戦慄なる反抗、挑克なる旋律
「くっ……このっ……!!」
「数が多すぎないか、何処から沸いてきている……!!」
「きゃあっ!!」
敵から距離を取る際に、エリスは転んでしまう。
「ったー……」
「エリス!」
「ちょ、ちょっと擦りむいただけ!」
「その傷口から毒が入ったらどうする!! 今すぐ下がれ!!」
「そ、そう言われても……!!」
倒しても倒しても包囲は解けない。同じように黒魔法で攻撃を仕掛ける魔術師が、次から次へとやってくる。
そしてとうとう、追い打ちがかけられた。
「……っ!!」
「この音……!!」
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「うっわ!! ボコボコするぜ!!」
「おーおー、まあこんな数押しかけちゃあなあ。出るよなあ、奈落」
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「だが丁度いい……それっ!!」
森に住まう魔物やそれ以外の形容し難い物体に変身していく、黒い粘性の液体――奈落の者。
黒魔術師達は呪文を唱え、次々とそれらを配下に置く。
「そろそろ疲弊してるはずだ!!! やっちまええええええ!!!」
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「っ……!!」
「間に合え――!!」
星の海が広がる空から、雷が降ってきた。
「……へっ!?」
「これ……ギターか!?」
メジャーコードが何度も奏でられる。同時に、音をなぞって、三つの音を順繰りに。
スケール変われば色も変わる、酩酊響くその音に、
黒魔術師も奈落の者も、敵は全て痺れたように動かなくなる。
「アアアアアアアア……!!!」
――
体力が残り少ないと思われる者は、そのまま目覚めなくなっていく。
そうではない者も、首を刎ねれば止めをさせるまで至った――
「エリス、ここはオレが……」
「で、でも数多いよ……?」
「それならボクが手伝うぜぇ!!」
木々を掻き分け、飛び上がりながら――
よく見慣れた、何かと喧しいアイツが颯爽と現れた。
「……」
「……」
「……」
「……お前の方から何か言ってくれよ」
「え!? いやーそのー……言いにくいなあって……」
「さっきの勢いはどこに」
「ああもう、早く首を落とさないと……」
「ああエリス、コイツらあと数時間は動かないと思うぜ? なんてったってボクのビートに痺れちまったからな!」
「……何だと?」
まさかとは思っていたがそのまさかであった。
身内にあんな鋼の音を奏でられる人物は一人しかいない。
彼が――イザークがやってくれたのだ。
「それと、その服装……」
「え? ボクのカッコ何か変わってる?」
「いや、まあ――最高に似合ってるぞ」
「マジ!? 鏡とかないから見れないのが辛いわ!!」
ノースリーブの黒皮のベスト、光沢がありつつも傷が激しいダメージジーンズ。どちらも金属製の装飾がこれでもかと施されている。相変わらずの寝癖な茶髪も、今ではクールに輝く。
背後に立つサイリは、肉体こそ真っ黒であったが、白いパーカーを着てだぶついたズボンを履き慣らして、見たことのない形状の靴を履いていた。
「とにかくやっちまおうぜー。こうだっ!」
「おまっ……!?」
手にしていたギターで黒魔術師の頭を潰していくイザーク。
すると一瞬電流が走ったかと思いきや、その形は無残な物に変貌する。
「躊躇いとかないのか!?」
「でも殺さねえとこっちが死ぬじゃん」
「……!」
決定的に違う。
その顔には、自信やら決意やら覚悟やら、
とにかく今までの彼からは感じられないものが満ち溢れていた。
「ボクだって覚悟決めたんだ。これからはオマエと一緒に戦う――オマエの為に奏でる特別ライブだ。心して聴きやがれよ!!」
「――ああ! 勿論だ!!」
そうして固く握手をし合う男子二人であった。
(……男の友情ってやつだね。何だかかっこいい!)
(ギネヴィア、かっこいいはいいんだけど、ねえわたしわかっちゃったんだけど)
(え? 何が?)
(何でカムランがここに来たのか)
(……ああっ!? まさか!?)
(状況が状況とは言え、なぁんでこんなにヘラヘラしていられるの……!!)
アーサーは助けに来てくれたことが嬉しいようで、完全に頭から受け落ちているようなので、物申してやろうと思って近付く――
と思った瞬間、近くの木が揺れて、どさりと物体が落ちる音がした。
「どわっ!?」
「……大丈夫ですか!?」
「うぐっ……お前らは、カタリナの……」
最初にトムと出迎えてくれた青年の一人であった。腕に巻いた包帯からは今も血が滲んでいる。
「に、逃げて、来たんだ……あいつは、強すぎる……」
「どこで交戦しているんですか!?」
「む、向こうだ……そ、そこで、やばいのと鉢合って……黒い、鎧の……」
「ボールスか!!」
「誰だそいつは!?」
「この黒魔術師共率いている奴だ!!」
「つ、つまり敵の親玉じゃねえかっ……!!」
そう話している間にも、また一人、更に二人がやってくる。どちらも酷い怪我だ。
「お前らも……逃げてきたのか……」
「……本当なら、戦いたいよ。でも、でも……」
「限界なのはわかってる。残っても、足手纏いになるだけ……」
「あ、あんたら、戦えるなら助けに行ってくれ……!! 頼む!! 族長が一手に引き受けて、若いの皆逃がして……!!」
「アイツ真正のキチガイだぞ! そんなのと戦ったら一溜りもない!」
「なら行くしかないか――」
「……回復魔法はかけました。応急処置ですみませんが、急いで村に……!!」
「ありがとう、お嬢ちゃん達……」
「くれぐれも死なないでくれよ……!! こんな森で死なれたら、骨も拾ってやれないんだ……!!」
そうして傷だらけの身体を引き摺りながら、去っていく青年達。
「……向こうか」
「どのぐらいの距離でどの方角なんだろ……大慌てで逃げてきたようだから、聞いてもわかんなかったよね……」
「んならボクに任せろ!!」
「何をするつもりだ?」
「聞くんだよ、音を――」
目を閉じると耳は鋭敏な感覚を得る。
音階を聞き分けることも、種類を判別することも、その距離を測ることも――
「こっちだな!! 足音三つだ!!」
「聞こえたのか!?」
「北西に一キロと五百メートル行ってるな!!」
「遠い……!!」
「エリスが何とかしてくれるだろ!?」
「――うん! そ、そのつもりでいたよっ!!」
提案する前に捲し立ててられてしまった。慌てて三人の足を強化する。
「案内は頼むぞ!!」
「任せろって!!」
「言いたいことは山程あるけど、それをする為にも生きて帰ろうね!!」
「勿論そのつもりでっさー!!」
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「っ……」
「叔父さん、無理はしないで……!!」
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「……姪が無理をしているのに、黙って見ている叔父がいるか」
「で、でも、傷が……ぐっ!!」
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「ギャハハハハハハハ!!! やっぱり大したことなかったわ!!! このワタクシは、偉大なるモードレッド様に造られた完璧な存在なのだ――テメエらのような雑魚に負けるわけがねえ!!!」
黒槍を手に嗤うボールス。目は見開き、唾を撒き散らし、身体をくねらせてあからさまに愉しんでいる。
鎧には様々な液体が付着して、元の色が何色であったかわからなくなっていた。
地面から湧き出る奈落の者達は、彼に従うように姿を変え、景色を黒に染め上げていく。
「お前も辛いんじゃないのか……救援に来てくれたのは有難いが、もう……」
「あの化物見たら逃げろって、そう教えられてきたでしょ!? でも、でもあたしは戦える――セバスンが、ナイトメアがいるから!!」
「な……?」
意味を理解しかねている間に、
背後の岩が歪む――
「っ!!」
「危ないっ!!」
岩が大口を開いて、奈落が彼を取り込もうと――
する前に。
剣戟がそれを斬り裂いた。
「間に合った……っ!」
「エリス!!」
剣の勢いのままに倒れたエリスを、アーサーが駆け寄って起こす。
「オマエら急に走るんじゃねーよってカタリナ!!」
「……」
変貌した彼の姿を見て。
彼女は安堵からふっと息をつく。
しかしその刹那に痛みが走った。
「ああっ……」
「カタリナ!! やっぱり無茶してるんでしょ!!」
「し、してな……うう……」
「……普段のお前ならもう限界のはずだ。何か魔法でも使っているんだろう?」
「……」
原理はアーサーやエリスと同じ。戦闘態勢に入ると、姿が変わって能力が引き出される。苦しむこと、限界が来ることなんて有り得ない。
二人が平気ななら、自分もそうであるはずなのに――
「そ、それなら、もう……ごほっ!」
「トムさん!! 怪我、酷いじゃないですか……!!」
「これぐらい……いや、さっき言っていた、こと……私にあの黒い物は、倒せない?」
「ナイトメアが――ナイトメアが関与する攻撃じゃないと、通らないんです――」
槍が飛んできた。
「……っ!!」
「雑魚共が!!! 僕を差し置いて話しているんじゃねえよ!!!」
ボールスは槍を手に、顔のあちこちに皺を浮かべて、今にも沸騰しそうな顔で怒鳴り付ける。
――彼が手に持つ槍と、同じような暗黒の槍が、周囲に何十本も浮いていた。
その中の一つを手に取り、また投げ付ける――
「オラァァァァァ!!!」
「あ゛!?!?!? ……あ゛ー!?!?!?」
イザークがギターを鳴らし、空気を揺らしてそれの勢いを弱めた。
カランと落ちる音もせず、大気に溶けていくそれを見て、ようやく彼の存在に気付いたボールス。
「――言ったよなあ!!! テメエ裏切ったら殺すって言ったよなあ!?!?!? ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ーーーーーーー!!!」
今度は数十本の槍が――
上空からも、横からも、
背後からも、地底からも、
心臓目掛けて飛んでくる――
「エリス!!」
「うんっ!!」
息の合った呼吸。
光が周囲を覆い囲み――
這い寄る深淵を全て遮断し、そして消し去る。
「……」
「ああ……?」
予想と異なる結果に、蚊の鳴くような驚嘆の声が出る。
「オレの友達を殺させる真似、見過ごせるとでも」
「三対一! こっちが有利だよ!」
「ううん、四だよ。あたしはまだ戦える。どのみち貴方に勝ち筋はないけどね!」
「おっさん、ここはボクらに任せて撤退した方がいいぜ! その方がいいって、今のでわかったろ!」
「……」
まだ治り切っていない腹の傷を見て、そのようにする決断を下した。
「……死なないでくれよ。仲間達には一人の犠牲も出さずに済んだんだ。最後にお前達に死なれたら……!!」
「うん、絶対に死なない。生きて帰る!」
「……健闘を祈る」
それでも揺らぐ心を、彼女達の背中で固定して、一人撤退していくトム。
「ぎ……ぎははははは……」
彼の姿が見えなくなった瞬間――
「ギャハハハハハハハハハハハ!!! ギャーッハッハッハッハッハッハッハッハァァァァァァァァァァ!!!」
狂気が嘲笑う。
「な、何、これ……」
「なぁにって、これが僕の本気さぁ!!! テメエらが戦闘態勢とやらに入るようによぉ!!! 僕だって本気出せばこれぐらいなぁ!!! 可能なんだよギャハハハハハハハハ!!!」
「……正気とは思えないな」
沸き上がる申し子達は狂気に付き従う。
其れの意思を体現するように姿を変える。殺意を宿したぎらつく槍。それを操る人間共。
黒鎧も覆い尽くして、様々に変わる波動が彼を包む。それに当てられて、感情の読めない、狂っていることしかわからない奇声をあげる。
狂ったように見開く瞳は何を映す?
「我はモードレッド様の忠実なる下僕、狂騎士ボールスなり!!!」
「我が主君の求めし物、聖杯を我が主君に捧げる――!!!」
「その為にテメエら全員纏めてぶっ殺してやるよ――!!!」
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