第165話 新学期始まりて
今年も今年で、風に吹かれて旅をする花びら一枚。西に向かう風に乗せられて、やってきたのはグレイスウィル。
「はあ、はあっ……!」
「もう、寝坊なんてするからよ!」
「だって……緊張しちゃったんだもん……!」
旅を終える直前に、花びらは建物の中をどたどたと走る、小さな妖精を連れた少女を目にした。
「ねえわかる? もうどこからも人の声がしないの! とっくに入学式が始まってるに決まってるわ!」
「え……」
「はいはい、だからと言って足を止めない! この際優雅なレディのことはいいから、早く講堂に向かうことだけ考えて!」
「ああうう……! えっと、講堂、講堂……!」
地面に落ちて空を仰いでる中でも、少女と妖精の焦燥に駆られた声が聞こえてくる。建物の中が静かなので、余計に響いているだけかもしれない。
「……」
「……もしかして?」
「……生徒手帳、忘れた、かも……」
「……ああ~~!!」
冷静を保っていた妖精も、流石に崩れ落ちるように叫んだ。花びらもそれを聞いて、そんなこともあるさと少女に同情したのだった。
こうして花びらの旅は終わったのが、だからと言って少女の物語は終わらない。
「……大丈夫?」
「ふえっ?」
校門で倒れ込んだ少女の後ろから、声をかけてくる少女が一人。
少女が顔を上げると、目についたのは豊満な胸。はともかく赤い髪に可愛いヘッドドレスを被った少女。自分と同じ服を着ているので、生徒であることがわかる。
そんな彼女が心配そうに自分を見下ろしていたのだ。
「もしかして一年生……かな? こんな所でしゃがんで、何かあったの?」
「……あ……」
縋り付くような思いで、少女は生徒に尋ねる。
「あ、あの……講堂って、どこにあるんですかぁ……」
「講堂? えっと、それなら……あ、よかったら連れて行ってあげようか?」
「……! いいんですか……!?」
「もちろんっ。さあ、わたしについてきて」
「ああ、ありがとうございます! ほら、あなたもお礼を言って!」
「あ、ありがとうございますぅ……!」
「もう、顔がぐちゃぐちゃだよ。はい、ハンカチどうぞ」
「えぐっ……わぁん……ありがとう、ございますぅ……」
旅を終えた花びらに彩られた道を、二人は進んで行く。
「……これで新入生は全員ですかね?」
「いや、まだ一人来ていない生徒がいます」
「え、その生徒って……」
「……彼女、ですね」
「えっ……えっ。ハインリヒ先生、何もしないんでいいんですか」
「大丈夫ですよ。遅刻するというのも経験というです……」
講堂の外で会話をしているディレオとハインリヒの下に、一年生を連れてエリスがやってきた。
「あっ、ディレオ先生にハインリヒ先生。ちょうどよかったです」
「おや……二年生以上は園舎に立ち入り禁止のはずでしたが」
「そうもいかなくなっちゃって。この子、一年生で迷子です」
「……ふえぇん……」
一年生は涙目になりながら、ハインリヒの隣まで移動する。
「そうだったんだ。どこで迷子になってたの?」
「校門の前です。そこで疲れちゃったのか、倒れてて」
「……ご苦労様でした。後は私達に任せてください」
「はーい。それじゃあ、失礼しまーす」
「ありがとう……ございます……」
一年生は涙を拭いながらお礼を言った。
その後エリスが廊下の角を折れていった所で、ハインリヒが一年生に話しかける。
「よかったですね、案内してもらえて。さて……」
「……すてき……」
「……ん?」
「……おっぱいだけじゃなくって、背中まですてき……」
「もう、ばかっ!」
隣に浮かんでいた妖精が、魅了されている様子の一年生の頬をぺしぺし叩き、正気に戻させる。
「……はっ? はっ!? わたし、えっと……!?」
「おっぱいなんて素敵なレディが使う言葉じゃないでしょ! も~う!」
「やれやれ……入学早々大変ですね、貴女も」
「うう、先が思いやられる……とにかく、早く席まで案内してくれませんか?」
「ええ、勿論です」
一年生を送り届けたエリスは、正門を出て通りに出ていた。大通りから少し逸れた隅の方で、アーサー、イザーク、カタリナと合流する。
「ただいまー。ごめんね待たせちゃって」
「別にどうってことはねえよ。それで一年生はどうだった?」
「もうすっごい泣いちゃっててさー。でも講堂に着いたら落ち着いたみたい」
「それはよかったんですのー!!」
「……はえ?」
エリスがイザークの足元を見ると、そこには赤毛のカーバンクルがちょこんと香箱座りをしていた。
「お前が園舎に行っている間に、オレ達は今こいつに絡まれていたんだ」
「まー私のことをこいつだなんて、大層口が悪い子ですわね! ちゃんとベロアと自己紹介いたしましたと言うのに! それに私はしっかりと用事があって話しかけたといいますのにー!」
「学園まで連れて行け、だっけ? そこから変に話がこじれていって……」
「まあそれもたった今必要なくなったんですけどもねっ!」
「は? それはどういう……」
「こちらのお話ですわー! でもそれとは別にして、訊きたいことがあるんですのー!」
ベロアはアーサーの肩を伝い、頭に乗る。
「待て、何故オレなんだ」
「白いワンちゃん連れていますからですかね? 何だか私と親和性が高いみたいなんですのー!」
「……それで話とは?」
「貴方達、この時間にここでぶらぶらしてるということは二年生以上ですわね?」
「はい、そうです。今年二年生になりました」
「でしたら魔法学園対抗戦に出場致しますわね!」
「対抗戦……」
ベロアは尻尾を振りながら説明を加える。頭を後ろからぺしぺし叩かれて、アーサーは若干機嫌が悪そうだ。
「イングレンスにある七つの魔法学園が覇を競い合う伝統の合戦ですわ! 未来を担う若者達が繰り広げる感動のドラマ、手に汗握る戦いを今年も期待していますわよ!」
「……それってさ、アンディネ大陸の方でやるんだよな? 観戦も自由にできるんだよな?」
「確か今年はログレスで行う予定だと思いますわ。近隣の町からも見物客がやってくる一大行事! まーぼちぼち先生方から説明があると思いますから、その時に確認すればよろしいですのー!」
「……まあ、それもそうか」
すると突然、ベロアはアーサーから飛び降りて地面に降り立つ。
「では皆様の健闘をお祈りしまして、私はこれにて失礼しますわー!」
「おい、言いたいことだけ言って後は帰るのか」
「私も用事がございますのよー! それとももしや! この後私とお食事に行きたいというお誘い……!?」
「全然そういうことはないから帰っても大丈夫だぞ」
「では失礼致しますのー! 私はたまに城下町をお散歩してますので、今後も見かけたら声をかけてくださいましー!」
そしてベロアは大通りの方に向かって歩き出す。
道行く人々は、彼女に対して気さくに声をかける者もいれば、平然と横を通り過ぎる者もいる。
人間ではないカーバンクルな彼女ではあるが、しっかりと街の風景に馴染んでいた。
「……誰のナイトメアなんだろうな。随分と軽々しかったけど」
「色んな人から話しかけられるってことは、有名人もとい有名ナイトメアってことだよね。うーん……騎士様とかその辺かなあ」
「まあ考えるだけ無駄っしょ。それよりもこの後何をするか考えようぜ」
「エリスとカタリナは何がしたい?」
「え、じゃあ衣料品店通りでウインドウショッピング」
「あたしもそれがいいな……」
「……カーセラムで食事ってのはダメ?」
「んー、カーセラムかあ。安いからいけるっちゃいけるんだけどなー」
「でもあたし、そこまでお腹減ってないから、いいかな」
「オレはどちらでも構わん。よって二対一でウインドウショッピングだな」
「いや、それは酷くねえ!?」
爛々とした陽の光が地面に降り注ぐ。花信の風が吹く頃に、新しい年度が始まろうとしていた。
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