第42話 幕間:エリスとアーサーの素っ気ない日常・午後

 午後に二人が訪れたのは魔法学園の図書室。ケビンからの課題に必要な本を借りに、室内を回る回る。




「今回は何借りることにしたんだっけ?」

「『イングレンス八神伝承』。歴史書の一つだな」

「ううむ……難しい内容じゃないといいな……でもアーサーと一緒に読むから大丈夫か」

「……」



 そうして歴史書のコーナーに足を向ける。




 その後目的の本も無事に発見できたが――



「あっ」

「ん?」



 その本を手にしようとした、全く同じタイミングで、他の生徒も手を伸ばそうとしていた。





「えっと……」

「ああ、貴女もこの本を借りようとしていたの?」

「そうなんですけど……」



 鉢合った生徒はとんがり帽子に低めのツインテール。帽子の中から、茶色の前髪が僅かに見える。



「……」

「ん? 私の顔じーっと見て、どうしたの?」

「えっと……どこかで見たことあるなって」

「どこか……」

「リリアン、目的の本は見つかったかな?」




 つかつかと足音を立てて、一人の男がやってくる。



 ギザギザ頭に黄色いスカーフが印象的。他の教師も着用しているローブに、彼もまた身を包んでいた。




「あーハスター先生。いや、見つけたはいいんですけど、かち合っちゃいました」

「ん、そうかそうか……君達は?」

「えっと、エリス・ペンドラゴンです。こっちがアーサーです」

「……」



 エリスはお辞儀をし、アーサーは動じず二人を見つめている。



「ふむ……そうか。それならその本は君達に譲ろう」

「え、いいんですか?」

「構わないよ。どうやら君達は特別な事情がある――そう直感したからね」


「でも先生の研究はどうするんですか?」

「王立図書館の方に行けば何かしらあるだろう。手続きは面倒だが、そちらに行くとしよう」

「わかりました~。そういうわけだから、その本は貸してあげるよっ」

「ありがとうございます――」




 その時、静かな図書館がざわついてくる。




「ハスターせんせーい!」

「きゃーハスター先生が図書室にいらっしゃるー!」

「先生こんにちはー!」




 多くの女子生徒が一目散に駆け寄ってくるのだ。




「やっほー皆ー」

「やっほーじゃないわよリリアン! 先生と何やってんのよぉ!」

「いやー先生が今度『影の世界』の学会に論文出すらしくてさあ。そんな話聞いちゃったから、手伝うことにしたんだよね!」

「何それー! 私も手伝いますよ先生ー!」

「ははっ、人手が多いことには越したことはないなあ――」



 そうしてどんどん生徒の波に埋もれていくリリアンとハスター。






 エリスとアーサーはなし崩し的に蚊帳の外に追いやられていた。



「……あの先生、見るの初めてだったけど。一部の生徒に人気がある感じなのかな?」

「事実がどうであれオレ達の知ったことではない」

「そうだね……本も借りれることになったし。行こう行こう」



 エリスはカウンターに足を向けるが、アーサーはすぐに動こうとしなかった。



「……? どうしたの?」

「いや……」



「……何でもない」

「ほんとに? 大丈夫?」

「取り留めのないことだから平気だ」

「ん、ならわかった」





 取り巻きの生徒の一人が持っていた本――


 確かにそれは、前にエリスが借りていったものと同一だった。


 そして今一番気になっている本でもある。




(『フェンサリルの姫君』……)


(……今回は縁がなかった、か)








 借りてきた本を読んでいたら、あっという間に夜が来た。


 室内照明を点けて、暖色の明かりに包まれた中で、夕食を作ることに。



「また料理か」

「お昼は軽めで済んだけど、夜はそうはいかないよっ」

「……それで何を作るんだ」

「タリアステーキです!」



 ばんと台所を叩くエリス。その先には玉ねぎ、パン粉、塩に胡椒に卵、そしてつるつるした容器に入った牛挽き肉が揃い踏み。



「……肉料理」

「そうですそうです。魚と迷ったけど肉にしました」

「……オレは何をすればいい」

「じゃあ玉ねぎを……刻んで!」

「……?」



 一瞬言葉を詰まらせたのに引っかかりながらも、


 玉ねぎをみじん切りにする作業をそつなくこなす、はずだった。





「……」



「……!」



「……!!」





「……何がおかしい」

「ぷぷっ、あはは……」

「くそっ、何なんだこれは……」



 アーサーは何とか作業を終えた。涙で目を腫れさせながらも。



「ふふふ……」

「そこまで愉快か」

「ちが、違うよ……」

「だったら何だと言うんだ……」

「……」




「騎士王でも、玉ねぎで涙出るんだなあって……」




 笑い泣きをしながら、エリスはパン粉の準備を進めている。




「……それだけか?」

「それだけだよ? でもそれだけで……」




「アーサーもわたしと変わらない、人間と同じなんだなあって……実感できるんだ」


「それが……嬉しい、かな」




「……」



 彼女の言葉の真意を考えながら、刻んだ玉ねぎをフライパンに入れる。


 その後パン粉と挽肉、玉ねぎと卵を混ぜ、手で形を整えて焼く。





 そんなこんなで三十分後。



「アーサーも焼くの上手くなってきたよね」

「……それぐらいで」

「それが重要なんだよ~」



 じゅわっと焼き上げたタリアステーキ、彩りよく添えたサラダに、軽く火を通したバケット。


 そして冷たい水で淹れた紅茶、セイロンティーである。



「今日はお菓子いっぱい買ってきちゃったね」

「……」

「どれが紅茶に合うかわからないから……色々試そうね」

「……」




「……え、ちょっと待って、嘘でしょ」




 エリスが目を丸くするのも無理はない。アーサーは自分からティーポットを台所に持っていき、



 紅茶を淹れ直して戻ってきたのだ。




「もう……まだいただきますもしていないのに……飲みすぎだよぉ~」

「……」


「こりゃあアーサー専用のティーポット買い足さないとだめだなあ。ふふっ」

「……そんなもの」

「だってわたしが紅茶飲めなくなるもん」

「……」



 アーサーが再び紅茶をティーカップに注いだ所で、エリスが手を合わせる。



「マギアステル様、今日も美味しい食事をありがとうございます……いただきまーす」

「……」




 少し間を置いた後、アーサーも手を合わせ、頭を下げる。そして今晩の夕食にありつくのだった。




「……」

「おいひ~。肉汁がじゅわって、じゅわって……」


「……」

「うぅん、産地直送はやっぱりいいなあ……食材から第三階層の味がするよ~」




「……訊きたいことがある」



 数口食べた後、スプーンを持ったまま、アーサーは尋ねる。



「……なあに?」

「どうして……食べるという行為に、ここまで拘らないといけないんだ」

「……ん?」


「生きていく為に栄養を補給できれば……それでいいのではないのか」

「……」



 エリスもスプーンを置き、アーサーの目を見てじっくりと伝える。



 タリアステーキの焼き加減を見ている時と、同じぐらい真剣だった。



「……確かにそうだけど。でも食事って毎日することじゃん」

「そうだな」


「毎日同じだったらさ、飽きるでしょ。だからこだわって飽きないようにするの」

「……変化がないのは良いことだろう」


「それは安全に関わることだけ。常に危険ばっかりの状況よりは、ずっと安全な方がいいでしょ」

「……」



 机に並んだ料理と、



「……安全、か」



 紅茶を交互に見つめながら呟く。






「……変化を求めようとするということは、安全であると言っていいのか」

「ん、確かにそうとも言えるね」

「……あんたは今日の料理にオレを誘ったな」

「そうだねえ」


「普段一人で料理を行っていたが、変化を求めてオレを誘ったわけだ」

「そう……だね?」

「つまり……あんたは今、安全ってことだな」

「……」




「ぷぷっ……あははっ」




 エリスはまたしても口に手を当てて笑い出す。




「……」

「もう、そんな目で見ないで……違う、違うの。そういう考え方もあるんだなあって思って、感心してるんだよ」

「……」


「アーサーって、ちょっと頑固な所あるけど……でもそれのおかげで、物事を違った視点から見ているんだなって思って、最近は面白くなってきたんだ」

「……面白いか」

「そうそう。だから……」




「アーサーだって、わたしの意外な一面を知ったら……笑うかもしれないよ?」



 エリスは言葉を切って、口直しに紅茶を一口飲む。



「てかアーサー、もう食べちゃいなよ。冷めて美味しくなくなっちゃう」

「……食事の約束」

「一口三十回だからね?」

「……そうだな」






 腹もいっぱいになった、けれども風呂に入るにも寝るにもまだ時間がある。


 そういう時は趣味の時間。二人はリビングにいて、互いの姿を認識しながらも、別々に本を読んで過ごしていた。




「アーサー、何の本読んでるの?」

「『ユーサー・ペンドラゴンの旅路』だ」

「ふふ、またそれ読んでる。あ、わたしが宿題出してるせいかな?」


「……感想については、まだ時間をかけないと捻出できない」

「そんな形式的にやらなくても、忘れちゃっていいんだよ? ただアーサーが本を読むきっかけがほしかっただけだから」

「……」



 紅茶と苺をつまみながら、ぱらぱらと頁を捲っていく。



「どう? その本読んで、世界について知れた?」

「……平原から荒野まで。砂漠から北国まで。様々な地域がイングレンスにあることが理解できた」

「うんうん。てかもうそれが感想でいいよ」

「……」





「……オレは」


「オレ自身の興味で、この本を読んでいる」




 突然の告白に目を丸くするエリス。




「……そっか。手元に置いて何度も読みたい程、気に入ったんだね」

「……」


「だったら本屋さんに行って買おう。いちいち図書室にいって延長申請するの面倒臭いしね……次のお休みはそうしよう。いい?」

「……ああ」



 すると突然、アーサーの足元に座っていたカヴァスが、ワオーンと吠えた。



「何だ」

「ワンワン!」

「……苺か?」

「ワオーン!」

「……」



 ヘタを取って果実を与えると、忠犬は美味しそうに食べる。



「犬って苺食べられたっけ?」

「知らない」

「ふーん。でもナイトメアだし、普通の犬とはまた違うのかも……」



 ふとエリスがカヴァスを見ようと本から顔を上げると、



 目に付いたのはアーサーの鞘であった。



「あれ、その鞘……今光ったような」

「そうか?」



 アーサーは鞘を腰から外しそれを机の上に置いた。エリスは一旦読んでいた本を置いて、一緒にそれを観察する。



「わあ、見事な装飾だ。照明に照らされて光ったのかな」

「……」




 無骨で無愛想で無表情な剣士に仕えているとは思えないぐらいの、豪華で豪勢で豪奢な装飾。


 材質は今や貴重な貴金属、なだらかな曲線は腕利きの職人でないと生み出せないだろう。その形状は遥か昔の、聖杯によって栄えた時代を想起させるものであった。




「でも鞘が豪華なのは納得いくなあ。剣と同じぐらい鞘って重要だもん」

「そうなのか」

「そうだよ。主君とナイトメアの関係も、剣と鞘って例えられることが多いし。『我は鞘で主君は剣。二つが奏でる魂は、世界を駆る光なり』……ってね」




(そういえば、騎士王伝説の中にも鞘にまつわるエピソードがあったような……?)



 エリスはそう思い出したが、目の前の彼に訊いても覚えていないだろうから、黙っておくことにした。




「訊きたいことがある」

「ん、どうしたの?」

「あんたが今読んでいる本は何だ」

「え、それ気になった?」

「フェンサリル……とやらではなさそうだが」



「そうそう、せっかくだから違う本を読んでたんだよね。これはね……『名も無き騎士の唄』」




 当然ながら、アーサーは初めて聞く題名である。




「聖杯時代に存在した騎士が、困っている街の人を助けていくって内容の短編集。この騎士は名前はもちろん、性別も年齢も不明なんだって。色んな媒体で色んな描き方がされているの」

「何もかもがわからないのに、活躍だけが伝わっているのか」

「そうなの。不思議な感じだよね」

「……」



 アーサーは、エリスが不思議だと言ったことに対して、何か思うことがあったようだが、


 今の彼にはそれを言葉にするのは難しかったようだ。再び彼は『ユーサー・ペンドラゴンの旅路』を手に取る。



「アーサー、本を読むにしても休憩しながらね。ずっと文字ばっかり見てると疲れちゃうから」

「……」


「さっきからずっと紅茶飲んでるけど、ご用足しに行きたくなったりしない?」

「……」

「ふふ、無言で立ち上がった。やっぱり行きたかったんじゃーん」




 あっという間に過ぎていく素っ気ない日常。けれどもそういう時間が一番大切なのかもしれない。

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