第72話 ふたりの建国祭

「わぁ、このお菓子……お菓子? すごくふわふわです……」

「お目が高いねえ。こいつは綿飴っつって、砂糖を回しながらあっためて……あ」



「……」

「あ、アーサーの顔に糸が……!?」

「やばい、魔法具が壊れた!? 兄ちゃん! 今言った通りこれは砂糖だ! 口の周りはべろーって舐めてくれ!」

「でもそれ以外の所はべとべとのままのような……!?」





     ――美味しいものを食べたり。





「……くそっ」

「惜しかったね兄ちゃん。でもある程度コツは掴めてきただろ? 次は行ける! 行けると思うからもういっぺんどう!?」

「……やるぞ」

「はぁ、これで十回目……銅貨一枚分になっちゃった」



「……できたぞ……!」

「うおっ!? まさか本当にやるとは……!?」

「それで、景品は何だ」

「え? 景品はこの水風船だよ? 今釣り上げたやつ」



「……」

「ま、まあ……こういうこともあるよ? 元気出そう?」





      ――羽目を外して遊んでみたり。





「よっと! あれ、外した」

「ぐぅ……難しいな」

「はっはっは、一筋縄ではいかないだろ、魔法球当て。後ろに控えているからもう一回並び直してくれよー」



「……どうすれば上手く当てられるかなあ?」

「さっきは下の方に逸れていったな。ならば敢えて上を狙ってみるのはどうだ」

「いいねえそれ採用……あれ? 鉄貨もうなくなっちゃった?」

「ならオレが出すぞ……」



「ありがとう。それにしても……他に並んでいる子、小さい子しかいないね。わたし達、もしかして……大人気ない……?」

「……恥ずかしいと思うならさっさと勝つぞ」

「それもそっか!」





     そうこう散策しているうちに数時間経ち――





「……あ、ちょっと待って」

「どうした」

「あのお店が気になって……行っていい?」

「構わない」



 エリスとアーサーは屋台に向かう。空いている方の手には、苺飴とフランクフルトの串がそれぞれ握られている。



「わぁ……すごくかわいい……店員さんはいないのかな?」




「……おお! いらっしゃいお嬢ちゃん! いい品物だろう?」

「ひゃっ!?」



 エリスの死角、屋台の背後から髭を蓄えたドワーフが顔を出す。



 種族の特徴通り背が小さかったが、屋台に取り付けてあった階段を上り、忽ちエリスと同じ目線になる。



「硝子細工か」

「そうでぇそうでぇ! おれぁ手先が器用何で、土を焼いて硝子にして、アクセサリィを作ってんのさ。もっとも繊細で大きさも然程大きくねえから、触媒には向かないがなっと!」

「ほう……」



 アーサーも物珍しいのか商品を眺める。透き通って繊細な細工の数々が、整然と並べられていた。目の前にいる髭もじゃの男性がこんな商品を作ったのかと思うと、いささか不思議な感じがする。



「でもって嬢ちゃん方……すっげぇお似合いだな!? さてはカップルだな、こんちくしょーめっ!」

「え、いやその……」

「そんなお似合いカップルには特別サービスだ! 好きな形を言いなっ!」



「……形?」

「四角形とか三角形とかあるだろ! それだ!」

「えっと……じゃあ四つ葉のクローバーとかってできますか?」

「あのハートっぽい奴が四つついてるやつだな! 任せときぃ!」




 店主は隣に描かれてある魔法陣に飛び乗る。カップルと呼ばれたことはこの際気にしないことにしたエリスであった。




「ふんじゃらほんじゃらーむにむにむにー!」



 店主は魔法陣の中央に山盛りの土を置き、何やら詠唱を始める。


 すると光の糸が現れ土の山を包んでいく。



「わぁ……!」

「……錬金術ってやつか」

「そうでぇ! 今のは土にあんなことをして、硝子に変えたんでぇ! そしてここからが本番でぇ!」



 店主は硝子の破片となった土の山に手をかざす。



「むにゃむにゃむにゃー!」



 そうして魔力を与えてやると、



「……これは」

「はぁ、すごいです……」



 硝子の破片はどんどん一つに結集していき、最終的には四つ葉のクローバーの形になった。





「あとはこれを塗って……」



 店主はすっかり慣れた手付きで、緑色の塗料で硝子を塗っていき、そして。



「……よっと!」



 半分に割った。





「……え?」

「……は?」



 突拍子もない行為に、エリスもアーサーも戸惑いの声を出す。



「あとはこれに紐を通して完成っと……ほれ、見てみろ!」




 店主は真っ二つに割れたクローバーの硝子に穴を開け、ビーズが縫われた紐を通す。



 そして硝子を嵌めたり外したりしてみせる。




「ただ割ったわけじゃねえんだぜぇ。こいつは同じ硝子の片割れじゃないとぴったり嵌らねえんだ。そしてそれを持てるのは、同じ愛し合った二人だけ……なーんつって、結構カップルなんかに流行っているペンダントだ!」



 アーサーは依然として理解が及ばないような表情だが、エリスは目をきらきらさせている。





「これ……いいんですか? お代とかは……」

「だから特別サービスってんだ! タダでくれてやるぜこのやろー!」



 店主は勢い任せに叫び、ペンダントを丁寧に小袋に包んで渡した。



「……それじゃあ、お言葉に甘えまして。でも流石に申し訳ないので気持ちとしてこれだけ……」



 銅貨を二枚会計口に置くエリス。チップというやつだ。



「へへっ、んじゃあこれだけ貰っていくぜぃ! ありがとなっ!」

「いえっ、こちらこそありがとうございましたっ! さて行こう!」

「ああ……」



 エリスは店主と軽快な挨拶を交わし、アーサーと一緒に屋台を後にする。







「えへへ……こういうの、なんて言うんだっけ? 棚からりんごパイ?」

「……本棚からヴォンド鉄貨」

「全然違った。まあどっちにしても、得したことには変わりないよね」



 二人は最初に座ったベンチまで戻り、貰ってきたペンダントの袋を開ける。



「アーサー、どっちがいい? どっちでも変わりないけど」

「……残った方だ」

「ふふっ。じゃあわたしはこっち」



 エリスはアーサーに片方のペンダントを渡し、手元に残った方を首からかける。



「わぁ、すっごい可愛い。こんなお洒落なアイテムあったら、コーディネートの幅が広がるなぁ……ねえアーサー?」




 アーサーの方に視線を向けると、彼もまたペンダントを首からかけていた。




「……ふふっ。お揃いだね、アーサー」

「お揃い?」

「一緒とか同じとか、そういうこと。それで、ちょっとだけ嬉しくなることだよ」



「……形は違うが」

「でも元は同じガラスだったでしょ。くっつければ同じになるんだから、お揃いだよっ」

「……」




 二人は座ったまま広場の人波を眺めている。時間は正午を過ぎ、先程よりも若干人が少なくなったように感じた。



 屋台が多数立ち並んだ、文字通り祭りのように楽しい建国祭も、そろそろ終わってしまうのだろう――






「今日は楽しかったね、アーサー」



 エリスがアーサーに話しかける。



「……そうだな。楽しかったな」



 彼はそれに、笑顔を添えて言葉を返したのだった。

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