第297話 ちょっと早めの収穫祭
今日は十月の半ば辺り。エリスは森の中を散歩して、色付いた木々を眺めていた。
「ワンワン!」
「……」
「ワンワンワオーン!」
「……」
「ワッフワッフ……」
「……」
「……ワン?」
忠犬が見上げた先にある彼女の顔は、秋空のように寂しそうで。
「ワンワン……」
「……」
「クゥーン……」
「……」
カヴァスを抱き上げその頭を撫でる。
沢山支えてくれる人はいる。力になってくれる。
それでも――どこか寂しい気持ちを抱いてしまうのは、秋特有の何かなのだろうか。
「よーうエリス、ここにいやがったかー」
「ちょっと探しちゃったわよ」
「……!」
そこにローザとレベッカがやってきた。
手には大量の焼き芋を抱えている。
「今日は収穫祭なのよねー。それで報告も兼ねてウィングレーのお屋敷に行ったら、魔術師の身内なのかな? 実家で育ててるからって、分けてくれたのよ」
「……?」
「おっと、この話は初耳か? まあ単純な話なんだが、収穫祭を主催しているアドルフ様は学園長も兼ねてるだろ。本来の十一月にやると対抗戦と被るから、対抗戦のある年は十月、学園祭前に日程がズレるんだよ」
「というわけで今日は収穫祭だ。また街に出るか?」
「……!」
「よーしよしよし。じゃあ……カヴァス。お前の魔力かなんかでアーサー呼んでこいや。できればその他大勢も」
「ワン!」
「折角だから芋も食べてもらいましょう」
~そして色々呼ばれた~
「芋うま~!」
「芋ほく~」
「ねっとりしているわね……何の品種かしら」
「ベニイモつったかな? パルズミール辺りの寒い所で盛んに育てられている品種だ」
「へえ、アルブリアの外からなの」
「バライモも美味いんだけどなー、さっぱりしてて。あ、バライモはグレイスウィルのブランドな」
「これが……焼き芋……」
アーサー、カタリナ、リーシャ、クラリア、サラの五名。彼らは現在焼き芋を食べてはふはふしている。
「で、今日はお前らに来てもらっただけだが。今回は一歩前進しようと思っているんだ」
「前進?」
「私達は後を追っていかない。それとなく現在位置を把握して、何かあったらすっ飛んでいく感じで行く。即座にフォローに入れないが、その分お前らが何とかするんだ」
「ほうほう……」
「基本的に男性とは話させないようにしてくれ。まだ安定には程遠い状態だ、リスクは極力回避するように」
「男の人が来たら私達で壁を作る感じね!」
「その通りだ。視界に入る分には平気なのは、建国祭の時に証明されたからな。話しかけられるのはまだきつい……かもしれない」
「……」
迷う素振りを見せた後、力なく首を縦に振るエリス。
「んー……まあ怖いものは仕方ない! 私達が全力で守るから、安心して!」
「心強いな。この分ならまあ安心か?」
「でも気を抜かないように。どうしようもならなくなったら、これを握って念じて」
レベッカはリーシャに六面体の結晶を渡す。人工的な輝きを秘めている。
「魔法具ですか?」
「ウィングレー家の試供品を、医療班の同僚から譲ってもらってね……」
「お前もそれかよぉ!?」
「使えるものは使うべきでしょー!?」
「まあそうだが……うん、ジャネットじゃないんだ、暴発はしないだろう!」
ローザが胸を張り、リーシャは魔法具の結晶をポケットに入れる。
「じゃあ芋食べ終わり次第ぼちぼち行くかー」
「ミネストローネだぜ! アタシはまだまだ食うぜー!」
「……♪」
「そうだよエリスもいっぱい食べるんだよ!」
地上階には腹を刺激する匂いがあちらこちらから吹き、道行く人は思わず足を止めてしまう。
「……」
「フランクパンかー。硬いんだよね、これ」
「まあミネストローネに浸けて食べろってことでしょ」
もっしゃもっしゃ
「……」
「オレに……ふふっ、ありがとう」
「それなら私も貰いたーい」
「♪」
「あーお水が欲しい……何か周囲にないー?」
「えっと……サイダーだって」
「何それ!?」
カタリナが見つけた屋台の前で、全員が立ち止まる。
「無色透明のスパークリング! 美味いやつじゃん!」
「よし並ぼう! 六個でいいよね!?」
「ワタシいらない。スパークリングは好きじゃないの」
「えー何で! しゅわしゅわしてすかっとするじゃーん!」
「それがぞわぞわするから嫌なのよ……ほら、さっさと並ばないとなくなるんじゃない?」
サラは列の最後尾を指差す。子供連れから老人まで、とにかく広い年齢層が並んでいる。
「よし私並ぶね! 皆どうする?」
「あたしも並ぶよ」
「エリスは?」
『並ぶ』
「わかった。ならオレも一緒に並ぶぞ」
「了解ー」
「ワタシはベンチの確保でもしましょうかねえ」
「アタシもそっち回るぜ! 四人いりゃ十分だろ!」
「おお、クラリアの頭が回って……クラリスはナイトメアとして嬉しいぞ!」
そして数分程並んだのだが。
「……ん? んん!?」
「売り切れ……?」
四人がさあ注文するぞと意気込んだタイミングで、会計口には準備中の立て札がどんと置かれた。
「マジか~このタイミングで……」
「普通の飲料水が置かれている場所探すしかないかな……?」
「んあーでも私サイダー飲みたい……エリスもそう思うでしょ?」
『しゅわしゅわ 興味ある』
「だよねー! でも飲み物が欲しいのは確かだし……」
……
あー、こほん
んっんっんっ……君達
「ちょっといいかね、君達」
話しかけてきたのは、
「……ん?」
自分達の直前に立っていた二人組。
「これ、我々の分だが……欲しいというのならあげてもよいぞ?」
濃い灰色の長髪をオールバックで纏めた男と、緑の髪を桃色のリボンでサイドテールに仕上げた女。
二人は見たことのある白いローブを着用している。女性が玉座に座っている紋章だ。
女は一切の興味なく周囲を見回しているが、男は真っ先にエリスに視線を向けてきた。
「ふふふ……そちらの赤髪のお嬢さん。特に君と話がしたい。お近付きの印に受け取ってほしいんだ」
「……!!」
「興味本位で購入した飲み物だが。君達にあげるとしよう。私は今は譲ってやりたい気分だったのでねえ。そしてどうだ、一緒に話でもしないか?」
隣の女性も作り物の笑みを浮かべながら、紙コップを差し出す。
しゅわしゅわという渇いた喉を刺激する音を気にも留めず、アーサーとカタリナは行動を取る。特にアーサーは、一度見たことがある人物だった為、一層警戒心を増している。
「何だあんたら。サイダーを渡すだけでいいだろう。何故話をする必要がある?」
「不思議な魔力を感じたからと言っているだろう?」
「話をしないと駄目って言うのなら、それはいらないです」
「頑固だね君達。見知らぬ大人に話しかけられるのが、そこまで不愉快か。この私と話せることなぞ、名誉と言ってもいいのに」
「何なのその上から目線――」
どう思うリーシャ、とカタリナは話題を振ろうとしたが、
彼女はじっと震えていた。エリスでさえも心配させる程には、怯えた様子だった。
「……リーシャ?」
「おっと君は……リーシャというのか?」
「もしかしなくても、リーシャ・テリィか? 『大寒波』における、アガタ島最後の生き残り」
「……やめて」
「その反応はそういうことだな。ここで会うとは、このクリングゾルに会えるとは、実に幸運だよ。しかし王立劇場にめっきり来なくなったと思っていたら、まさかアルブリアに転がり込んでいたとは――」
次の瞬間、
女が嘘のように色めき立つ。
「嗚呼、私の愛しい人! この赤薔薇の王国の中で、いずこに行かれていたのです!?」
女性の視線の先にいたのは、
仮面を着けた艶めく灰色の髪の男性。
その場にいる全員が見覚えのある姿だ。
「……氷賢者様?」
「只今戻った。さあ、再び城下町を見て回ろうか」
「ええ、勿論ですわ! ああでも待って、一緒にこの赤髪の子も――」
「今日はもう何処にも行かない。だからその子に二度と関わるな。交換条件だ、絶対に飲んでもらうぞ」
「ほう、奇妙なこともあったものだ。何故貴殿が全く関係なさそうなこの子を庇おうとする?」
「知り合いなんだ、無関係ではない」
「成程。では久々の再会なのだ、積もる話もしたいのではないか? 氷賢者殿は、そういった縁を大事にするお人柄であろう?」
「聞いてくださる!? この子、魔力の質が他と――」
女性の言葉を聞き終える前に、
氷賢者の足元から霧が漏れる。
「「……っ!?」」
男女も勿論、エリス達四人も手で顔を覆い、視界を確保する。
「……今君が感じている強い魔力を追え。その先にメアリーがいる。一度合流してやり過ごせ」
リーシャにそう耳打ちした後、氷賢者の存在が霧に溶けていく。
「けほっ、けほっ……リーシャ、これ……」
「……私についてきて!」
「え?」
「いいから! 時間を作ってくれたの、無駄にしないで!」
「……エリス、今は従うぞ。いいな?」
「……」
去り際に、嘆息するような男の声が聞こえた。わざと聞こえるようにした、大仰な声であった。
突如として白い霧が発生したのは、遠くからでも何となく見える。それがサイダーの屋台の前であったのも。
通行人は収穫祭だしそんなこともあるだろうと、無視して歩いているが――知り合いがいる者はそうとも言っていられない。
「……何あれ?」
「エリス達大丈夫かー?」
「霧に阻まれてよく見えないわね……」
「くんくん……」
「え? クラリア、アナタ犬の真似事でもできるの?」
「こっちだ!」
「待ちなさい! ワタシを置いていかないで頂戴!」
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