第89話 学園祭・その4
グレイスウィルの十月にはもう一つ、仮装祭という行事がある。主にナイトメア発現前、十二歳未満の子供が魔物や幽霊の格好をして家や店に菓子をねだりに行くという行事で、十二歳以上の人々はナイトメアや魔法を駆使してお菓子の準備をする。
古くから続く規模の大きい行事であり、学園祭の翌日か一週間以内に行われる。しかし学生の多くは学園祭で完全に燃え尽きているため、学園生活で最も縁のない王国の行事とも言われている。
「……」
そんなもう一つの祭りの流れを汲む出店が一つあった。
「……」
机に並べられたキーホルダー。それを前にして、南瓜の被り物を被って紫のローブで身体を覆った生徒達が、窓と机に挟まれる形で立っている。
「お待たせいたしましたわー!」
正面に見える生徒会室の扉を開けて、同じように南瓜の魔人と化した生徒が気品に溢れる声で叫びながら出てきた。
「アザーリア、本当に来ちゃったの? 演劇部で大変なんだから休んでも良かったのに」
「折角南瓜のお化けになれる機会ですもの、逃したら勿体ありませんわ!」
「被り物してるのによく通るよな、お前の声。まあ演劇部っていうのもあるかもしれないけど」
「褒め言葉ありがとうございますわ、パープパプパプ!」
「やべえ、二年生で一番南瓜魔人になりきっている。こちとら提案したのにめっちゃ恥ずかしいんだぞ」
販売に意欲を沸かせる生徒会達の下に、香ばしい匂いが香ってくる。
「もー、窓開けっ放しにするのやめてほしいなあ、購買部の人達。お腹空いちゃうでしょ」
「あああ……! ミートドリア!! 我が麗しのミートドリア!! ミートドリアがわたくしを呼んでおりますわ!!」
「明日もあるんだからそっちで食いにいけばいいだろうが。それ被ったんならシフトはこなしてもらうぞ」
「くっ……耐えなさい、耐えなさいわたくしのストマッチ……!!」
「お嬢様がそんな古代語の使い方するんじゃないよ!! じわじわ来るわ!!」
アザーリア、ロシェ、リリアンの三人が談笑している隣で、二名の生徒が突っ立ったまま微動だにしない。
「あ、中からお客さんが出てくるね」
「よしやるか。えーいらっしゃいませパプー! こちら生徒会出店、キーホルダー販売と心臓爆発クライシス・ロシアンルーレットになりますパプー!」
「あら、あの子は……」
ロシェが
五階に並ぶ空き教室の一つ。ここでは購買部の出店が入り、生徒達の腹を満足させていた。エリス達六人は食事を済ませ、教室を出ようとしている所だ。
「ふぅ、美味しかったです……もうこのままお昼寝したい……」
「いやー美味かった。第二階層の高級店レベルっすよこれ」
「購買部のコンセプトなんだ。学園祭の時ぐらいとびっきりの美味い物食べてもいいじゃないって。今年はミートドリアだったけど来年は生パスタにしようかなー」
「もう来年の構想考えている、凄い」
「これが大人ってもんだからねえ」
耳を澄ませていると、クラリアとルシュドの満足そうな寝息が聞こえてくる。お腹がいっぱいになったので、暫くここで休んでいくとのことだった。
「とにかく今日は来てくれてありがとっ。これからも学食と双華の塔カフェをご贔屓にしてネ!」
「ありがとうございました、ガレアさん」
「学園祭エンジョイするんだよー!」
ガレアは購買部出店の教室に入ったまま、手を振って見送るのだった。
「……さて。この後だけど」
「後二十分。微妙に時間があるな」
「うん……じゃあ、あそこ行く?」
「行くか。何かスルーしちゃったけど行くか」
階段を上がった目の前にあった、南瓜の生徒達が並ぶスペースへと足を進める。
「あの……」
「パープパプパプ! ようこそ、南瓜魔人の秘密の集会所へ!」
「えっ」
「君はボク達の噂を聞き付けてやってきたんパプね!? ここに来てしまったからにはもう生きては帰さないパプ!」
「その」
「だ、け、ど、も~! このキーホルダーを買ってくれればトクベツに帰してやるパプ! そうでなければ何が待っているやら……! おお! ブルブル!」
五人の生徒が並んでいるうち、中央の生徒がエリスに向かって食い気味に呼びかける。
「……こいつ完全に自分の世界に入ってるな……」
一番右に立っていた生徒がそうぼやいたのを聞いて、イザークとカタリナは渋い表情をする。
「……アザーリア先輩?」
一方のエリスは、清純な瞳を目の前の生徒に向けていた。
「……うふふ。牢獄に閉じ込められた姫君から、南瓜魔人に変身ですわ。パープッ♪」
表情は南瓜に隠れて見えないが、声色だけでも溢れ出る芳醇な香り。
「……はぁぁぁ……」
エリスは生徒から一切視線を逸らさず、手だけを数個のキーホルダーに伸ばしていた。
「……」
アーサーはエリスに便乗するように、その左隣に立って商品を物色。
その目の前にいる二人の生徒はやはり微動だにしない。声も一切かけてくれない。
「……」
そこでアーサーは、
鞄から紙にくるまれたサンドイッチを出して、机に置いた。
「購買部で買ったものだ。これ食べて元気を出せ」
アーサーはそう言って右を向く。そこではエリスがキーホルダーの会計を済ませ、イザークとカタリナに見せつけていた所だった。
「まあ、この学園章キーホルダーはいいんじゃない。そもそもデザインがかっこいいから」
「四角に丸のキーホルダーか。誰がデザインしたんだろう」
「終わったようだな」
「あっ、アーサー。キーホルダー四つ買ったんだけどどれがいい?」
三人の下にやってきたアーサーに、エリスはキーホルダーを見せる。
「……どれでもいいが」
「じゃあボクこの四角いやつ~」
「あたし、葡萄で」
「アーサーに学園章のやつあげるね」
「ああ」
それぞれ取ったキーホルダーを鞄のポケットに入れる。
「十三時まであと十分だ。そろそろ行こう」
「そうだね。皆さん、ありがとうございましたー」
「あざっしたーパプ」
「ありがとうパプ!」
そしてエリス達が、階段を下って去っていった直後――
「……くそっ」
微動だにしなかった生徒の片方が、サンドイッチを手に取って地面に投け付ける。
それをもう片方の生徒の影から伸び出た腕が、地面に落ちる前に掴むまで僅か十秒。
「……クソッ!!! クソッ!!! あいつ他人事だからって……!!! 離せよクソがぁ!!!」
「済まないな、いつもお前にはこんな役回りをさせてしまって」
ハンスは地団駄を踏み暴れ回ろうとするが、二本の腕に姿を変えたシャドウに押し込まれている。
「そうだ、リーンのせいだ!!! あの女がこれ着てれば何だかって言って無理矢理!!! あいつを出せ!!! 殺してやる!!!」
「そういきり立つな。俺と貴様のシフトはもうじき終わる」
「別にもう戻っていいよ。こっちは出張で、この廊下向かった先が本店だし。ここは私達でどうにか」
続いて廊下の奥から爆発音がほんのりと聞こえてきた。
「……やっちまったなあパーシー先輩……」
「向こうのことは向こうに任せましょう。さあ二人共、わたくしの代わりにミートドリアの実食レポートを行って参りまして!?」
「るせぇぶち殺すぞ……!!!」
とうとうハンスの身体からシルフィが出てきて、風の魔法で彼を浮き上がらせる。
「おい!? 何をするんだ!? ぼくの命令を聞けよ!!!」
「というわけで戻ります。お疲れ様です」
「お疲れー」
「離せって言ってんだろ!!! あの女を殴らせろ!!!」
ヴィクトール、シャドウ、シルフィの二人と一体に連行され、ハンスは生徒会室に連れ込まれていくのだった。
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