第80話 買い出しと先輩と
「……ということがー、ありましてですねー……」
「ほーん、ほーん、なるほどーん」
エリスが興奮して話すのを、リーシャは目を平らにして相槌を打ちながら聞く。
「本当にね、すごかったの。何がすごいって言うとね、全部すごかったの。もうすごくてすごくて、どれぐらいすごかったかと言うと……」
「エリスから語彙力を奪ってしまうぐらいには凄かったのね、うん」
「そうそう、そのぐらいそのぐらい」
「ううーん……やっぱり凄いんだなあ、アザーリア先輩」
右腕を真っ直ぐ伸ばし、頭上に左腕を回して引っ張るリーシャ。
「リーシャも知ってるの?」
「知ってるも何も、演劇部と曲芸体操部って活動場所同じだからさー。ちょこちょこ練習してるの目に入るんだよねー。聞いた話だと、曲芸体操部からもスカウト受けてたらしいよ」
「そうなんだ……でも納得できちゃう……」
「お父さんはエルフでお母さんはニンフ! 実家はリネスのそこそこ大きい商人の家系! いやー、本当にこの親にしてこの子有りって感じだよね!」
「わかるわかる!! 何ていうかね、こう、オーラがすごかったの……!! お金持ちのお嬢様が放つような? 気高さっていうの? そんな感じの雰囲気で……!!」
「あーそれすっごいわかるー!! 私も同じこと感じてるー!!」
「でしょでしょー! 本当にわたし達じゃ到底敵わないよう、なぁ……?」
「でも先輩って十三歳、私達の一個上らしいっ……?」
女子特有の勢いで雑談に興じていたエリスとリーシャを、突然引っ張る感覚が襲う。
「わーっ、何するのよーっ!? 痛い痛い痛いってぇ!!」
「も、もう一人で歩くからやめてぇ……!!」
「ったく、話に夢中になりすぎだぁ!!」
悲鳴にも似た声を上げると、引っ張られる感覚は止まった。
立ち止まったエリスとリーシャが正面を向くと、そこには呆れたような真顔のアーサーと狼狽えているルシュドがいた。
ジャバウォックが魔法を使っていたようで、彼は糸を切るように右手を挙げた。解放される感覚がやってくる。
「目的の店はここだ。何故それに気付いていない」
「うう……おれ、やりすぎ、思う……」
「甘いぞルシュド。女子って言うのはな、色んなことに夢中になっちまう生き物なんだぜぇ?」
「女子? 男子? おれ、アーサー、エリス、リーシャ、違う……?」
側にいたカヴァスとジャバウォックもジト目でエリスとリーシャを見つめている。一方スノウはかなり慌てた様子で、その場にいる全員を一人ずつ見回していた。
「おっと、ルシュドにはまだ早かったかな! ガハハ! ていうかスノウ、お前リーシャのナイトメアだろ? 店に着いたって伝えてくれれば、わざわざ俺が魔法を使う必要なかったんだが」
「あうう……その、おはなし、楽しそうだったのです。だから……」
言葉が続かず顔をマフラーに埋めるスノウを、リーシャはよしよしと抱き上げる。
「スノウ……わたし達のこと、気遣ってくれたんだね」
「ごめん。本当にごめん。スノウもアーサーもごめん。以後は気を付けるように努力して参ります」
「全く……とにかく目的の店に着いたんだ。さっさと行くぞ」
「ふぁーい」
「はーい」
「わかった」
こうして四人は、第二階層の食料品区画のとある店に入っていく。
その店には選り取り見取りの食材が並んでいた。
肉に魚に野菜に果物、乾物や加工品など、そこに並んでいる食材全てが目を引くように陳列されている。数人程、生徒と思われる人物がここで買い物をしていた。
「ゼラばあちゃんのダイナミックマーケット……うーん、名に違わぬ通りのダイナミックさね」
「あたしゃそんな名前をつけた覚えはないんだがねえ。ここは何の名前もない、しがない個人経営商店だよ」
入り口から店内を見回す四人の所に、腰をほぼ直角に曲げた老婆がよたよたとやってくる。白髪を頭上で一まとめにしており、腰に手を当て杖をついている。顔には幾つも皺が浮かび、一見険しい表情に見えた。
先輩達に教えられた店名にあるゼラとは、この老婆のことで間違いないだろうと四人は確信する。
「それにしても料理部の子供達。センスの欠片もない名前で呼んでいるのかい。まあ子供らしくて逆に良いとは思うけどねえ。それより……あんたら一年生だろ。ならこれで全員来たことになる」
「他の生徒はもう来たんですか?」
「先週に二人、三日前に三人で来たねえ。皆いい子だったよ、いつも通りね」
すると店の奥から、黒と橙色の体格の大きい胴長の犬が、口に籠を咥えてやってくる。
「ガルルル……!!」
「おや、そこの白い子に対抗心を燃やしているね。まあそれが獣の宿命だもの、仕方ないねえ。この子はハワード、あたしのナイトメアさねえ」
「ワンッ!!」
「ほら、籠を持ってきてやったってさ。有難く受け取りなよ」
「ありがとう、ハワードさん」
エリスがハワードの頭を撫でると、ハワードは嬉しそうに目を細める。一方でカヴァスは益々牙を剥いていた。
「ガルルル……」
「ワンッ!!」
「ワオッ!?」
「……気になるなら下がっていろ」
「……くぅーん」
カヴァスはハワードの一吠えで一蹴された後、弱々しい声を上げてアーサーの身体に戻った。
「さて、挨拶はこれぐらいにして買い物しよっか。リーシャ、確かメモ持ってたよね」
「あるある~。えーっと、じゃがいも、塩、バジル、油、薄力粉に片栗粉だね」
「結局今年は揚げ芋でもするのかねえ? 至って平凡じゃないか」
「ふっふっふー、それが違うんですよおばあちゃん。今回の料理部出店では、渦巻きポテトを販売するんです!」
「……あたしゃ最近の流行りはよくわからん」
「なら、見る、来る。それ、良い」
「そうさねえ。腰の調子が良かったら考えようかねえ」
ゼラは会計口近くに向かい、ロッキングチェアに腰かける。
「買う物入れたらこっちまで来なさい。会計してやるから」
「わかりましたー」
「よーし、分担して終わらせよう!」
一時間後。
四人は買い物を終え、たくさんの買い物袋と共に外に出ていた。
「はぁ……重い! ちょっと男子これ持ってよー!!」
「ふんっ」
「おおっ」
「流石二人共。普段鍛えているだけあるわね」
アーサーとルシュドはとりわけ大きい買い物袋を、それぞれ一つずつ持つ。しかし買い物袋はまだまだ地面に置きっ放し。
こんな重いものどうしようかと思っていると、ゼラが見送りにやってきた。
「おうおう、中々の力持ちだねえ。武術部に入っているのかい」
「ルシュドはそうです。でもアーサーは料理部だけです」
「そうかい。だけど結構なやり手に思えるがねえ」
「おーい、ばあちゃーん!」
「ん、この声は……」
突然学生服の人影が三つ入り込んできて、ゼラに話しかけた。
「……何だい何だい。三人で来られてもくれてやる飴玉なんてないよ」
「いやいや、そんなつもりは毛頭ないから! ただ元気にしてるかなーってそれだけ!」
「ふん、どうだかねえ」
蓬色の髪で目付きの悪い生徒と、薄いベージュの髪の生徒。そしてもう一人、大柄な体格に地面まで届く程の薄茶の長髪の生徒。
このうちエリスは、薄いベージュ色の髪の生徒にだけ見覚えがあった。
「ガゼル先輩、お久しぶりですね」
「おお、誰かと思ったらカーセラムで奢った君達! こんな所で会うなんて奇遇だね! クオーク、シャゼム、この前話していた子達だよ! 二人程知らないけど!」
「別メンってやつか。よくあるよくある」
「おやっ、誰かと思ったらルシュドじゃないか! それ以外は初めまして! 俺はシャゼム・マームグレン! ゼラ・マームグレンの孫だ!」
知り合いが一人もいないクオークは、退屈そうに大きく欠伸をした。シャゼムはやや横長の瞳でじっと一年生達を見据える。
「先輩、こんにちは、です」
「知り合いなの?」
「私達が知らなくてルシュドだけが知ってるってことは、武術部?」
「そうそう。俺も格闘術を取ってるから、そのよしみで稽古をつけたことがあるんだ」
「そうだったんですか。よろしくお願いします、クオーク先輩にシャゼム先輩」
「……孫か」
アーサーはシャゼムとゼラを視界に収めながら呟く。
「ちっとも似ていないって、そう思ってるだろう? この子の母親は獅子の獣人だからねえ。母親似で甘ったれなんだよこの子は」
「おいおい、ばあちゃんっ子って言ってくれよな!! 俺は誰よりもばあちゃんに甘えたいだけだ!!」
「ばあちゃんっ子を自称する奴なんて初めて見たわ」
クオークはシャゼムから一年生達の買い物袋に視線を移す。
「あー……何だか重そうだな。こりゃあ生徒会としての血が疼くぜ」
「……生徒会なんですか?」
「そうだよ、目付き悪くて悪かったなコノヤロー。とにかく、俺達も荷物持ってやるから一緒に学園に戻るぞ」
「別に何も言ってないんですけど、それはさておきお願いします。ちょっと参っていた所だったんです」
「よっしゃーやるぞ。男三人もいりゃあ余裕だろこんなん」
「さらっと僕達もカウントされてる……」
「五月蠅え、おサボりはお終いって言ったのどこのどいつだ。行くぞ」
「ははは! そういうことだから、またなばあちゃん!」
「次来る時はちゃんと金を持ってくるんだね」
そう言ってゼラは店の中に戻っていった。
老婆を見送った後、ガゼル、クオーク、シャゼムの三人はエリス達から買い物袋を受け取る。
「うわっ、重っ!! 何買ったのこんなに!?」
「じゃがいもと薄力粉とその他諸々を少々ですね」
「割と本格的だな。ということはあれか、もししかして料理部の集まりか?」
「そうですね~」
「ほーん、いいこと聞いた。ついでに今年の屋台何出すか見て行こうぜ」
「そいつは賛成だ!」
それから数十分後。
「んんー……」
じゃがいもを回しながら切れ込みを入れていく。
「よっと……」
切れ込みを入れたじゃがいもに串を刺し、薄力粉と片栗粉とバジルを混ぜた粉をまぶす。
「こいつをどぼーんだ!」
それを油に入れること数分。
「……よしっ!」
じゃがいもを引き上げ油を切り、塩と胡椒を適度にまぶす。
「さあできた! 食べてみて!」
渦巻きポテトの出来上がり。部長は三年生の後輩三人に、揚がったポテトを渡す。
「いただきまー! うまー!」
「美味いぜこれはー!」
「……まあ、いいんじゃねえの」
ガゼルはゆっくりと息を吐きながらポテトに食らい付く。クオークとシャゼムも同様にポテトを食べ、そして美味しさに目の色を変えていった。
「うん、他の生徒が言うなら間違いなし! 当日は飛ぶように売れるぞ~!」
部長は調理室の後ろの方に目を向ける。
そこでは大半の生徒がじゃがいもに切れ込みを入れる作業を行っていた。買い物から戻ってきたエリス達も、その中に入って同様の作業を行っている。
「むぅ……中々上手くできないなあ」
「……」
左手でじゃがいもを押し付け、時々動かしながら右手で包丁を入れる。
エリスはこまめに手を休めながら、アーサーは一言も発さずにじゃがいもと向き合っている。
「もう疲れた~スノウやってよ~」
「ほらリーシャ、ナイトメアに逃げない。今逃げたら一生料理できない人間になっちゃうよ~?」
「ううー……」
「ふー。半分、終わった」
「いい感じだなルシュド。まあ最初なんだし、その調子ゆっくりやっていこう」
そこにポテトを食べ終わった三人がやってくる。
「ごっそさんした。いやあ、食い物の下準備って大変なんだな」
「母ちゃんが如何に頑張って料理してるかわかるな……」
「いきなり押しかけてきたのに、ポテトも貰っちゃってごめんね?」
「いえいえ、大丈夫ですよ」
「……集中が途切れる」
「おっとそりゃあすまないアーサー」
ガゼルは寄りかかっていた机から手を離す。
「さってと、腹も満たされたし! 僕達もそろそろ戻りますか! 新聞部では歴代アルブリア島事件簿をまとめた記事を展示するから、よかったら当日見に来てね!」
「生徒会はいつものあれプラスアルファの予定っす。んじゃ、失礼しました」
「武術部は楽しいアトラクションだぞ! 只今絶賛調整中だから、当日をお楽しみに! 失礼しました!」
それぞれの課外活動の宣伝をした後、三人は調理室を出ていった。
「何だかめっちゃはきはきしている先輩と知り合いになってたのね、エリス。しかも奢られたとか何とかって」
「うん、色々あってねリーシャ……さっ、続き頑張ろう」
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