第73話 それぞれの建国祭

「店員よ、このチョコバナナを三本くれ」

「はーい。お代は三百ヴォンドでーす」

「……おっと、銅貨が一枚もないぞ。それならば銀貨だな」

「ありがとうございまーす。お釣りと商品になりまーす」





 イリーナはチョコバナナを受け取ると、後ろで待っている三人の少女に手渡すのだった。



「本当にすみません、イリーナさん……今日だけで色々奢ってもらっちゃいました」

「……フン」

「ありがとうございます」

「気にするな。今日は折角の祭りなのだ、名いっぱい楽しまなければな」



 リーシャはすぐにチョコバナナに食らい付く。その隣ではカタリナもチョコバナナを齧り、サラは不満そうな表情で立ち尽くしている。



「……感謝はするけどね。ワタシは今日寮にいたかったの。五月蠅い城下町に出たくなんてなかったの。それをアナタは……」

「だって、お祭りだよ……? 楽しもうよ……?」

「それでカタリナとサラが二人でいた所を、リーシャが発見。この子に連れられて私と合流するに至ったわけだな」



 イリーナは財布に小銭を入れ終え、三人の隣に立つ。





「それにしても、今日だけで軽く三千ヴォンドは奢ってもらったわよ。何者なのこの人は」

「あーイリーナさん? イリーナさんはね、イズエルトの王女様で……」

「お、おいリーシャ! やめろ!」



 慌てて止めるが時既に遅し。サラは怪訝な目で、カタリナは目を丸くしてイリーナを見つめている。



「あ、すみません。チョコバナナ美味しすぎて、つい言っちゃいました」

「……はぁ。まあいい、バレてしまっては仕方ない。私はレインズグラス家の血を引く、イズエルト王国の第一王女なのだよ」



 イリーナは態度を一転させ、腰に手を当て胸を張る。



「……どうして王女サマが他国の城下町をうろついているわけ」

「私はどうも絢爛な貴族の世界は肌に合わなくてな。こうして民達と同じ目線で街を歩いている方が心地良いんだ」

「あと王都にいることは滅多になくて、修行の旅に出て各地を転々としているんだよ。この間も旅先でゾンビをいっぱい倒したんですよね」

「ああその話は……城下町を歩きながら追々していこう」




 カタリナは話の間、チョコバナナを片手に呆然とイリーナを見つめていたのだった。




「……そうね。人々と同じ目線に立って物事を考えようとする為政者なんて、そんなに珍しいことではないわ。寧ろ気になるのは――」



 サラはそう言った後、リーシャの顔を覗き込む。



「アナタの方ね。王女サマと結構親しいようだけど、どんな関係?」

「え、えーっとぉ……」



 急に疑念の目を向けられ戸惑うリーシャ。



 そんな彼女を見て、イリーナは右手を握り、左手の手の平にぽんと置く。何か閃いたようだった。



「……よし。十二月、降神祭の前だ」

「え、何がですか」

「リーシャ、十二月に入ったらアルーインの街に友達を連れてくるといい」


「……何で急に?」

「君の事情に関しては、実際に目で見てもらった方が良い。少なくとも私はそう考えているぞ」

「まあ、確かにそうかもしれませんけど……でもそれって、お金……」


「だから十二月だ。この時期になったら私は一度アルーインに戻る。そして町の者に伝えて、私から金を出すように伝えておこう」

「す……凄い、太っ腹……」

「はっはっは、リーシャの為ならこれぐらいどうと言うことはない」



 イリーナは誇るように高笑いをしてみせた。






「いやあルシュド、今回は実に災難だったね!?」

「うん……」


「学園の方から知らせが来るや否や、こいつ顔真っ青にして飛び出してな――俺も気が気でなくて来てみたら、何だかお祭りムードで少しばかり理解が追い付かないんだが」

「建国祭。とにかく……凄い」

「そうかー、凄いお祭りかあー」




 ルシュド、ルカ、竜賢者の三人は、第二階層の広場の一角で休憩をしていた。



 地上階程ではないが、ここにもたくさんの屋台が出並び、芸術家や大道芸人で賑わっている。天井がある影響か、地上階よりも音が反響して騒がしくなっている。




「まあガラティアからグレイスウィルまでは距離があるからな。情報に時間差が発生しても仕方ない」

「でも見た感じはもう治ってそうで良かった!」

「……」


「それにお祭りを楽しめるなら結果オーライだよ……ってどうした? 何か気になることでもあるか?」

「あ……」



 ルシュドが茫然と見つめていた先は路地裏。人しか通れない道だけが広がっている。



「あっちに、友達、いた……気持ち、する」

「そうなの? じゃあちょっと行ってきなよ。あたし達ここで待ってるからさ」

「うん、ありがと」






「うふふ。相変わらず元気そうでよかった」

「オマエもな」



 人目のつかない路地裏で、誰かと話しているイザーク。



「どう? 学園生活は順調に行ってる?」

「んー、そうだなあ……を、精一杯満喫しているよ。これが楽しくないわけないだろ?」



 そのままイカ焼きを頬張る。塀の上に座り、足を組んで渋い表情をしながら、整備された小川の水流に視線は向けていた。



「んでは? 何か言ってた?」

「……いいえ、特に何も。アタシから訊いてみたことが一回あったけど、それに対しても……」

「だろうねえ。知ってたよ。アイツにとってボクは――」




 イザークが何か言いかけた瞬間、


 自分達が入ってきた方向から誰かがやってきた。




「お、おおお。こんにちは、イザーク」

「んあ? ルシュドじゃねーか」



「……お友達?」

「そうだよ。じゃあ友達も来たことだし、ボクはこれでってことで」

「うん……さようなら。また会う日までね」





 イザークと話していた人物――金髪に赤いロングドレス、濃い化粧に巨大な星のピアスを着けた、やけに野太い声の女性は、ルシュドが来た方向とは反対の道に向かって行った。





「……んで? 何の用だいルシュド?」



 イザークは女性を見送った後、ルシュドの方に振り向く。


 いつものような明るく無鉄砲な声だった。会った時にちらっと聞こえた、静かな声色ではない。



「あ……えーと、おれ、おまえ、見えた。気になった……だから、追いかけた」

「そうかそうか。んじゃああれだな。ボクと一緒に祭りを巡ろうぜ」


「えっと……おれ、姉ちゃん、賢者様、一緒」

「姉ちゃん? オマエ姉ちゃんいんのか?」

「ああ……」

「じゃあボクに紹介してよ。これも何かの縁だ!」

「……わかった。きっと、姉ちゃん、喜ぶ」



 ルシュドはイザークを連れて路地裏から出る。



「……」

「……どした?」

「えっと……」

「……」




「……姉ちゃん、竜族。おれも、竜族」

「……そうなの?」

「角、爪、鱗、牙、何もない。でも……竜族」

「……」




「そっかあ」




 人生を懸けるような決意をしても、それを表明された相手は風のように受け流す。よくあることだ。




「……怒らない? 怖がらない?」

「別に。ボクはそんなの気にしねえし」

「……ありがとう」


「あれだろ。ボクがいきなり会っちゃうとびっくりするから、先に教えてくれたんだろ。いいヤツじゃん、オマエ」

「……えへへ」






「……おや! 誰かと思ったらアザーリア様ではありませんか!」

「あら、わたくしのことをご存じで?」

「いやいや、リアン様にはいつもお世話になっておりますもので! それでいくつ食べます?」

「これで買える分だけお願いしますわ!」



 アザーリアは会計口に一枚の金貨を置く。



「どっひゃ~! 相変わらずの大食いお嬢様だ! わかりました、ひとくちコロッケ百個、大急ぎで揚げます!」



 店主はコロッケを次々と油の中に放り込んでいくのだった。





「アザーリア……絶対にヴォンド金貨の使い方間違ってるよね……」



 そこにリリアンが眉を顰めながら近付いてくる。後ろにはロシェも一緒だった。



「あら、わたくしは金貨を使って等価交換をいたしましたわ! ひとくちコロッケ百個と! 金貨で敵を殴るとか、そのような間違った使い方はしていないと思いますの~!」

「いやそうじゃない。敢えて突っ込むような真似はしないがそうじゃない」

「まあ、コロッケが揚げ上がったみたいですわ! 持つの手伝ってくださいます?」



 そうしてアザーリアは、リリアンとロシェにコロッケが五個ずつ入った容器を無理くり渡していく。



 結局本人が持っている容器は一つだけである。そんな光景を見てしまうと、自分達が荷物持ちにされているという事実を実感してしまうものだ。



「見た目は美人、頭も良い。なのに食に関するとどうして……」

「人間なんてこんなもんだろ。どっかが良ければ必ずどっかに欠点がある」

「まるで大食いが欠点みたいな言い方よそう???」

「実際俺達は今こうして迷惑被ってるじゃねーかっ」

「まあそれはそう」



 リリアンは手いっぱいにコロッケを抱えながら周囲を見回す。



「……あ、ヴィクトール君とハンス君だ」

「マジか!?」



 ロシェもぐるぐると見回すと、確かに中央広場の方から二人が歩いてくるのが目に入った。



「おーい、ヴィクトール! お前らもこれ持つの手伝え……」





 しかし二人は、ロシェの叫びに耳も貸さず通りすぎていった。





「……はぁ!? 無視とかマジかよあいつら!?」

「うーん……あの二人、急いでいたようだったね。何かあったのかな?」

「そういえば、ヴィクトール君の姓は確かフェルグスでしたわ。それとハンス君の姓はメティアですし」



 アザーリアはコロッケを次々と口に放り込みながら近付いてくる。



「あー、ケルヴィンの大賢者家系の一つだっけ、フェルグスって。それにメティアっていうと、ウィーエルでそこそこ権力持ってる所か」

「それが何だよ?」

「あの二人は恐らく社交上の付き合いに向かったのだと思いますわ。それなら急いでも仕方ありませんことよ!」

「……うん! 俺には貴族の付き合いなんて意味わかんねーから、戻ってきたら訊こう!」



 ロシェはしれっとした態度で、入れ物に入っていたコロッケを一つつまむ。



「まあ!! わたくしのひとくちコロッケが九十九個になってしまいましたわ!! 弁償してくださる!?」

「いいじゃねーか一個ぐらいよー!」

「許しませんわー!! 折角綺麗な数字で揃えましたのにー!! 行きますわよ、ルサールカぁぁぁー!!」

「グレッザ、お前もどうにかしろぉぉぉ!!」



 ロシェは入れ物を抱えたまま逃走を図り、アザーリアが負けじと追いかける。




 アザーリアの纏っていた透明なベールが光り輝き、彼女の背中を押していく。


 一方でロシェの尻尾から出てきた鼠が、彼の走った跡に棘をばら撒いていくが、アザーリアはそれを難無く飛び越えていた。ナイトメアも駆使すると追いかけっこも騒々しくなる。




「やれやれ。彼らといると本当に賑やかだね」

「ふぉんとうにね。ふぁ、ふぁっしゅにもあげる。はふはふ」

「こりゃどうも」



 リリアンもコロッケをつまみ、時折アッシュに与えながら、その後ろ姿を見送っていた。

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