第458話 ギネヴィア

「ふい~……ちょっと一休みだぁ」

「ビアンカさん差し入れです!」

「ありがとうファルネアちゃんっ!」






 現在集中して瓦礫の撤去が行われているのは双華の塔。特に一階ロビーが凄惨たる有様で、構造にも打撃が入ってしまっていたのだ。




 建物自体が崩れないようにしながら、慎重に撤去が行われている。この作業には職員のみならず、生徒も参加していた。






「いやー。通れるぐらいには片付けてきたよね」

「まだまだいっぱいありますけど……」



「……ほんと、しでかしてくれたよねえ。皆の大事な帰る場所を……」

「終わったことをうだうだ言っても仕方ないですよ……命があっただけ、良かったと思わないと」

「……そうね。本当にそうだ。あー、私何言ってるんだろ……」



「ビアンカさんはわたし達を支えてくれていますけど、一人の人間ですもの。弱音や愚痴を吐いてもいいと思います」

「……何だかここ最近で、見違えるように成長したわねえ。生徒としても、王女殿下としても」

「……えへへ」

「うーんここは可愛い」






 さてと、と立ち上がるビアンカ。服に着いた埃をぱんぱん払う。








「……!」




「どうしたの?」

「な、何か……魔力の流れが……」






 言われてみるとビアンカも感じた。



 大きくうねりを作るように、波が迫ってくるように。






「……来るわ!」

「えっ――」








           ビアンカが身構えた瞬間、




         ロビーの全体が眩く覆われる。











「ぐあー!?」

「ロビーに入った瞬間光がっ!?」

「な、何事かー!?」




 アデルやネヴィル、サネットが騒ぎ立てた、



 次の瞬間。




「「「……!?」」」








 ロビーに現れたのは、十人の少年少女だった。








「え……」




「エリスせんぱい……!!」








 急いで駆け寄るファルネア。



 姿は鎧のままであったが、顔で理解できた。



 彼女はファルネアの姿を視界に収めると、すぐに気を失ってしまう。








「おーいファルネア、何の騒ぎ……っ!?」

「てめえは……クラリア!?」






 階上からやってきて、アーサーとクラリアに駆け付けるアサイアとメルセデス。




 二人共血に濡れて、生命を維持しているのがやっとであった。それは他の七人も同様である。






「……カタリナ先輩」

「イザークせんぱーーーーい!!! 起きてー!!! その眼を開けてー!!!」

「リーシャさーーーーん!!! そんな、そんな、嫌だーーーーー!!!」

「二人共身体を揺するな!! 保健室から先生が来るのを待て!!」

「「了解しましたルドベック様ぁ!!!」」




「ハンス先輩……一体何が……」

「サラせんぱぁい……!! 何で、何でこんなボロボロで……!!」

「っ、臭いが……」




「な、何事だですかこれは!?」

「……!! ルシュド先輩!!」

「ああっキアラ……って!! ヴィクトール先輩!!」

「先輩、先輩……!! しっかりしてください!!」

「保健室の先生ー!! こちらに来てくださいだですー!!」
















 そうして後輩達が騒ぎ立てながらも。



 十人は保健室に運び込まれ、治療を受けられた。



 懸命な治療のお陰で一命を取り留め、



 失った体力を回復させるように、彼らは眠りに入る――
















「……う……」






 次にアーサーが目覚めると、平原に立っていた。



 身体は寝かせられていたはずなのに、である。






「ここは……?」






 青い空がどこまでも続く。



 新緑の平原も同様に。



 周囲を見回してみると、背後に巨大な木があったのに気付いた。








「……ようアーサー、オマエもここにいたか」

「イザーク……」


「あ、人影が見えたと思ったら……」

「カタリナも……」






「……んー? 何ぞやここはー? 私はリーシャちゃんー?」

「お、おれ、びっくり? ここ、どこ?」

「アタシ、何だか駆け回りたい気分だぜー!?」

「そういうのが許されてる空気じゃないでしょどう見ても」

「夢の中か? 何せ俺達は気を失って……」

「そうじゃん……一瞬凄い痛みが走って、その後気を失ったんだよな」






 しかし今立っているここは、気を失ったあの城とは、到底似ても似つかぬ所である。




 そうして集ったのは九人。唯一彼女だけがいない。








「エリス、エリスはいないのか?」

「そういえばいな……って待って。そもそもアーサー、ちゃんとエリスを助け出せたの?」

「ああ、そうなんだが――くそっ。オレも気を失うまでの記憶が曖昧だ……」




「……ん?」








 何もなかった木の根元。



 今一度そこを見ると、一人の人間が立っていることに気付いた。








「……どうする?」

「行かなきゃやばない?」

「警戒はしよう……と言っても、杖がないから俺は戦えないが」

「おれ、殴る」

「ならばオレが先頭に立とう……」








 そうしてゆっくりと慎重に歩み寄る。
















「……あんた」



「あんたは……」






 背後の気配に気が付いたようで、振り向いた。




 鎧を着た少女だった。金髪のショートカットで、前髪はピンクのヘアバンドで押さえている。エリスとよく似た、翡翠のような緑の瞳。




 そしてその鎧には、見たことのない紋章が刻まれていて。






「……ティンタジェル騎士団?」

「何だそれ?」

「昔ティンタジェルの町に存在していた……聖杯を守護する騎士達。あの鎧に刻まれた剣と杯を象った紋章は、それのものだ」

「えっ……じゃあこの人は、聖杯を守る騎士団の人……?」




「……ギネヴィア」






 アーサーが呟いた名前。



 それに後ろで待機していた一同は驚愕する。






「え……ギネヴィアって、あのギネヴィア……?」

「ああ。暗獄の魔女、聖杯の力を欲した女」



「……そして、オレを造った人間だ」






 再びのどよめきも意に介さず、静かに彼女の瞳を見つめる。











「……あんたがこの空間を作っているって言うのなら、教えてほしい」



「どうしてオレは造られたんだ。あんたが破壊と殺戮を齎すことを望んだからなのか?」



「それとも本当に、聖杯を守る為の存在として造ったのか?」



「教えてくれ……オレは知りたいんだ。自分が何者であるのか……」











 すると――




 ギネヴィアは腰に下げていた剣を抜き、




 空に向かって掲げる。











「……まずはごめんね。わたしのせいで辛い思いさせちゃったね」



「でも今ようやく、それを償うことがことができると思う……」






「……今から見せるのはわたしの記憶。そしてわたしと共に戦った、この剣の記憶」



「歴史の授業とかで色んなことを習ったと思うけど……それは偽りで、今から見る記憶が全ての真実」



「エリスちゃんのこと、アーサーのこと。みんなには知る権利がある――だって、友達だから。誰よりも二人のことを知って、親身に思ってくれているから」



「ただそれでも……覚悟はしておいてね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る