第49話 イングレンス聖教会

 ――遥か昔、このイングレンスの地に全てが存在していなかった頃。


 偉大なる創世の女神、アヴァロンの地に舞い降りて、神羅万象を齎した――




 その名はマギアステル。秀麗で嬋媛、高峻で聡慧なる万物の主。


 主はまず理を創られた。大地を、海を、空を生み出し、世に秩序を齎した。 


 次に主は自らの身体から八の分身を創り出した。分身は各々の意思を宿し、主と共にあった。


 そして主は、理在りし世界に住まうべき生命を創り出した。これが原初の生命、人間である。




 産まれ出でし人間は主の寵愛を受けて繁栄した。創世神たる主を仕えるべき女王とし、その分身を女王に仕える騎士とした。女王に創られ、騎士よりも矮小な我等は、騎士に仕える従者である。その行いは騎士達を通じて女王に知られるものである。




 ――故に汝、各々の主君に尽くせ。




 主君は全て御覧になられている。全て拝聴なされて女王に告達なされる。女王はその下に、汝に絶対なる運命を下される。


 主君を崇め、敬い、忠誠を誓え。さすれば汝、その魂は安寧へと導かれん――








「……以上がイングレンス聖教の大体の教えになります。皆様ご理解いただけました~?」




 エリス、アーサー、カタリナ、イザーク四人は大聖堂に入り、最前列に座ってレオナから教えを聞いていた。



 眼前には今し方聞いた聖教会の教え、それを元にした壁画が描かれている。




「はい……とっても興味深いお話でした」

「あらあら、そう思ってくださったのならこちらもお話した甲斐があったものだわ~。ありがとう~」


「……おい小僧。起きろ」

「んごはっ!?」



 エリスとレオナが、互いに折り目正しく会釈をする。それの少し後に、フォーは錫杖の先でイザークを小突いた。



「……寝てねえよ!? ただ何故だか知らないけど瞼が落ちてきて、頭が重くなってきただけだからな!?」

「つまり寝てたんじゃねえか!! いいか、俺が言うのもあれだがな、レオナから直々に話を聞けるって有難いことなんだぞ!?」



「まあまあ落ち着いてフォーさん。この時期なら生徒達は学校明けで疲れているでしょう? これぐらいいいじゃないの~」

「優しすぎるぞお前は……ふん、これなら草むしりの方がまだマシだったか?」

「オレはそちらでも構わなかったが」

「余計なこと言うなよアーサー!?」



 四人はそれぞれ立ち上がり、改めて聖堂を見回す。



「ん……」

「どうしたのカタリナ?」

「えっと、あの……石像? 何だか、色んな人が集まっているなあって」




 カタリナの目に留まったのは、壁画の前に屹立している女性の石像。髪を編み込み、嫋やかな瞳で両手を広げて、そこに飛び込んでくる人々を受け入れんとしている。




 その石像はレオナと同じベールとローブを羽織っており、しかし足元には様々な人間が手を組み祈りを捧げていた。




「あれはエリザベス・ピュリア様の石像ですの~。聖教会の教えを広め、大司教と呼ばれた御方なのですのよ~」

「歴史書では聖杯時代に生きた人物となっていてな。聖杯と共に人々の心の支えとなっていたらしい。さっきお前らが聴いた話は、あの御方が説いた教えってこったな」


「確か騎士王に仕えていたとか何とか……」

「ああ、三騎士ってやつだな。一応伝承ではそうなっている。騎士王に仕えて信仰方面で人々の支持を集めた……とな」

「……」



 当の本人には、彼女のような人物が仕えていた記憶がない。真実か嘘かも確かめようもない。



「聖教会も三騎士勢力って呼ばれて、グレイスウィルの外では結構影響力を有しているな」

「外ではって、じゃあグレイスウィルではあまり強くないんですか」

「そうでしたらわたくし自ら皆様に教えを聞かせることはしませんもの~。帝国からの流れもあって、グレイスウィルには聖教会の信者がそんなにいらっしゃらないのです。そしてその信者の方々も、そこまで熱心ではないので」


「でも聖教会全体としては大司教様も崇めましょうって流れになってっから、その為に石像を置いているんだな」

「確かに、神聖な場所の割には閑散としているというか……」




 エリスが周囲を見回すと、石像に祈りを捧げている人以外にも本を読んでいる人、外を走り回っている人など様々だ。




「普段はこれぐらいしかいないが、降神祭の時は別だぜ。なんてったってここを中心として行われる祭事だからな」

「降神祭?」


「十二月の終わり頃、その時期に女神はイングレンスに舞い降りて理を創られたと言われているんです。それをお祝いしようってお祭りです~」

「冬の夜にやるのもあって厳かで寛美な祭りだ。今から楽しみにしておけ」

「そんなお祭りが……初めて知りました」

「小規模ならイングレンスのあちこちでやる祝祭だぞ。寧ろ知らないってことはないと思うが――」




 カタリナの目がどんどん見開き、汗がだらだらと流れる。



 それを見たフォーは、やってしまったという表情を浮かべながら頭を掻く。




「あ……ああ、済まなかった。この話は忘れてくれ。まあ聖教会の力が及ばない地域だったんだろう――よし、気分転換に草むしりでもするか!!」



 そう言ってイザークの服の裾を掴む。



「ちょっ!!! 何でボクなんすか!?!?」

「そんなの居眠りした罰だ!! うっし、一時間でいいな!! ここの草を片っ端から毟ってもらうぞ!!」

「うっそぉーん……!? 助けてサイリ!!!」

「……」



「何で!? 何で立ちっぱなしで手ぇ振ってんの!? 助けてよ!!! ちょっ、うげえええ……!!!」

「フォーさんったら相変わらず強情ねぇ……」




 イザークがフォーに首根っこを捕まれて連行される様子を、困っているのか嬉しいのかよくわからない表情で見送るレオナ。




「もうイザークったら……一人だけ放っておけないし、わたし達も手伝おうっか」

「あらそんな。本当なら学生さん達に手伝わせるようなことじゃないのに……」

「いえいえ、お話を聞かせてくれたお礼です。それに今日はまだまだ時間ありますし」


「それなら……お言葉に甘えさせていただきますわ~。最近は益々日が強くなるばかりで、雑に生え散らかす草達も元気いっぱいなのですわ~」

「よし。アーサー、カタリナ、行こうか」


「うん。レオナさん、ありがとうございました」

「……ああ」

「またいらしてくださいね~」




 二人は会釈をしてイザークとフォーの後を追う。



 レオナはその後ろ姿に頭を下げ、頭に被ったベールを風に揺らした。

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