第490話 ぎぃちゃんと料理部

 料理部は相も変わらぬ活動日程。火曜日に何を作るか話し合い、土曜日までに食材を調達し、土曜日に作る。






「うぃ~。ウチが来たで~」



 トールマンの七年生ヒルメは、手を振りダウナーな声を出しつつ、いつもちょっかいを出している後輩達の元に向かう。



「……あり? 何か増えてね?」

「ヒルメ先輩初めましてです!!!」



 その増えている五人目は、ずばっと椅子から立ち上がりびしっとお辞儀をした。






「わたくしギネヴィアと申します!!! 転入してきました四年生です!!! よろしくお願いします!!!」

「うっわめっちゃ元気ヨ。おけおけ、ぎぃちゃんね」

「……ぎぃちゃん?」

「ギネヴィアだからぎぃちゃん。そっちの方がカワイイっしょ?」

「ほ……ほおおおおおお……」




「にゅおおおおおおーーーー!!! わたしはぎぃちゃんだーーーーー!!!!」




 ぴょんぴょん飛び回ろうとした所を、エリスに引っ張られて座らされる。






「ハハッ、マジバロス。元気良すぎでしょ」

「すみません……この子魔法学園が心の底から楽しいみたいで……」

「別にいいじゃんそれって。このご時世だ、楽しんだもん勝ちよ!」

「わたし大勝利ぃー!!!」



 今度はアーサーから飛び出したカヴァスに噛まれる。



「ぎゃー!!!」

「……何でクソ茶髪がいないのにこんなに喧しいんだか!」

「ワロワロワロリーヌ~」

「……」



 ふとルシュドと目が合ったキアラが、手を振り返してきた。彼女はファルネアやアサイアと同じ机に座っている。



「何をしているんだ?」

「わっ!」

「あっちが気になるのか? ふふ……こいつなぁ」

「う、うう」


「何々何の話よぉ。ヒルメさんにも教えなさいよぉ」

「向こうの朱色の髪の女子。キアラって言うんですけど、ルシュドのカノジョなんです」

「えっマジ!?」

「……えへへ」

「ひゅーめでたいねぇー!!」



 ぱちぱちと手を慣らすヒルメ。リーシャも便乗する。よくわからないけどギネヴィアも便乗してきた。



「あ……セロニム先生だ。ほら、始まるよ? 静かにしましょう」

「はーい!」











「……よし、欠席は……ああ、これで全部なのか。虚しいなあ……うん! では始めます!」

「今日は珍しく僕もいます。自分で言っちゃうのもあれだけど。でもって今年はなるべく多く顔を出すことが目標です。顧問のセロニムです、よろしく!」




 軽い挨拶を済ませた後、黒板に本日作る料理を書く。




「さて……今日作るのはメロンソーダゼリー。カフェでの定番メニュー、メロンソーダにバニラアイスを乗せたアレ。それを食用膠を用いてゼリーにしてしまおうってわけだ。しゅわしゅわの美味しいお菓子ができあがるぞ~!」




 ごくり、とギネヴィアが唾を飲む音がばっちり聞こえたエリス。




「では早速取りかかろう。前にある道具を持って行ってください!」

「材料も忘れずにね!」











 エリス達の机は、ギネヴィアとヒルメを混ぜて六人。今いる生徒達の中では一番の大所帯である。その分だけわいわい賑やかに料理をしていく。






「お、おおおお……ソーダ、ソーダ……」

「砂糖入ってないから飲んでも不味いだけだぞ」

「うげえ」

「しかしこのような料理を作る時には非常に都合がいいんだ」



 アーサーは計量器を用いて、ソーダを適量測る。



「え~と……膠の準備はいいか?」

「水でふやかして、ちょっぴり温めたよー」

「よし。では測ったソーダを……半分ボウルに注いで」

「膠をしゃーと入れてっ」

「ここにメロンのシロップを少々……」



 すると鮮やかな緑色に様変わり。



「わあ……えへへぇ……」

「こらギネヴィア、まだこれからだぞ。ええと、これをちょっと加熱するんだったか」

「んじゃウチがするわー」




             ちーん




「したわー」「ありがとうございます」


「これあっためたらしゅわしゅわ抜けないのかな?」

「抜けない……と思うぞ。多分。作り方にそう書いてあるんだから」



 残しておいたソーダも入れて掻き混ぜる。



「おれ、知ってる。膠、冷える、固まる。急ぐ、急ぐ」

「わかってるって。それに冷えてもまた温めればいいだろう」

「流石に二回目やったらしゅわしゅわ抜けるべ」

「ぬぅ」



 その後人数分のグラスにメロンソーダを注ぐ。大体半分程度の高さだ。



「よし、丁度全部入れ切った」

「これを冷やすんだよねー。下かっ」



 包丁や俎板が入っている隣に、小型の魔術氷室が内蔵されている。リーシャはそれを開いた。



「結構ハイスペックだよねこのテーブル。冷やす用の氷室ついてるって」

「しかもこの氷室温度調整だってできるもんね。えーと……最大っと」




         ギュゥゥゥゥゥゥゥゥン




「……めっちゃ凄い勢いで稼働し出した」

「これで三十分だっけ?」

「ああ、その間に今度は「アイスクリームのとこ!!!」食い気味に言うな」



 ギネヴィアは牛乳と砂糖と食用膠、それからダブルクリームと呼ばれる食材をばっちり準備していた。






「ヒルメせんぱーい! ダブルクリームと普通の牛乳ってどこが違うんですかっ!」

「ダブルクリームは何か遠心分離? ってのにかけて、牛乳に含まれる脂肪分を分離させてるらしいぜ」

「へえ、牛乳にも脂肪分があるんだ……想像つかないや」

「あるらしいぞい。でもって余分な物が抜けた状態だからかなーりコクがある。あと泡立ちやすくて、ホイップクリームを作るのに適しているんだってさー」

「今ギネヴィアが用意したのは……単にコクを出す用だな。あと別に泡立てる分も……」

「え゛っ!?」




 唖然として固まるギネヴィア。




「……ほ、ホイップクリームって、あの、シャンティクリームと同義ですよね……?」

「んー? ああ、確かに昔はシャンティクリームって言われてたけど」

「シャンティクリームを……ここで泡立てるんですか……?」

「いやいや言ったやん、ダブルクリームを使えばめっちゃ泡立つって。気合にもよるけど三十分で行けるんじゃね?」

「三十分……!?」


「因みに泡立てる道具がこれねー」

「……何じゃこれはあああああああああああ!?」




 リーシャに手渡された泡立て器を見て絶句するギネヴィア。




「……前に見てたよね、みんな」

「ああ、見てはいたが……」

「クリーム、泡立て。かしゃかしゃ」

「それにしたってこれは……」わたし泡立てりゅうううううううううううううううう!!!!!!




「あっ、おい待て!? 今材料準備するから!?」











 牛乳とダブルクリーム、砂糖と食用膠。バニラアイスに見立てたコクの深い液体を、ぷるぷるに固まったメロンソーダゼリーの上に注ぐ。



「とと……よっと」

「ファルネアちゃん上手です!」

「えへへ……」



 ファルネア、アサイア、キアラ、それから他に二人の生徒。五人分のゼリーが完成間近だ。



「さて、あとは……泡立てたホイップクリームを、絞って飾り付け!」

「先ずは泡立てる所から!」

「えーとダブルクリームと砂糖を入れて……」にゅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!




「……ん?」




 きゅおおおおおおおおおおおおーーーーーーーっ!!!











「……ギネヴィアぁ」

「何だしょ!!!」

「みんなこっち見てるんだけど……」

「ふおおおおおおおおおーーーっ!!!!」





 氷水を入れたボウル、そこに入れたダブルクリームと砂糖が入ったボウル。後者をがっしり左手で押さえて、後は空気を入れるようにしながら右手の泡立て器で掻き混ぜる。



 必要なのは根性――



 今の彼女は、まさにそれに満ち溢れていた。





「いやあ、君面白いねえ……」

「セロニムせんせぇー! そんな目で見ないでぇー!」



         「んおおおおおおおお……!!!」



「……あの回想の裏でも、このようにして掻き混ぜていたのだろうか」

「おれ……びっくり。言葉、失くした」

「ルシュドは 新しい 言い回しを 覚えた」

「リーシャン現実逃避はダメだゾ☆」






 あまりにも気合に満ち溢れていたので――



 大体十五分で角が立ちました。






「にゅおおおおおおおおーーーー!!!」

「ファルネアアアアアアーーーー!!! あなたがそれ真似しちゃだめぇーーーー!!!」

「ぜーっ、ぜーっ……!!」

「ああ、気合の入れすぎで疲労が……!」

「ボクが代わろう! うおおおおおおーーーっ!!!」

「アサイアちゃんもそうするんですかー!?」
















 そんなこんなで紆余曲折ありまして――






 二種類の液を注いで冷やして固めて、無事に出来上がり!!!








「できた……」

「ああ……」

「何か……変に疲れた……」

「わたしも疲れた……!!!」

「めっちゃ目がぎらぎらしてる……」



 結露を纏うグラスを前に、挨拶が行われるのを今か今かと待つギネヴィア。



「はーい挨拶しますよー」

「しゅばばばばばあ!」



 どよめき立つギネヴィアを制し、挨拶をする。






「ではでは皆様ご斉唱。万物の主マギアステル神と豊穣の齎贈者アングリーク神に感謝の意を込めて、我等眼前の食物を糧とせん。いただきまーす!」



      \いただきまーす!/








「ほ……ふおおお……」



 スプーンをグラスの中に入れる。ぷるんとした感覚。


 くいっと掬うと緑と白の鮮やかなゼリーが乗っかる。




「いただきまー……」



           「んみゃいぃ……」






「あーいいわあ。カフェの味って感じ!」

「しゅわしゅわ~。心が刺激される~」


「むぐ……美味いな」

「ふひー。ちょっと休憩」

「ルシュド俺にもくれよ~」

「アーサーボクにも頂戴よ~」

「ほい、ジャバウォック」

「……」

「何でキミは迷ってんの!?」




「……」

「味わうようにゆっくり食べてる……」



 そんなギネヴィアに、ほんの少し身を近付けるエリス。



「でも今回レシピ覚えたし。塔に戻ってもまた作れるよ」

「ほ、ほんとぉ……?」

「本当本当。何なら今日帰ってからでもいいよ?」

「ふ、ふええええ……」



 笑ったり叫んだりしてきた彼女だが、とうとう泣き出すまでに至った。



「何? どしたん? 辛いこと思い出した?」

「ちちち違うんですぅ……本当に……いい時代になったなあって……!!」

「時代ってウケる。急にぶっ飛んだこと言うなー!」

「ふふふ……」



 彼女の場合、本当の意味で時代を経てきたのだから困る。



「エリスちゃん……!!」

「なあに?」

「これからも、美味しい物、いっぱい作って、いっぱい食べようね……!!」

「そうだね! ギネヴィアは食べること、大好きだもんね!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る