第254話 復元は進む

「カヴァス……もうちょっと右だ……」

「ワオンッ」

「頼むからわざと間違えるのはやめてくれ……」

「ワンワン☆」




 現在アーサーは、ベッドにうつ伏せになっている。


 その上にカヴァスを乗せて、足で踏んでもらっている。要するにマッサージだ。






 昨日、アザーリアが突撃してきた後――




 風魔法でお叱りを喰らい――




 その後臭い対策として、温室からアロマを大量に持ってこさせられたり、室内の構造改善として、ウェルザイラ家のアドルフの所までパシリに行かせられたり、正直筋トレよりも辛い仕事を色々やった。






「あの行動力と顔の広さは何なんだろうな……」

「ワッフーン!」

「待てっ、跳び跳ねるな! 普通にやれ普通に!」

「ワオン☆」

「自分のことではないと、とことん楽しそうになるな……!」





 因みにアザーリアが来る要因となったエリスは、現在百合の塔にお出かけ中。例によって試験勉強である。






「……それにしても、うだるような大雨だ」




 今日もまた、夏特有の土砂降りが朝から降り続いている。しかし彼方の空は青と白が織り成す青天なので、いずれ止む雨であることが推測できる。




「ワンワン……」

「そうだな……止んだとしても、これでは今日の予定は返上に……」




 今日は久しぶりに、例の紙束の修復作業を試みることにしていた。魔法陣を描くので、地面が濡れていると上手く描けなくなってしまう。






「いや……濡れたら乾かせばいいんだ。強い炎で炙るように……」




 火属性の魔法が得意な奴といえば――


 先日蔓を一斉に燃やし尽くした――




「カヴァス。この雨が止んだら、伝令を頼む」

「ワン!」

「それまでしっかりと揉みほぐしてくれよ」

「ワオン?」

「何のことかな? じゃないんだよ……」











 それから二時間後。






 いつもの島に五人で集合。アーサー、ヴィクトール、ハンス、サラ、






「うぐっ……」

「何だ貴様。猫背になっているぞ」

「……悪いな」


「珍しいわね、腰をやってるなんて。アナタも湿布族?」

「貼ってないぞそのような物は。カヴァスに何とかしてもらった」

「湿布が害悪な物体のような言い方は止めろ」

「害悪だろうが。臭いんだよくそが。んでだ」






 ハンスは五人目――ルシュドの方を見遣る。


 彼は状況が飲み込めてない様子で、ぽかんとしていた。






「急に連れてきちゃって悪いね」

「いい。友達、おれ、大事。でも、何、する? おれ、知らない」

「説明しなかったのか?」

「実際に見てもらった方がいいと思ってさ。塔の中だと、誰に聞かれるかわかんないし」

「一理あるわね」


「じゃあいいかルシュド、今俺達はこのようなことを行っている――」




 紙束の復元と、アーサーの意向で秘密裏に行っていることを伝える。




「……ふんふん」

「理解した?」

「うん。難しい、こと、やってる。そして、言う、誰か、それ、だめ」

「上出来だ」




 普段から魔法陣を描いている場所を、ヴィクトールは指で差して指示する。




「では早速仕事をしてもらおう。この辺りに魔法陣を描いているのだが、今日は天気雨が降っていたからな。故に貴様の炎で乾かしてほしい」

「おれ、炎、得意。やる!」






 ルシュドは大きく息を吸い込み――口から炎を吐き出した。


 熱が瞬く間に水分を蒸発させていき、ものの数分で見事に乾き切った。








「凄いわねえ。まるで本物の竜みたいだわ」

「えへへ。覚えた、最近」

「というか本物の竜族ではないのか?」

「!?」

「冗談だ」




 地面が乾いたのを確認し、ヴィクトールとサラは魔法陣を描き出す。


 その隣で、ルシュドが不安そうにアーサーとハンスに耳打ちする。




「皆、知らない……おれ、竜族、本当……」

「そうだな……言うタイミングはいつでもいいと思う。一年以上の付き合いだ、そういうことだって受け入れてくれるだろう」

「何? きみも知ってたの?」

「ガラティアに旅行に行った時に偶然出会ったんだ。ハンスも知っていたのか」

「魔力構成が人間じゃなかったからねえ。それでぼくは気付いた」

「エルフらしいな」

「ふふん……」




 ハンスが得意気にしている所で、魔法陣が完成した為会話を切り上げる。






「今回は五人いるからな、八分魔法陣を使うぞ。主君五人の他にナイトメア三人だ」

「カヴァス、行くぞ」

「あとはサリアも入れてあげるわ」



 カヴァスは一吠えし、サリアは手元の花を回して返事を行う。



「……??」

「この魔法陣の中に入って、魔力を紙束に供給するんだ。手をかざすだけでいい」

「おれ、できる?」

「というか貴様も頭数に入れたのだが」

「うう……」

「はいはいそういうことだからね。で、ジャバウォック。きみがナイトメア三人目ね」

「合点だぜ!」






 こうしてそれぞれ位置につき、魔力の供給が行われる。








「……どうだ?」

「ああ……」

「わあ、きらきら。凄い」




 いつものようにアーサーは紙束を手に取り、復元箇所を確認する。


 しかし今回は手に取った時から感触が違う。




「普段はここまで輝かないはずだが……っ」

「どうだ?」

「……多い。数頁に渡って復元されている」

「まじで?」


 

 ハンスもサラも顔を出して覗き込む。



「これはどういう現象なの?」

「……恐らく魔力回路が密集していた部分があったのだろう。そこに魔力が通され、連鎖反応を起こした。鉱脈を掘り当てて金銀が出てくるものだと思ってくれればいい」

「じゃあ、今日は大漁って解釈でいいの?」

「おれ、わくわく!」




「よし、じゃあ早速読むぞ」

「その前に洞に入らないか。流石にこの暑い中、わざわざ外に出てあれこれする道理はないと思うのだがな。どうだ、俺の意見は正論だと思わないか」



 やや早口で喋るヴィクトール。そして彼の足は、すーっとなだらかに洞に移動していっている。



「……まあ要はお前自身が洞でやりたいと」

「そうとは一言も言っていないが」

「アピールが露骨すぎんのよ。でもま、悪いことじゃないしね。行きましょ」

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