第309話 姉の話
<魔法学園対抗戦・魔術戦
二日目 午後三時 女子天幕区>
「いやー、今日は思わず熱くなってしまった」
「魔術戦初戦! エレナージュとリネスとパルズミール! 凄い迫力だったよね」
「初戦からエレナージュの七年生が出陣とは……もうこれだけでも今回来た意味あるわ私」
「確かマッチングってくじ引きとかで決められるんだっけ?」
「そうそう。その上で更にタイムテーブルをシャッフル。近い学年が連続しないように配慮はされてるらしい」
「僕らの時は順番殆ど決まってるようなもんだったけど」
「それだとつまんないって駄々をこねられたらしいな、詳しくは知らんが」
ローザとソラは購買部で買ったコーヒーをちびちびしながら、焚き火の前で会話を弾ませている。
そこに。
「……!」
「おおー、エリスにウェンディ。力仕事任せて悪いな」
「エリスちゃんから誘ってきたんだー。皆の役に立ちたいって!」
「へっへっへ殊勝な心構えだぁ」
「でも気をつけてね? そんに薪を抱えちゃ――」
「――!! エリスちゃん、足元!!」
ソラの呼びかけに反応する前に、
「……!」
足元の石に躓き、転んでしまう。
「大丈夫!?」
「言っても擦り剥いた程度だろ。ちょちょいと薬草塗ってやれば平気平気……」
「……」
「……エリス?」
目が見開き、焦点が定まらない。いたい
何かがやってくるような感覚。いたいいたい
頭を抱え、掻き毟ろうとも、それは消えない。いたいいたいいたい
「……!!」
彼方にあるのはあの城。いたい、いたい、いたい、いたい
「!!!」
震えが収まらないいたいいたいいたいいたいいたい
いたいいたいたいたいたいたいたいたい周囲の声も気に留めず、頭を抱えて縮こまる。
いたい身体の中からいたい沸き立ついたい本能的ないたい恐怖――いたい
「……ソラ、ウェンディ、頼むわ。天幕に薬がある」
「「了解!」」
膝や肘を見ると、確かに擦り剥いた跡がついている。しかしそれ以外に、目立った傷は見当たらない。
エリスの様子を見ながらローザは考える。
(……今までも軽い怪我はしてきた。血も抜いてきた。なのに、何でここで……?)
<午後六時 女子天幕区>
「失礼しまー! ……ってあれ?」
「あら、折角来てくれたのにごめんね。エリスちゃん、今横になってるの」
「……」
「ん、お友達が来たの。確か、リーシャちゃんにカタリナちゃんだっけ」
「そうですそうです、リーシャとカタリナですっ!」
「……」
エリスは微かに目を開け、ホワイトボードをじっと見つめる。だが今は、文字を書く気力も失せているようだ。
レベッカはカタリナとリーシャのを見ると、首を横に振り、またエリスの手首に視線を落とす。
「発作……でも、安静にしなくちゃいけないのって……」
「うん、結構初期の方に見られてた症状……何でか再発しちゃった」
「えっと……」
「手に持ってるの、差し入れだよね? そこに置いておいてよ」
「じゃあ、失礼します……」
リーシャとカタリナは天幕の中に入り、お菓子やパンを置いていく。
「今私しかいなくってさ……ソラがいればお茶ぐらいは用意できたと思うんだけど。ごめんね」
「そんな、気を遣わなくても……」
「エリスの顔が見れたから、それで十分ですよ」
リーシャとカタリナは手を振りながら、エリスの顔が見える位置に移動する。
「やっほー。今日はね、訓練してきたんだ」
「……」
「凄かったよ演習場。魔法具がいっぱいあってさ、それで属性領域を展開するの。好きな属性に設定して訓練できるんだよー」
「でもその分、管理が厳しいみたいで……早速壊してる生徒、何人かいたよ。あはは……」
「……」
一向にエリスの顔は浮かばないまま、二人を見つめ続ける。
「……私もカタリナも、今回勝つつもりでいるから。エリスの分まで頑張ろうって、皆で約束したの」
「だからエリスは、あたし達を応援してほしいな。ほら、エリスって応援も一生懸命でしょ。エリスに応援されたら元気が出るに決まってるよ」
優しく微笑む二人の姿を見て、ようやく顔から緊張が解けていく。
「そうそう、エリスは笑ってる方が似合うよ! 可愛いもん!」
「……!」
「えへへー、照れちゃってー!」
「じゃあ……あたし達はこれでいいかな?」
「あー、その前に待って」
レベッカは引き留め、そしてエリスの使っているホワイトボードを引き寄せ文字を書く。
『エリスちゃんがここに来て重度の発作が起こったの 理由があると思うんだ』
『心当たりとかないかな もしかしたらトラウマかもしれないから 聞こえると不味いから こうして文字で尋ねてるんだけど』
「「……」」
天幕から出ない程度に身体を反転させ、ひそひそ声で話す二人。
「……あのこと言った方がいいかなあ」
「それって……」
「ティンタジェル遺跡……ほら、武術戦の」
「あー……」
「野営とか大人数とかが影響してるのかもしれないけど……普段と一番異なる点は、あの遺跡だと思うんだ」
「そうだね……一応、言ってみようか」
再び元に戻り、ホワイトボードを受け取って文字を書く。
『武術戦の時ティンタジェル遺跡に行って そこで熱出して倒れました』
『もしかしたらあの遺跡が原因かもしれません 詳細は分かりませんけど』
返ってきた返答を受けて、レベッカは首を捻る。
どんな風に言葉を返すか悩んでいる所に、
「よう。何か手狭になってると思ったら、客が来てんのか」
ローザとソラが戻ってきた。
「あら、お帰りなさい。ウェンディはまだなの?」
「騎士の打ち合わせが長引いてるっぽいな。今回はお偉方いーっぱい来てるんだから、仕方ないかもなあ……」
「ロザリンも昨日は大変だったもんねえ」
「主に眠気がな……ったく、私は別任務に着いてるんだから、そんぐらい見逃してくれたっていいじゃねえかよ……」
「でも女王陛下にはご挨拶に行ったよね」
「あれは長年培ってきた信頼関係ってものだよ」
そしてローザの視線はリーシャとカタリナに向けられる。
「見舞いか?」
「そうです。購買部でお菓子とか買ってきて、それを持ってきました」
「そして今から帰る所です」
「そうかそうか。それなら、私らにちょいと付き合わねえか」
「「……え?」」
「風呂だよ風呂。今から入っぞ、夕日を背にな」
対抗戦における入浴は、専用の浴場が展開され、そこで行うことになっている。
一昔前は活動班で沐浴形式だったが、数ある貴族達の反発に合い現在の形に落ち着いたそう。最近は双方が選べる形式になりつつあり、男子の方では使い分ける生徒が多数。
一方で女子の方は、見られることへの羞恥心が大きいからか、沐浴を選ぶ生徒は滅多にいない。
「ほらお前らー!! 独占だぞ独占ー!!」
「ロザリン、ここ壁薄いから! 叫ぶと響く!」
「風呂なんぞ叫んでなんぼじゃー!!」
汚い高笑いをするローザと対照的に、カタリナとリーシャは露わになった、彼女の肩を見つめている。
「「……」」
「ん? 肩か? 肩が気になんのかおん? ネムリン説明だ!」
「ネムネムネムネム」
「へえ、奈落の刻印……これが」
「リーシャは知ってるのか?」
「何人か見たことあります」
「そうかそうか。カタリナは?」
「……そういう事情があるんだなあって」
「納得してくれて感謝」
「よし! 疑問も解消されたことだし、風呂に入ろうぜ!!」
エリス達は午後六時ぐらいに風呂に入るように指示されており、多くの生徒が詰めかける前に入浴できるように配慮されていた。
ウェンディはまだ戻っておらず、レベッカは診療の準備。残ったローザとソラ、誘われたリーシャとカタリナと共に入浴することになった。とはいえ早急に帰ってくるようにとレベッカから釘を刺されている。
「いや~すんませんの~私達も一緒に入らせてもらって~!」
「なあにこれも何かの縁ってやつよ!!」
「エリス、準備はできた?」
「……」
カタリナに対して頷く。タオルで身体を隠しながら、いそいそと移動する。
「あれ? さっきまではカヴァス一緒じゃなかったっけ?」
「カヴァスなら脱衣所の外で待ってるよ。ナイトメアって言っても基本は犬なんだね、水が苦手みたいだ」
「まあそんなことは我々には関係ないんだけどもな!!!」
ズバーンと浴場の扉を開くローザ。
当然強制露天風呂。彼方の風景まですっきり見通せる。
隔てている岩や木や生垣は、特別な魔術で生成したもの。これ自体がカモフラージュの結界であり、周囲からは完全に遮断されている。
「うっへっへーい私一番乗りー!!」
「まーず身体洗ってからだよ!!」
「ぎゃあ!! そうだった!!」
「エリス、良かったら背中流してあげようか」
「……」 こくこく
「そうだそうだ! 折角なんだから友達との一時を味わえ!!」
「ロザリン、ひっさしぶりの露天風呂だからってテンション上がり過ぎだよ! 大人でしょ!!」
「風呂にガキも大人も関係あるかぁ!!」
「じゃあ私が頭を洗って……」
「あたしが身体を洗うね」
岩で囲まれた自然を思わせる湯舟。この中央には巨大な石が置かれているが、これは特注の魔力結晶。疲労回復、精神安定、血行促進などなど様々な効能が込められた魔力が染み出すことで、生徒達の試合や課題の疲れをあっという間に癒していく。
洗面所は普通の銭湯と変わりなく、鏡に椅子に桶が用意されている。お飾りの小さい滝が流れているのも変わらない。
「じゃあ……頭洗うね?」
「ちょいと待ったあ!」
「えっ!?」
「頭洗うならこれ使いなよ! 僕も愛用している頭髪料さ!」
鋏と櫛が描かれた瓶を、どんと置くソラ。
「自然由来十割!! 身体に優しいことこの上ない!!」
「ん、ハーブの香り……ほんのりミルクの香りも……」
瓶から少量を取り出し、エリスの頭で泡立てる。
「……」
「どう? 気持ちいいかな?」
「~……」
「くすぐったいんでしょ~こらこら~こしょこしょ~!」
「~!」
わしゃわしゃ
わしゃわしゃ
「そうだエリス、何かあったらそこの鏡使え。普段と同じようにな」
「……」
早速曇った鏡に指を当てる。
『リーシャって 慣れてるの こういうこと』
「んー、そうだな……確かに孤児院にいた時は、小さい子の背中流してたりしてたなー」
「……」
「こうやってくすぐったりとかね!」
「~!」
その後ろでローザが身体を洗い終え、一足先に入浴。
「はぁ~あったまるぅ~」
「そういえば先輩の姿を「何のことか知らねえなあ私は!!!」
「まだ何も言ってないよー!?」
「にやついてる時点で確信犯だボケがぁ!!!」
「……何の話だろう?」
「……」
髪を洗い終えた後、再び鏡が曇るのを待って、指を動かす。
『ローザさん アルシェスさんと いい感じ』
「んっへえマジっすか!?」
『ほんと』
「ローザさーん!!! 新鮮な恋バナの匂いを貴女から感じるんですけどー!!!」
リーシャがタオル片手に去っていき、エリスとカタリナが残される。
「えっと……じゃあ、あたしがお背中流させていただきます」
<エリスゥゥゥ!!!
てめえ何で
バラしやがったあああああ!!!
『よろしくね』
<もー逃げられませんよー!!!
エリスだけじゃなくって
私にも話してくださいー!!!
石鹸を右手に、身体を洗う長タオルに擦り付ける。
水をいい感じに含んで、程良く泡立つ。
その泡で優しく、丁寧に擦っていく。
「……」
「大丈夫かな? 染みない?」
「……」 ふるふる
「そっか。でも辛くなったら言ってね」
「……」 こくり
時々確認をしながら、全身を泡で包んでいく。
<えーっ!!!
アルシェスさんが
自家製ボンボンショコラを祭日に!?!?
<食ってない!!!
何入ってるか
わかったもんじゃない!!!
<うっそだぁ~
貰い物には容赦なく食い付く
ロザリンがぁ~?
「……」
「ん、鏡に書くんだね。いいよ」
「……」
『カタリナ 嬉しそう』
「……え?」
『口元上がってる にっこりしてる』
「……そうかな。ううん、そうかも」
再び椅子に座り、今度はぱしゃぱしゃ湯をかけていく。
<私断言します!!!
それ絶対に脈アリです!!!
<るっせ黙れ!!!
黙れつってんだよ!!!
<ロザリンったら本当に照れるの雑だよね~
「あたし、姉さんがいるんだ」
微笑みながら、しかしどこか寂しそうな声。
「……?」
「姉さんはとっても優しくて……強い人だった。こうして一緒にお風呂に入って、背中を流してもらってたこともある」
「……」
「だから……嬉しいっていうのは、本当だと思う。姉さんになったみたいで。昔を思い出して……」
何て言葉をかけるか、少し悩んでから。
「……」
『わたしもね お姉ちゃんにお背中流してもらったことあるの』
「エリスにも……?」
『顔も名前も思い出せない でもお姉ちゃんみたいな人 それだけ覚えてる』
「そっか……何だか、不思議な人なんだね」
「……でも、やっぱりいいよね。甘えられる年上の人って……」
ここで身体の泡を全て流し終えた。
「さっ、これでお終い。湯船に浸かろう」
「……」 こくり
立ち上がり歩き出そうとするが、
足がつるんと滑る。
「……!」
「危ないっ!」
「……」
「ふぅ……よかった」
カタリナがすぐに抱き締め、事無きを得た。
「……」
「エリス……」
僅かな間だけ、怯えたような表情をしていたが、すぐに気を取り直した。
「……大丈夫そう?」
「……」 こっくん
「よし、じゃあ今度こそ。足元に気を付けて、湯船に浸かろうね」
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