第411話 魔法学園の内政干渉・前編

 夏に差しかかったある雨の日。生憎の土砂降りであっても、音は心を落ち着かせていく。


 打ち付ける雨を見ながら茶を嗜むのも、また風流というものだ。特にこの状況下においては。






「……お城もすっかり寂しくなりましたね」

「うむ……ジョンソンを始めとして、皆アルブリアの外に行ってしまった」





 ファルネア・ロイス・プランタージ・グレイスウィルと、ハインライン・ロイス・プランタージ・グレイスウィル。祖父と孫がグレイスウィルの王城で二人、茶を交えて近況を語らっている。





「レオナさま……」

「……済まないな。聖教会が決めたことには口出しできない。お前の教育係だったのに……」

「でも帰ってきてくれるって、約束してくださいましたから……平気です」

「……そうか」



 リップルとベロア、二人のナイトメアは外には出ているが、ずっと窓の近くで雨を見つめ続けている。



「どれ、今度は私の方から訊こうか。魔法学園の方は如何かな?」

「えっと……二年生になって後輩もできました。先輩の自覚を持って毎日勉学に励んでいます……」

「そう畏まらなくても……」

「うう……伝えたいことをまとめたら、こうなっちゃいました……」

「ふふ、それは仕方ないな。友達とは上手くやれているかい?」

「はい! アサイアちゃんはかっこよくて、キアラちゃんは優しくて、サネットちゃんは賢くて、メルセデスちゃんは可愛いくて、あと、アデル君は……」






 その時、部屋の扉を音を立てて開け、入ってくる人物が。






「宰相さま……?」

「陛下、取り急ぎご報告を……」

「ああ……少し待ってくれ」



 ベロアとリップルを手招きし、片付けをするように伝える。



「済まないな。私の都合に合わせてもらったのに、私の都合で帰してしまって」

「ううん、きっと王様ってそういうものですから。大丈夫です」

「……ファルネア」

「この一年間、色んな人と出会って、ファルネアは成長しましたから! 色んなことに耐えられます!」




「……おじいさまも、すぐに謝る癖をおやめになられて、堂々としてくださいね? 約束です!」




 そう言って満面の笑みを浮かべるファルネア。






「ファルネア……」



「ありがとう……」






 切迫しているこの現状、そして待ち受ける未来。



 そんな下では、大切な孫の笑顔が何よりの癒しだ。











 依然として雨は降り続けている。ざあざあという音が、しとしとという柔らかい音に代わっただけで、鬱々とした熱気は変わらぬままだ。






「……あ」

「あ……」


「メーチェ! マリウス! こんにちは!」

「こんにちはおしゃまな妖精リップル、そしてファルネア姫よ」




 地上階の噴水広場で、丁度出会った二人。



 奇遇にもベンチが近くにあったので、何となく座る。




「……旅行鞄、だよね」

「……うん。実家から、呼び出されて……」

「マイト商会……パルズミールの……あっ」


「……人手が足りないみたい。自分の子供を呼び戻して、手伝わせるぐらいには……」

「そっか……大変だね」

「うん……大変なんだろうな」



 このままでは別れを惜しんで、だらだらと話してしまう。


 そう感じたメルセデスはずばっと立ち上がった。



「アタシもう行くね……ファルネアも元気でやるんだよ」

「うん! メーチェちゃんも大変だろうけど、また会おうね!」

「絶対に帰ってくるよ……バイバイ」

「ばいばい!」



 交わった線が切り込みを入れられるように、二人は別れる。








「……」




「……ここに残った方が、寧ろ大変なまである」

「五月蠅い……」


「魔物が相手なら良い。何故なら連中は単純で、思考の予測ができるから。しかし連中が相手だと悪い。何故なら連中は強大で、思考の予測が叶わないから」

「黙れ……」


「今自分はそこから、逃げ出そうとしてるのだ。友人達を置いて――」

「そんなの、わかってるんだよ――!!!」











「え……」




「何、これ……?」











     はぁ……



     やってらんねえや!!!






「何か言いましたかなガレア殿?」

「何でもございませんよぉ!?」

「そうか。ではコーヒーを頼めるかな?」

「直ちにー!」



ガタンッ



「あ……あー!?」

「ガレア殿! この魔法具を弄っていたら、パーツが外れてしまいましたぞ!?」




 弄っていたのは白いローブの人間。食材にローブの裾がついて、ばさばさと毛羽立っていく。




「これは正しい順番で使わないといけないんですって!!」

「ならばそれを教えるがいい!」

「さっき教えたでしょう!」

「煩雑でわかりにくかったのだよ!」

「生徒はあれで理解できましたよ!!」

「貴様!! 聖教会の司祭を馬鹿にするか!!」

「コホン、私の分のコーヒーはまだかね?」

「……」






     やってらんねえや……!!!











「……アサイアちゃん」

「あ、ファルネア……」

「……これは……?」





 百合の塔の中には、見慣れない大人が大勢歩き回っていた。ある大人は生徒を嗜め、ある大人は生徒に殴られ、魔法で容赦なく反撃している。


 その大人達は全員白いローブを着用していた。女神を崇める人の絵が描かれた、真っ白いローブ。





「聖教会の人間が……沢山来たんだ……」

「どうして……?」

「生徒を襲うような教師がいるなら、魔法学園の安全に関わるとか言って……監視の目的だって……」

「でも、でも! 塔はみんなのお家です! そこまでどうして……?」





         私だってわかんないよ!!!





「……」

「……あ……」

「……アサイアちゃん……」

「ご、ごめ、私……」





         君、ちょっといいかな?








「え……あ……」

「この百合の塔は女子寮ということになっているはずだけど。どうして男が何の許可もなくいるのかな?」

「……」




 何か言う素振りを見せたが、結局抵抗することなく、


 アサイアはその場を立ち去っていった。




「やれやれ……不純異性交遊の芽も断っていかないとな……」




 そうして去っていた彼の姿を見ながら、ファルネアは震える。






「アサイアちゃん……」


「これから、ずっと会えなくなっちゃうの……?」


「わたし、そんなの……」



       あああああああああああああ!!!








「……あ……!」


「この声は……!!」











「あ……あああ……」




 大切にしていた本。例え世間から蔑まれようとも、それでも彼女にとっては宝物であった。


 妄想の拠り所。叶いもしない幻想を詰め込んだ、空想の具現化。




 それが大勢の前で、



 全て焼き尽くされていく。






「……神々が不純交遊する本等。この世に存在してはならない」

「アアアアアアアア!!!」

「取り押さえろ!!!」




 半ば狂乱に陥ったサネットが、聖教会の人間に無理矢理取り押さえられていく。




「……ざけんじゃねえよ」

「……ほう?」

「テメエという連中は――何かを愛する自由っていうのも、許してくれねえのかぁ!!!」






 ナイトメアのメリーと共に、雷を纏った拳で殴りかかるヒルメ。



 しかし、



 氷の壁に弾き飛ばされ、






「があああああああああ……!!!」






 挙句、氷の礫に打ち付けられ、全身を凍らせていく。








「いいか、よく聞け生徒共よ!!!」




 その男は、塔全体に響く大声で叫んだ。




「今見てもらった通りだ――今後我々の意に逆らう行為をしようものなら、それ相応の罰を受けてもらう!!!」


「諸君はあまりにも不純に染まり過ぎた!!! そのままではいずれ天上におわせられる女王陛下に見放されるだろう!!!」


「故に我々は、諸君を改める為にここに来た――我々が諸君を監視するのは、ひいては諸君を女王陛下の御許に導く為だ!!!」











「何とでも言えますよ……クソ野郎!!!」





 保健室の中で憤慨しているのはジュディ。彼女やゲルダを始めとした保健教師達は、舌を噛み殺しながらじっとそれを見つめていることしかできない。





「……どうして。どうしてここまで、急に……」

「ハインリヒ先生……あんな気狂いして生徒を刺すような教師がいるようじゃ、監視が必要だって……」

「それも連中が仕組んだことじゃないんですか!? 先生がそんなことするわけがありません!!」

「……」





 脱魔力症状に陥ったアザーリアを治療したのはゲルダであった。



 その時聞いた彼女の証言が、何度も反芻される――





(……償い……)



(ハインリヒ、貴方はまだ……彼のことを……)




 バタンと扉が開かれ、それにゲルダの思考が中断される。








「う、うう……」

「アレックスさん! ……彼らは!?」

「この塔の若い職員達だ……診てくれないか、頼む……」



 その後も担がれて入ってくる職員達。全員魔法による傷が酷かった。



「これ、聖教会の奴に……?」

「止めろって言ったんだ。連中は逆らうにはあまりにも強すぎる。返り討ちに遭うだけだって……!!」

「……でも、若い人達の気持ちもわからなくはないわ」



 ビアンカが追加で職員を運び込み、これで全員と口走った。



「これから酷いことになる。予感じゃないわ、決まりきった未来……」

「国は? 国の方から何か言えないんですか?」

「襲来は突然のことだったが……今大急ぎで声明を考えてくれてるだろうさ。だが……人が少なすぎる……」

「……クソがぁ!! 何で学園長はログレスに……いや、何でアラクネなんかが……!!」











 翌日。



 雨は上がって清々しいぐらいの晴れ模様。



 しかしその下を歩く生徒達の面持ちは、鬱々しいぐらいに暗闇の中。






「はぁ……」

「珍しいなノーラ。お前が溜息つくなんて」

「だって……昨日の件、知らないなんて言わせませんよパーシー」

「……ああ、ヒルメか。あいつなぁ……本当に……」

「災難以外の何物でもないですよ。全治数ヶ月……無事でいてほしいです……」


「しかも保健室じゃなくって、聖教会の診療所に送られたって話だろ? 全く何考えてるんだか……」

「カルもそうです……課外活動にすら来なくなってしまいました……」

「聖教会の人間に足止め喰らってるって手紙にあったな……くそ……」




「……」




 校舎への道を差しかかった所で、踵を返すパーシー。




「どうしたんですか」

「……ちょっと落ち込んだから、気分転換」

「ああ……パンジャンドラムですか。いいですね、私もお供しますよ」











 爆炎が舞った。




 演習場を覆い尽くさんばかりの勢いで、轟音を供にして。






「なっ……」




「何だこれ……」






 黒く変色した地面に、鉄の破片が転がる。



 自分が造り上げてきたそれ、無残に鉄片と還ったそれを見て、崩れ落ちていく。








 そこに人間が――




 花園を模した紋章が刻まれた、ローブを着た人間が――








「ああ、もしかして、コレ管理していた生徒さん?」



「ええと、取り敢えず一つだけ言っておきましょうかね――すぅ――」






ヒィーーーーーーーハーーーーーーアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!





パンジャンなんてクソダサザコ兵器だよなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!





やっぱり帝国技術の最高峰、魔術戦車センチュリオンだよなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!

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