締めているエリスは、
恥ずかしそうに顔を埋める。
「ひゅ~かわい~。んじゃ食べよ~!」
「「「いただきまーす!」」」
食事を進めていくうちに、益々日は暮れて。
鐘の音が響いたかと思うと、ぽつぽつと街灯が灯り出す。
「エリス、今日はどうだったよ? 楽しかったか?」
「……」 こくこく
「そっか。それなら連れ出した甲斐があるってもんだ。なあアーサー?」
「……ああ」
アーサーはスプーンを置いてはにかむ。
「……!」
「ん、何だ?」
「!、!」
「おっと……」
エリスは布巾をアーサーの口元にあてがい、そっと撫でるように動かす。
ビーフシチューが口元についていたようだ。
「……ふふっ、ありがとう」
「……♪」こくんこくん
「……何ですか皆さん」
「いやあ……」
「若いなあって……」
「ブルースプリングだなあって……」
「全く……」
ティーポットからセイロンを注ぐ。そしてぐいーっと飲む。
「なあアーサー、私から提案……と言っても、一方的な通告のようなもんだが」
「何でしょう?」
「今日の建国祭で、エリスはいい感じに行動できてたよな」
「そうですね……まだまだ治療は続ける必要がありますけど」
「でもあんな人込みの中に入って、幻覚を見なかったのは進歩だ。確実に治療の効果は現れて、薬の作用もなくなっている」
「……はい」
「だから、見舞いの制限を緩和しようと思っている」
その言葉に色めき立つアーサー。とエリス。
「先ず明日になったら森の管理者に申請出して、お前に許可証を発行する。それがあれば、迷うことなくこの家に到着できるぞ」
「あとはエリスの知り合いで、且つ女性であるなら許可を出そうと思っている。そういう人物に心当たりがあるなら伝えておいてくれないか」
「……おいおーい? 上の空だぞー?」
「はっ……」
「ワンワ~ン~!」
目を擦り、頬を叩いて我に返る。
「すみません、つい……」
「ははは、そうかそうか……エリス、お前もぼーっとしてるじゃねーか?」
「……」
頭を軽く振って、カヴァスを強く抱き締める。
「まあそうだな、友達に会えるんだもんな。嬉しくないわけがない」
「よかったね~エリスちゃん! 毎日治療頑張った甲斐があったじゃない!」
「こうやって頑張れば、元の生活には必ず戻れる! だから、諦めないで頑張ろう!」
「……」
口角が上がり、瞳は潤んで、とても嬉しそうに見える。
「エリス……」
「……」
「……毎日来るからな。美味い物もいっぱい買ってきてやる。だから、だから……」
「ワンワン!」
「……」
エリスはアーサーの手を握る。
「……」
(ありがと……)
口をそう動かした後、また顔をカヴァスに埋めた。
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