第181話 幕間:宵闇を駆る
「さあそろそろ魔法が切れる頃合いだ。準備はいいかい」
「ああ、バッチリさ――」
地面を踏み締める音が、二人の間にだけ響く。
宵闇は街灯にだけ照らされ、彩る物は何もない。今宵は水の底に埋められたかのように、世界一の商業都市は静かだ。
「三……二……一……」
「――レッツゴー!!」
夜風を切って、ナイトメアを宿した主君が疾走する。
「――いたぞ! あそこだ!!」
駆け出す背後から、追い立てるように足音が聞こえる。
それは一つ、また一つと増えていく。こちらが走る足音よりも、それらの足音が聞こえてくる速度の方が、上回っている。
しかしそれは止まる理由にはならない。
(次はここを左、そのまま真っ直ぐ進んで、四つ目の曲がり角を右だ!)
(了解っ!)
体内で魔力を増幅させているナイトメアの力を借りて、シルヴァとジャネットは声を出さずに連絡を取り合う。数歩後ろを行くシルヴァは、魔法で煙幕のような物を作っては破裂させていく。
しかしその上を行くのがこの襲撃者達なのだ。
「……クッソ!! 短刀が降ってきやがる!!」
「飛び越えて行け! もう行くと決めたんだ、また逃げる時間はないぞ!」
「んじゃあ試作品だけどこいつでも――!」
懐から取り出した円錐状の物体を、ジャネットは上に向かって投げ飛ばす。
それから走って、十秒後。
「……で、さっきのでどうなるんだ!?」
「クラッカーが暴発して紙が身体を絡め取って……」
火薬の匂いが鼻腔を瞬時に満たす。
「「ぎゃーっ!!!」」
気が付くと、二人の足は今現在の限界を超えて、素早く上下に動いていた。
「……爆弾だったのかあれ!?」
「いやクラッカーだよ! でもただでさえ試作品の上僕ちゃんからも魔力を込めたから、魔力回路が破裂したっぽいね!」
「結構大きな爆発だったが、家屋の修理代馬鹿にならないんじゃないのか!?」
「でぇーじょーぶ生きてる限りはどうにでもなる!! にしても、苦情と不良品送り付けてきたメアリー孤児院のちびっ子共には、後で菓子でも送り返してやらなきゃなァ――!!」
火薬の臭いは徐々に薄れ、潮の香りが取って代わる。視界の両側を遮っていた建物は一気に消え失せ、一気に開けて進行方向の選択肢を与えてくる。
「さあ着いた! ここは何番港だったかな!? 海が見えるからどうでもいいんだけどね!?」
「案の定開けてるよね。連中からも見えるだろうし、最も危険な場所……!」
「そうだ、お前達はここで死ぬ」
埠頭を目前にした瞬間、遮るように、
またあの霧が晴れるような感覚を伴って、男が現れた。
「……っ」
「先回りさせてもらったよ。仲間が多いとこうして行き先も予測がつく」
「……確かに今回はやけに人数が多かったな。暗殺者の割には大層なことじゃないか」
「……」
「こちらも……命が懸かっているんだ……」
そうして男は、短刀を逆手に握る。
「いやあ……最後の最後でこれかあ……」
冷や汗を滲ませながら、シルヴァとジャネットは周囲を警戒する。
徐々に襲撃者が集まってきて、二人を取り囲む。
冷ややかな視線。短刀の鈍い輝き。
「――死ぬがいい」
「ぐっ……!」
今度は口向上もいらないようだ。男は再び間合いを詰める――
「……」
その乱入者には、誰もが驚かされた。
シルヴァも、ジャネットも、そして沼の者達でさえも。
それどころか、衝撃の具合はむしろ沼の者の方が勝っているだろう。
「えっ、ちょっ……何のつもり?」
「――」
乱入者は二人と襲撃者の間に入り、守るように立ち塞がる。常に背中を向けて動き、更に深くフードを被っているので、姿を認識することはできない。
「ああくそっ、妨害が激しいなあ……!!」
「……中々の手腕だな。連中の速さについていけている……」
飛んでくる暗器を弾き落とし、更には僅かに魔法具らしき物を使っている。沼の者も一定の距離を保ちながら、乱入者の出方を窺っているようだ。
そして二人も、僅かに飛んできた暗器を弾き落としながら、様子見に入っていたが――
「……マジで敵意はないんだね?」
「……」
「……ならば礼を言わせてもらう。君がいなければ、我々は」
「……」
「御託はいいからさっさと行けってか? んじゃあ次に隙ができた時にでも――」
ざあざあと鼓膜を打ち鳴らす音を立てて、波濤が押し寄せる。
整備された海岸線よりも高く波打って、水が覆い被さってくる。
「――今だ!
「おっしゃぁぁぁぁぁ!!! ドリィィィィィィ!!!!」
頂点に達した高波は、突として大きく成長し、眼下の物を喰らいにいく――
「なっ!?」
「しまっ……!!」
「……くそっ……」
波が引いていき、沼の者の視界が再び開ける頃には、
男二人の姿はない。ただ乱入者だけがそこに取り残されている。
「……君は一体……何者だ? 我等と対等に渡り合うな、ど……」
その時、潮を孕んだ突風が吹き、フードが煽られる。
「……お前は。お前は……!!」
露わになった乱入者の顔は、沼の者達に更なる動揺を与えた。
「何で、あんたが……いるんすか……」
「死んだ……数年前に死んだはずじゃ……」
「何故私達の邪魔をするの!? ねえ、どうして……!!」
次々と投げかけられる言葉に、乱入者は一切反応を返さない。
そしてそのまま、街の方に消え去ろうとするが――
「……待て」
「……お前が何故ここにいるのか、それは後で知れればいいんだ。お前が生きている、それだけで……」
「……」
「……こっちに戻ってこい。再び皆と一緒に暮らそう」
「……」
それでも地面を踏み締める――
「――あの子だ。あの子が一番お前が帰ることを心待ちにしている。お前が大切にしていた、
「……!」
最後の言葉に動揺した様子を見せたが――
声を出さずに口だけを動かした後、街の方角に姿を眩ませていった。
「……わかんねえよ。何でこっちに戻ってこねえんだよ……」
「……きっと、まだ任務の最中なのかも。あの子は律儀な性格だから……最後までやり通そうとしているんじゃないかしら」
「だったら……だったら、ますますわかんねえよ……」
「『あの子にはもう私はいらない』って……お前しか、お前じゃないと、支えてやることはできないのに……!!!」
「……」
埠頭の頭に立っていた男は数歩歩いて、また立ち止まる。そして仲間に聞こえるように話した。
「……任務は失敗だ。依頼主への報告は俺に任せてくれ。とにかく……帰るぞ」
「了解。あーあ、折角の機会だから族長の腕前を見せてやるって、若いのこんなに連れてきたのに、何の成果もありゃしないってねえ」
「……成果ならあったじゃないか。あの子は生きている。そしてこの街で、何かをしている」
「いやそれはそうなんですけどねえ……はぁ、今月もパンにはありつけねえかな。いい加減芋は飽きてきたんだけどなあ……」
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