第157話 仕立て屋と誕生日

「ああ~……つっかれたぁ~!」




 試験最終日、全ての日程を終えて離れに戻ってきたエリスとアーサー。エリスはリビングに入るとすぐに鞄を放り投げ、ソファーに横たわる。




「終わったな……あとは試験結果を待って、それで四月になると進級か」

「そうだよ~。色々あったけど、わたし達二年生になるんだよ~」

「ワンワン!」

「……」



 アーサーは紅茶とココアを淹れてから、それを持ってソファーに座った。



「この一年で色々あったね……たとえば、アーサーが飲み物を淹れるのが上手になったとか」

「……何だそれは」

「セイロンに目覚めてがぶがぶ飲んでるとか……」

「……」


「何その反応ー。でもね、大切なことだよこれはー。だって美味しい物が食べられるって、幸せなことだもん」

「……そうか」



 この夜も変わらず、魔法光球の光が二人を温かく包む。しかしすり減ってきたようで、少し光は弱まっている。



「……明日は休日だな。どうする」

「ん~……天気はどうだっけ?」

「晴れだと聞いた」

「じゃあ地上階を散歩しようよっ。高級店に入らなくても、店先で空気を吸うだけなら咎められないよ」

「……そうだな。お前が言うならそれでいいぞ」

「ワン!」






 厳しい冬を乗り越え、遂に春の兆しが見え出した三月。麗らかな春暖の空に心躍らせ、若芽が萌える大地を行く。再び色付く世界を見聞しに、イングレンスの生命は旅の準備を始めるのだ。




「はぁ……この辺は空気が美味しいなあ……」



 春を感じさせる、薄いクリーム色と黄緑色のワンピース。白く整われたシャツに緩やかなジーンズ。皺もまだ付いてない衣に身を包み、エリスはアーサーと地上階を行く。



「森に入れなくてもこれか。ウェルザイラの技術はかなり高いのだな」

「肝心の森は……あ、無理そう」



 地上階の南、森の入り口と思われる関所。そこには仕立ての良い服装の人々が列を成している。



「こんな時アヴァロン村だったら、お金がなくても天然の森が味わえるのに……あ」

「どうした?」



「……ふふっ。アーサーと初めて会ったのも、こんな森だったなあって」

「……」




 吹き抜ける風は、様々な果実の匂いを内包して、嗅いだ者の胸をすっきりと晴らしていく。




「んー……ここにいてもしょうがないか。ではウインドウショッピングと洒落込みましょうかっ」

「商店街に移動するんだな?」

「そういうこと。んじゃあ行こう~」






 今日の天気は清々しい晴れ。僅かに浮かぶ雲が、寧ろアクセントとして引き立っている。


 そんな青い空の下で、同じように散歩をしている人が歩きながらでも散見された。




「自然豊かな田舎と欲しいものが買える城下町……住むならどっちがいいんだろうね?」

「訓練ができればどちらでもいい」

「もう、つまんないこと言わないでよー」




 そんな中、二人はある行列を前にして立ち止まってしまう。




「……わあ」

「何だこれは……通行の邪魔になっているぞ」

「ワンワン」



 よく目を凝らして見てみると、並んでいたのは二人と程変わらない年齢の女子が多かった。



「……女が多いな。装飾の店か」

「……あ、発見。リーシャとそれから……カタリナがいるね」

「そうか。会いに行くか?」

「行く行く!」



 エリスが駆けていく後ろを、アーサーが小走りで追いかける。





 そうして列の最後尾に到着し、エリスは友達二人に声をかけた。



「リーシャ、カタリナ! おはよう!」

「あ、エリス……エリスもここのお店の話、聞いてきたの?」

「え、初耳なんだけど。そんなにすごいお店なの?」

「聞いてなくとも見ればわかる! 何も言わないで、とにかくショーウインドウの中を見てっ!」

「んー……?」



 リーシャが指差す方向にエリスの視線が向かれる。遅れてやってきたアーサーも同様にした。



「わあ……!」

「……」




 飾られていたのは、とても親しみやすいデザインや柄の服ばかり。緑や茶色、パステルやオレンジを基調とした柔らかな色合いの中には、着る者を自然に調和させ、そして魅力を引き出す魔法がかかっているように思えてくる。




「ミセス・グリモワールだよ、ミセス・グリモワール! ウィーエルで有名な仕立て屋さんが、グレイスウィルに進出したんだよ!」

「ああ、あの戦闘能力の高い女か」

「戦闘……? えっと、どういうことかわかんないけど、とにかくここはその人のお店なんだって。あたし、リーシャに誘われて、それで」

「今日は開店セールでお買い得なの! まあ私持ち合わせないけど! あと早めに行きたい気持ちが先走って、エリスのこと誘うの忘れちゃってた! ごめん!!」


「それなら今合流できたから問題ないね! わたしも並ぶよ!!」

「よしよし! それじゃあ一緒に買い物した気分を味わおう!」

「そういうことだよアーサー、今から並ぶからね!」

「……ああ」






 こうしてエリス達と共に店内に入ったアーサー。入店して早々ごった返す人々と商品を見比べながら唖然とする。




「……」

「ワンワン……」

「……何だこの店は……」



「春物のシャツ……三万ヴォンド……」

「ワン……!?」


「このスカートは五万ヴォンド……」

「ワンワン……!?」


「……このベルトはセールの対象か。それでも一万四千……」

「……わっふん」




 アーサーが値札を眺めながらぶつぶつ言っていると、リーシャとカタリナと行動をしていたエリスがやってくる。




「ちょっとアーサー、向こうのアクセサリー売り場がすごいから来て!」

「……」



「……どうしたの? お腹空いたかな?」

「いや……それは大丈夫だ。それよりも、この店の商品は価格が高すぎないか」

「そりゃそうでしょ。だってミセス・グリモワールが手掛けているんだもん」


「……半年前にゾンビを薙ぎ倒していたあの女。そんなに有名なのか」

「らしいよ、わたしも後で知ったんだけどね~。それで手掛けている服も見てみたら、本当に素敵で……!」

「……」



 今までの店に並んでいた服とこの店の服を脳内で見比べてみるが、エリスがどこに惹かれているのかはわからなかった。



「……別にこれぐらいの服なら、誰が手掛けても一緒じゃないのか」

「ぶーっ、男子はみーんなそういうこと言う~。そんなこと言うなら鎧だって同じでしょ~」


「違う。用途、材質、構造、その他の特徴が鎧にはあり、更に職人によっても……」

「はい論破します。どんな時に着るのか、材質は何か、どんな風に着るのか、そして誰が仕立てているのか。ね? 服も鎧も変わらないでしょ?」

「……」




「さあわかったらわたしについてきなさい。アクセサリーぐらいなら、可愛いとかそういうのわかるでしょ?」

「……ああ」



 連れて行かれた先は店内の中でも奥の方。多くの女子学生が商品を眺望する中に、リーシャとカタリナはいた。






「ああ~……! なんてすっごいのここ! 種類も豊富だし、それでいて可愛いの多いし……!」

「でもやっぱり高いなあ……慌ててお金持ってきたけど、これじゃ手で数えるぐらいしか選べないや」

「私の持ち合わせは一番安いやつの五割にも満たないんだけど! どうやったらお金貯められるのよカタリナァ~!!」

「え、えっと……わかんない……」



 エリスも二人の隣に立って、商品を眺める。



「このクローバーのヘッドドレス……可愛いなあ……欲しいなあ……」

「ああ~わっかるぅ~……やっぱグリモワールのデザインって緑を取り込んでいる物が一番映えてるよね~……」

「値段は……二万五千かあ。うう、貯金箱には一万しか入ってなかった気が……」

「小物類なら私達にも手が届くかな? え~私も貯金頑張ろうかな……」

「……」




 あれやこれやと妄想を膨らませるエリス達を、アーサーは一歩引いた位置から静観していた。






 それからしばらくウインドウショッピングを堪能して、二人は店を出た。その後は露店で軽食を買ったりまた街を歩いたりして、日が暮れるまで二人は外で過ごしたのだった。



 そして、日が沈む方向に傾き、そろそろ家に帰ろうかと帰路に差しかかった時――





「まあ、貴女はエリスちゃんではなくって?」

「アザーリア先輩。こんな所でこんにちは」



 塔へと続く道の途中で、アザーリアに声をかけられる。後ろにはマイケルとラディウスもいた。



「アザーリアってよく人の顔覚えられるよな……俺無理なんだけど」

「僕も無理かな~。物語の登場人物ならいけるんだけどね」

「人の出会いは一期一会。大切な出会いなんですもの、忘れるはずがございませんわ!」

「……一々覚えていくのは、今後苦労しそうだな」




「ところで、先輩達はこれから街に出かけるんですか?」

「そうでございますわ!」



 アザーリアは手に持っていた編み籠を高々に突き上げる。



「演劇部にマチルダという子がいまして。その子、もうすぐ誕生日を迎えるんですの!」

「あいつはキャンディが大好きだからな。だからこの籠に入るだけ詰め込んで渡してやろうって寸法さ」

「誕生日は欲しい物を貰える、一年に一度の大切な日。マチルダにはお世話になっているから、奮発するんだ~」

「奮発した結果がキャンディかってツッコミはノーだぜ!!」



 それまで話半分でエリス達の会話を聞いていたアーサーが、ラディウスの言葉で我を取り戻した。



「ていうかもう行こうず。早くしないと日が暮れる」

「それもそうですわね! それではエリスちゃん、ごきげんよう~!」

「アザーリア先輩、マイケル先輩、ラディウス先輩。さようなら~」




 エリスとアーサーは先輩三人を見送ってから再び歩き出す。




「誕生日かあ……そういえばわたしも誕生日もうすぐだな」

「……三月二十三日だったか」

「そうそう。周りはどんどん年増えていくから、自分も増えた気になって忘れちゃうんだよね~」

「……」




「ふんふんふふ~ん。今度手紙でお父さんに何かねだろうかな~」



 すっかりご機嫌なエリスの隣で、アーサーは神妙な顔で考え込む。






(誕生日は欲しい物を貰える、一年に一度の大切な日)


(このクローバーのヘッドドレス……可愛いなあ……欲しいなあ……)




 今アーサーの中で、二つの言葉が結び付いて解を導き出した。

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