第300話 マルティス

 地下牢は全部で六層構成。地下三階から六階までが牢獄で、アルブリアで悪事を働いた人間は全てここに投獄される。


 そして地下一階は受付や管理を行う事務の階層。地下二階にあるのは――




 取調室である。








「すみません遅れましたぁ」

「遅いですよ何やってるんですかミーガン先生!!!」

「ヘルマン先生、落ち着いてくださいってば!」

「――!」



 サタ子がヘルマンの首に飛び移り、ぞわぞわする冷気を放つ。



「ああ……ああああ……」

「落ち着けカッコブツリか。いいぞサタ子」

「あ……来ましたね、とうとう」

「……」






 取調室は二層構成。下層が取調室、テーブルを挟んで椅子が二つ。照明は原始的なランタンが十個あるぐらい。上層は硝子張りになっている観察室で、取り調べの様子を見ることができる。魔術で保護している為、外から上層の様子は見えない。




 そんな下層、取調室に一人の男が入れられる。






「ああああああああああ!!!」

「……拘束終わりっ。おいおい、そんなに叫んでいたら喉が渇くだろう?」

「知るか!!!!!!!!」


「お前には話してもらわないと困るの。喉が潰れちゃったら、何にもできないじゃないか――だから何か、飲み物を用意するぞ?」

「くそがああああああ!!!!殺す!!!!!!」

「んー……んんー!」




(……どうするんですかアドルフ様!?)

(仕方ない……実力行使だ)






 アドルフはローブから小瓶を取り出し、




 中身の粉を男に向かってぶちまける。






「あ゛!?あ゛……あ゛あ゛……」

「神経麻痺と精神安定の薬さ……この部屋、魔法の行使を制限しているからな。薬で落ち着いてもらうぞ」




 男が座った正面に、アドルフが座る。ジョンソンが男の隣に立ち、デューイは入り口付近のテーブルに座って、ペンを手に取り頬杖をつく。




「さあて、知っていることを話してもらうからな――元聖教会所属の魔術師、マルティス」











「く、くそ、あの男……」

「ヘルマン先生、そりゃあ、生徒を傷付けられて怒っているのはわかりますけど……」

「俺が止めておきましょうか?」

「お願いしますダグラスさん」

「よーし、落ち着いてくださいねー」



 硝子に顔をびっとりくっつけていたヘルマンを、引き剥がして腕を拘束するダグラス。



「う、うわあああ……放してくださいぃ……」

「放したら落ち着き無くすでしょ先生」

「そ、それもそうか……」


「にしても貴方、騎士の癖に物好きですねぇ」

「あいつの看守業務に入るかーって時にこっちへの移動が来ましたからね。何か仕事しとかねーとって思いまして」

「見上げた精神ね……」






 現在観察室には、ダグラスを除くと八人の人間がいる。それは一年生の教師陣だ。






「ヘルマン先生、間近で見たいならせめてハインリヒ先生ぐらいには平穏を保ってくださいよ。暴れられてしまったら、この硝子の結界が破壊される可能性もあるんですよ」

「へい……」


「何か先生に対してボロクソ言いません?」

「朝からこんな感じで授業もあんまり手に着かなかったんです。ディレオ先生の方がよっぽど落ち着いてましたよ」

「それも愛故なんですけどね……」


「リーシャ……リーシャ……」




 ダグラスに拘束されながら、おめおめと涙を零す。若干ファンデーションが落ちている。




「くそ、あの野郎……女性の価値が……で決まる、なんて、認めん……」

「え? 何で決まるって?」




「あー……そんなこと言ってたんですかあいつ……」

「その、投獄されてる時はどんな様子だったんです?」

「臭い」

「え?」

「あいつ臭いんですよ……体臭もそうなんですけど……ごにょごにょ……」




「……吐きそう」

「右に同じく」

「リーン先生、ニース先生、無理をなさらずに」

「ルドミリア先生も人のこと言えないじゃないですかぁ……」

「私は……慣れた。世界を飛び回っている影響でな……」

「それは果たしていい慣れなのだろうか……」






「……皆さん。彼が落ち着いたようです。そろそろ始まりますよ」






 ハインリヒはただ冷静に、取り調べの内容を見つめている――











「ヴー……フーッ、フーッ……」

「理性を取り戻したな?」

「……カッカッカ。俺様に話があるって? なあ、グレイスウィルの偉い人?」



 舐めた目で覗き込むマルティス。アドルフは勿論動じない。



「あの島で――」

「いやあ、酷いわ。腐ってるわ。俺様を野郎二人で拘束しないといけないって、古代帝国の魔術師はそこまで落ちぶれたのか!!! はーっ!!!」


「……」




 ジョンソンが肩を掴み、言葉を無理矢理止める。無表情を貫きアドルフが雪崩れ込む。






「あの島で何を研究していた。先ずはそれから訊かせてもらうぞ」

「何をって、テメエら見ただろ? アレを研究してたんだよバーカ」

「以前我々の元に上がってきた内容とは違っていたのでな。あそこまで液性になっているという話は聞いていない」

「雑魚だ!!! 調べた奴も造った奴も俺様には敵わない雑魚!!! 雑魚雑魚雑魚!!!」


「……逆に聞こうか。貴様は天才だと?」

「そうだぁ、俺様は天才!!! あんなに沢山のゴミムシを造った!!! 凡人は先ず他の生物を、意思を残したまま合成させることすらできねえんだぜ!?!?」

「……」




 地上に溢れ出ていた、形容し難い臭いの物体が思い起こされる。




「……その物体。人間のものと思われる四肢や臓器が見られたのだが」

「あのゴミムシは消化機能が不十分だったからなあ!!!」

「……やはり餌にしてたのか」

「してたしてた!!! 人間とか神聖八種族はやっぱ魔力構成が完璧なのよ!!! その辺の魔物とは比べもんになんねえわ!!!」

「……」




 怒りの感情を、口角を上げることで吐き出す。




「その餌は何処から仕入れた」

「色んな所♪」

「具体的には」

「色んな所って言ってんだろカスが」

「答えるつもりはないと?」

「だってさ~~~~~言ったらテメエらに有利に働くじゃん。それがムカつく。ウゼえ。でもまあ、そうだなあ!!!」




 それを皮切りに、声が狂い出す。




「交換条件、飲んでくれるってんならいいよ!? ほら、この島にいるんだろ!? エリスちゃんを連れてきてよ!!! ヤらせてくれたら幾らでも「貴様あああああぁぁぁ!!!」






 机を叩き、身を乗り出して、


 


 とうとう糸が切れた様子のアドルフ。




 すかさずジョンソンが割って入り、引き離す。






「……くっ……」

「ギャハハハハハハハハハハ!!!! おもしれえええ!!!!!」


「……生徒を貶められて悔しいのはわかりますが。冷静でいないと何もかもが無駄になりますよ」






 そう耳打ちした後、ジョンソンは定位置に戻る。











「……話さないのならこの話は終わりにしよう。次だ」


「……貴様の所属だ。聖教会を追われ、今は何処に属している」




 話題が切り替わると、マルティスは萎んでいくように、つまらなさそうな表情をする。




「えー、んなもんわかってる癖によぉ。俺様のローブ調べなかったの???」

「どれも酷い染みがついていて、照合が行えなかった」

「あっそ。まあどうでもいいけど。ていうかその口ぶりだと、やっぱ気付いてるんじゃん」

「……」


「気付いてるなら答え合わせしてあげよーっと。俺様はキャメロットの所属だぜ!!!」

「……」




 数秒の間だけ思案する。




「……天才だと言ったな。天才ならば、野放しにされていてもおかしくはないのか」

「そうだよー!!!やーっと認めてくれた!?!?」

「……」




「『幾多の魔術師が千年掛けても動かせなかった針を、十年で動かし切った稀代の天才』」






 流石のマルティスも、その言葉には冷静になったようで。だが気色悪い笑みは崩さない。






「ああ~、ウォーディガン? よく言うよナァ~~~。この俺様が唯一認めた大天才!!! ウォーディガンだ!!!」

「……十三年前に失踪したという話だ。何か知らないか」

「その前に何でそれをテメエらが知りたいのか教えてくんね???」

「裏があると感じている……あれだけの魔術理論を成立させておきながら、何の前触れも無しに突然の失踪だ。キャメロットの内部で何かあったのではないか?」

「ん~……そいつはぁ、知れるもんなら俺様が知りてえんだがよぉ……」




 項垂れたかと思いきや、一瞬で上機嫌に戻るマルティス。




「あいつの面ぶっ潰せねえのはムカつくが、それのお陰で俺様に研究資金が回るようになった!!! それについてはありがてえねえ!!!」

「その金でブルーランドにあんなものを……」

「そういうこと♪」

「……」




 また殴りかかりたい気持ちを抑え込む。




「んまっ、いいや♪ 何も情報ないのは~???テメエらも可哀想だしぃ~~~!?!?!?親切な俺サマが教えてやるよ!!!ウォーディガンを逃がしたのは、俺!!!」




「……何だと?」

「ちょーどテメエらが言う十三年前よ。ウォーディガンの野郎、キャメロットから逃げる為の協力者探してたんよ!!!俺サマ優すぃ~~~からサァ~~~~~!!!喜んで協力してやったってワケ!!!」




「そしたらビックリしたね!!!あの野郎女とガキ連れてきたんだもの!!!ムカついたから殺してやろうとも考えたけど、その前に逃げられちってよぉ……はぁ~~~!!!」






 アドルフがデューイの方を見遣ると、彼はしっかり話の内容を記録したことを、親指を上げて伝える。


 それを確認したアドルフは、冷静さを肝に銘じながら話を続けた。






「……それさえ知れれば後はもういい。次に訊きたいことは――聖教会から尋ね者にされていたということについてだ」




「へーそうなの。追っ払った癖には執着してるねえ」

「貴様のような天才を逃してしまったこと、後悔しているのだろうな」

「ギャハハハハハハハハハ!!! わかるぅ~~~~~!?!?」


「……追われる心当たりは?」

「俺様汚ねえから!!! アイツら穢れを許さねえから!!! 俺様親のコネで聖教会入ったはいいけどよぉぉぉ~~~~~っ、何か合わなかったんだよね!!!」

「……」


「そんで一方的に破門されちった☆ どうすっかなーって所にあのニンフババアがやってきて、キャメロット入らねえかって言われて入った!!!」

「……ヴィーナか。ヴィーナに直接目をかけられたのか?」

「そうそうそうそう!!!俺様ババアのお気に入り!!!だからヤりたい放題!!!ギャーーーーーーハッハッハッハッハッハァァァァァァァ!!!」











「……とんでもない精神状況でとんでもないこと話しますね……」






 観察室の方も、現在誰もが硝子から顔を放し一息ついている。長時間見ていると気が病みそうなのだ。






「ウォーディガン、まさかの妻子持ちだったとは。でも一体どうして逃げたんでしょう」

「それはぁ、キャメロットの闇に触れてしまったのだとぉ、有り体に言えばそういうことだと思いますよぉ」

「単に子供の将来が心配だったんじゃないの? でもよりによって、この男に頼るなんて」

「そこまでしないと出られないってことでしょう……」

「死ぬまで出れないって話もあるぐらいですからね、キャメロットって。きっとそこでも特別扱いを受けてたんでしょうか……」






 リーンやダグラス、ミーガンが意見を交わす中で、ヘルマンは気分悪そうにコーヒーを啜っている。






「……俺流石にもう駄目かも」

「ヘルマン先生……」


「汚いの自覚してるって……駄目なんだよ。自分の欠点を自覚している奴は手が着けられないんだよ……」

「普段ひょろひょろな先生が言うと……こう……」

「そうですよ俺がそうなんですよ……俺は体格についてはどうにもならないって自覚して、その上で活かせるようにしてますからね。あいつも同じだ……」

「ん……」




 ハインリヒはこんこんと硝子を叩き、全員の気を引く。




「どうやらこれで取り調べは終了のようですね」

「何時間経ちました?」

「二時間程度でしょうか。翻弄されている時間が殆どのように思えました」

「あいつの処遇今後どうなるのかな……俺達騎士の間でも、不満や疲労が見え出してきています。早いことどうにかしてもらわないときつくてきつくて……」

「ご苦労様です……後で何か差し入れをお持ちしましょうか?」

「大盛りの甘味をお願いしたいです!!」

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