第281話 療養の日々・後編

「……次の授業は」

「武術」

「そうか」

「……」






 アーサー、イザーク、カタリナはいつものように学園に通う。


 空席になったエリスの席を、時々寂しそうに見つめ、そして空席であるという事実を噛み締めながら。






「じゃあカタリナは……家政学だな」

「うん……じゃあね、二人共」

「また後でな」




 そうしてアーサーとイザークは外に出る。








「いやあ……いい天気だなあ」

「無理に話題を作らなくていいぞ」

「無理にだなんて……」

「天気の話をする時は大抵そうだなんだよ」

「……うっす」




「……早く行こう。ルシュドも首を長くして待っているだろう」






 演習場への道に差しかかったその時、






「……ん」

「どうした」

「誰かこっちに来る……」




 振り向くと、




「……」

「……え、何でこんな所で」

「はぁ……お前、気持ちはわかるが興奮しすぎだぞ」




 本来ならここにいないはずの身内。




 ユーリスとジョージだった。











「すみません、急に押しかけてしまって……」

「いいんですよ、心配するのは親として当たり前のことです」

「そんな……ああエリス、待ってね。お母さんがお代わり淹れてあげるからね」

「……」




 エリシアは台所に向かい、手際よくココアを淹れる。



  

 隣では魔術竈が作動しており、生地の焼ける匂いがしてきた。




「見ときなさいよぉ貴女達。あれが一流の料理ってもんよ」

「そんなことはないですよ。ちょっとコツを覚えれば、誰だってできますので」

「生地から作るタルトにちょっとのコツ……?」




                 ちーんっ




「お、焼き上がったか」

「それじゃあ少し冷まして……その間に苺のソースを作りましょう」

「!」




 立ち上がり台所に移動するエリス。




「まあエリス……手伝ってくれるの?」

「!」


「うふふ……ありがとう。貴女は本当に優しい子ね」

「君達も来るかにゃー?」




 台所からひょっこり顔を覗かせるクロ。




「じゃあ……行くか! 行かせてもらいます!」

「しかと見ときなさいよぉウェンディ~~~」

「むぎゃ~~~」


「大丈夫? 六人も入るのここ?」

「ワンワン!」

「君は……う、我慢するのにゃ……」

「ワホーン♪」

「シャァー!!」











「ほれ、ハッシュドポテトだ。僕の奢りだ感謝してよ?」

「そういうことを言うのを止めろ」


「……ありがとうございます」

「あざーす」




 食堂の椅子に座り、ほくほくと食べる。


 武術担当教師のクラヴィルに事情を話した所、折角だから話をしてこいということになり――




「何かすいませんねえ、ボクも同席しちゃって」

「いやあいいよ。アーサーの友達なんでしょ? 一緒に話しようしよう」

「サボれてよかったな」

「オマエさあ、オマエさあ、そういうとこだぞオマエさあ」






      ほくほく     




              ほくほく






「……僕数日前までグランチェスターにいたんだけどね」




 ポテトも食べ終えた所、ユーリスが切り出す。






「……出張販売ですか」

「ん、そだね。で、今回は量が多かったから、エリシアとクロにも来てもらってさ。販売も終わって帰るかーって所にグレイスウィルの魔術師がいてさ」

「それで教えてもらったと……エリスのこと」

「そういうことだねぇ」




「ああ、君のことも聞いているよ? 臨海遠征から矢先、数日前まで体調崩してたそうじゃないか」

「……」


「いいんだよ……もう終わったことだ。それに君も被害者なんだし、そこまで気に病む必要はないよ」


「でもまあ、男の見舞い禁止は流石に堪えるけどねー……」




 言葉を切って、腕を伸ばす。黒髪が若干汗に濡れていた。




「だからエリシアにだけ見舞いに行ってもらって、僕はその間に別の用事をしようかなあって」

「アーサーに顔見せることっすか?」

「そう思うかもしれないけど実はそうじゃないんだよね」

「なら何処に用事が……」




「……」




 顔の前で手を組み、そこから目を逸らして。




「……図書館」

「え?」

「いや、グレイスウィルの図書館って、世界一のデカさじゃん……折角来たんだから、行ってみたいなあって」

「……」




 そんなことで――と、思った気持ちを飲み込んで。




「……学園に行くまでの道。そこを左に――学園から行くなら右ですね。整然とした大きな建物があったでしょう」

「あ、あれ図書館なんだ。そりゃあどうも……」




 そそくさと立ち上がった。




「じゃあ、場所も教えてもらったし。話すことも話したしで、僕もう行くよ」

「……」


「もう一回言っとくけど、思い詰めるんじゃないよ。君が元気じゃないと……エリスにも関わってくるんだから」

「まあ、次会う時まで達者にやれよ。じゃあな」




 それだけを言い残して、ユーリスとジョージは食堂を去る。




 職員が昼に向けて仕込みをしている音が、淡々と聞こえてきた。











「……オマエ、色んな人に言われてるよな。思い詰めんなって」

「……」


「まあ、他人にとやかく言われても難しいとは思うぜ? でも流石にここまで来たら、そろそろ改めるべきだとボカァ思いますなぁ」

「……」


「……もしもーし? 聞いてる?」

「ああ……」




 肩を叩かれて、ようやく我に返る。




「……いや。考え事をな」

「何だよ教えろよ~。ボクとオマエの仲だろ~」

「……」




「……先程の図書館の話だ」

「んあ、別にいーじゃん。道案内してあげたんだしさ」

「だが……気付かないということが、あるのだろうか」

「ん?」




「店が入っている建物に混じって、一際大きく目立っているという施設だろあれは。それに看板とかもあるだろうし……」

「……確かに」

「そもそも学園祭の時に、一度グレイスウィルに来ているんだ。その際にすんなりと記憶できるはずだが……」

「……」




 イザークも腕を組んで考えたが――




「……仮にもオマエの保護者的な人だろ? 疑うのか?」

「……そう言われるとお終いなんだがな」

「何かこう、あれじゃないの? アーサーと話すのが目的じゃないって言ってたけどさ。いざ学園を前にすると、やっぱり話したいこととか浮かんできたんじゃねーの?」

「……そうだろうか」

「人間そんなもんだって……その時その時で気分も考えも変わるもの。そういうことにしとけ」

「……ああ、そうだな。それよりも――」




 イザークの腕を引いて、入り口に向かう。




「まだ授業時間中だ。さあ、演習場に行って訓練をしよう」

「えっ、ちょっ、ここまで来たんだからさぁ!? 最後までサボろう!?」

「駄目だ。少しの時間も勿体ないんだぞ――」











 そうして日が暮れて、時刻は午後四時ぐらい。


 家の外に出て、エリス達五人はエリシアとクロを見送っている。






「今日は本当にすみません、急にお邪魔してしまって……」

「いえいえそんな、寧ろ感謝したいのはこちらの方です。美味しいご飯を作ってくれて!」

「その上レシピまでしたためてくれて頭が上がりませんよ!」

「……」




 エリシアが書いてくれた紙束を、大事そうに見つめるエリス。




「エリス、これからは母ちゃんの味がいつでも食えるな。良かったなあ……」

「ワンワン!」


「苺もいっぱい貰っちゃったし、これで暫く食材には困らないねっ!」

「また来月になったら送りますね」

「んひー美味しい苺を沢山食べれて僕は幸せだぁ!」




 ソラが腕を伸ばす隣で、




 だんだん潤んでくる瞳と共に、エリシアを見つめるエリス。




「ふふ……大丈夫よ。エリスには支えてくる人がこんなにいるでしょう。お母さんもアヴァロンから応援してる。エリスの身体が早く元通りになりますようにって、毎日女神様にお祈りするからね」

「……」


「カヴァス、エリスのことしっかりとよろしくね? それと、アーサーにも元気でやるように伝えて頂戴な」

「ワオン!」




 エリスに抱かれている中、右前足を額に寄せるカヴァス。敬礼のつもりなのだろう。




「……そろそろ船の時間が来るにゃ。んじゃあ、お世話になったにゃ!」

「今日は本当にありがとうございました……!」






 一人と一匹も名残惜しそうに、見送られて森を去る。




 後ろ姿が見えなくなるまで、その場でじっと立っていた。








「……さて。私達も戻ろう、エリス」

「……」


「よーし、今日のご飯は……早速このレシピから拝借しよう! クリームシチューなんてどうかな!」

「……!」


「よーし、決まりね。早速料理に取りかか……ウェンディ!! 腕を捲るのをを止めなさい!!」

「何よぉ人が張り切っている所にー!!」

「ワンワン!」






 その光景にくすっと微笑んで、エリスは我先に家の中に入る。

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