第197話 出立準備
ガゼル、クオーク、シャゼムの三人はゼラの店を訪れ、積み荷の準備を行っている。店から学園に対して、支援物資として送るものだ。
「にしてもやーっとお前達も初めての対抗戦かい。やれやれ、入学の時期が悪いと死んでいい好機を逃しちまう」
「ばあちゃん、これはどこに……い゛っ!?」
シャゼムの持ってきた物を奪い去り、ついでに平手打ちを一つ。
「これはあたしの下着だ。勝手に触ってんじゃないよ」
「あたしのって、売り物だろこれ」
「旅行には新しい下着を持っていくものだろ?」
「え……ゼラさんも来るんですか?」
「折角孫の勇姿をこの目に納める機会なんだからねぇ。ついでにリネスにいる友達にも会うつもりだ」
懐かしむようなゼラの顔を、いつの間にか三人は覗き込んでいる。
「……ヴー、ヴァンッ!!!」
「ひいっ!! ごめんハワード!! あとばあちゃん!!」
「ふん、わかってんなら手を止めずにさっさと働きな!」
「働けって……びた一文も出さねえくせによぉ……俺だけ帰ってもいい?」
「逃がさないぞぉ生徒会役員君?」
「堪忍してくれよぉ~……」
こちらはグレイスウィル騎士団管轄区。寮一階の団長室を中心に、対抗戦に向けた準備が着々と進められている。
「カイル、ウェンディ、ダグラス、レベッカ……以上、帝国暦一〇五七年度入団者二十九名。彼らが入団したのは四年前だから、対抗戦は二回目の参加か」
「そうなりますね」
「因みに君は何回目だ?」
「自分は四回目になりますかね」
「じゃあ結構参加しているんだな。どうだ? 学生達の戦闘を見ながら防衛ラインを警備する業務には慣れたか?」
「慣れました。でも、毎年楽しいと思った頃には終わっちゃうんですよね」
「ははは、わかるよ」
「にしても今年は時期が悪かったなあ。アルベルトの奴がいたら、喜んで準備をしてくれるのに」
「今はドーラ鉱山でしたっけ。駐屯業務も大変ですよね」
「私も若い頃はな~。各地を転々としていたんだよな~」
「懐古してないで手を動かしてください」
「へぇい」
机に並べられた書類に目を通しながら、ジョンソンはてきぱきと確認を進める。
「失礼します団長。カイルです」
「お疲れ様。して、用件は?」
「発注の件です。基礎魔法草の在庫が切れていたので行おうと思いまして」
「んーあー……どこに?」
「アリクソン商会です。地上階から産地直送ですよ」
「それはいい心がけだ。んじゃ書類ちょうだい。ちょちょいと捺印するから……」
「団長! お疲れ様です! ダグラスです!」
「お疲れ。して何用だ?」
「はい! 重装部隊が用いる鎧を磨き終えたんですけど、どこに置いておけばいいですかね?」
「えーとそれは第一階層の港に……じゃないな。重装部隊の鎧は大きいから、一旦別の所に置いておこうってことになってたんだ。確か重装部隊の倉庫前って言われていたはずだ」
「了解しました!」
「だ、団長~! 大変ですぅ~!」
「団長室に入る時は名乗ってから入ること」
「し、失礼しました! ウェンディです! あの、寮の裏庭から凄い物が掘り出されてしまって……!
「具体的には?」
「黒いノートです! 闇属性の結界が張られていて、物々しい雰囲気で……!!」
「あ~……それユンネの持ち物だな。まあ処分していいぞ」
「え、でもユンネ先輩の許可は……」
「必要ないから埋めたんだろ。いい機会だ、火にぶち込んで存在を抹消してしまえ」
「わっ、わかりました!!」
「失礼しますわ、ジョンソン様……」
「ふぁっ、ふぁい!!!」
鼻の下を伸ばして立ち上がるジョンソン。おかげで書類がいくつか散らばった。
「レ、レオナ様! ご機嫌麗しゅうでございます!」
「うふふ、お仕事お疲れ様ですわ~。学生の皆さんが対抗戦に打ち込んでいけるのも、貴方達騎士団の皆様が頑張ってくださっているからですわね!」
「そそそそそれは感無量でございます!!」
しゃきっと背筋を伸ばすジョンソン。一緒に作業をしていた騎士は、狐につままれたような顔で行く末を見守っている。
「とっ、ところで! レオナ様、対抗戦の予定は如何程でございましょうか!?」
「勿論観戦に向かいますわ。武術部の皆の戦いぶりを目に焼き付けておきたいですもの~」
「そそそそうでございますか! そ、それでしたら――」
「武術部のハスター先生からお誘いを受けていまして。特等席を用意してもらいましたのよ~!」
「う゛っ」
胸を抑え込みたい衝動に駆られるジョンソン。そんな彼を横目に、レオナは机に箱を置く。
「……あ、あの?」
「マフィンを焼いてみましたの。わたくしからの差し入れですわ。お仕事頑張ってくださいね~」
「はっ! ありがとうございます!」
「ではわたくしはこれで~」
見るも見事な直角お辞儀。レオナは気にも留めず団長室を後にしていった。
数秒後、ジョンソンが震えながら頭を上げる。
「……オレサマハスターゼッタイユルサナイ……」
「また団長の敵が増えたよ……」
「ハスター先生って黄色いスカーフの人でしたっけ? 結構ハンサムで女性人気も高い「ちょっとおまっ「ぐほおおおおおおおおおおお」
「……言わんこっちゃない。団長の精神にダイレクトアタックだ」
「……ハッ、クスン!!」
「先生? 風邪ですか?」
「いや……」
ハスターが鼻をすする隣を、ロシェがひらりと飛んでいく。
「いーっすリリアン。これ、参加生徒の名簿な」
「ありがとロシェ」
「どってーことはねえ。んで……」
ロシェはハスターを見上げ、怪訝そうに見つめる。
「なぁんで俺達三年四組の担任がこっち来てるんすかねえ」
「リリアン達が困っているかなって思って来たんだぞ?」
「いや、他にも三年生いるから大丈夫だし。大体お前生徒会担当じゃないだろ」
「おっと、生徒会室には関係者以外も訪れてよいのではなかったのかな?」
「お前がここに来てるのが不自然だって――「はいはい落ち着こうなぁ……」
ロシェとハスターの間にユージオが割って入る。
「というのも先生、武術部顧問じゃないですか。そっち行かなくていいんですか?」
「ん? それならさっき見に行ったぞ。大変元気そうに訓練に励んでいたよ」
「そ、そっすか。え~っと……おい、アザーリア!」
「お呼びになりまして~!?」
アザーリアが座ったまま首を伸ばす。勢いで髪が揺れた。
「そっちはしおりの製作だろ!? ハスター先生が手伝ってくれるって!」
「まあ、それは大変助かりますわ! お願いしますわ~!」
「……つーわけです。先生は向こうの手伝いをお願いしますね!」
「……」
ハスターはリリアンに目を向けるが、彼女もまたアザーリアに視線を向けた。お願いしますという無言の圧力だ。
「……わかった。私は向こうを手伝ってくるよ」
「お願いします先生~!」
ハスターが完全に向こうに行ったのを確認してからユージオは――
「……お前、何でハスターにはそんなに」
「見りゃわかるだろう。それに噂もある」
「……」
ロシェとユージオの視線の先には、アッシュと共に生徒の確認を行うリリアンがいる。
「……いや、全くわからん。二人は単に仲が良いだけじゃないのか?」
「じゃあいいよ。お前は知らないでいい」
「知らないでいいって……」
「お前はお前の立場で、あの二人に関わってくれや」
どすんと紙の束を机に置く。ロシェの懐から、鼠が一匹そそくさと出て行った。
「……」
慌ただしい様子の学園やその他関係者。
「……」
その様子を見ながら、ヴィクトールは静かにほくそ笑む。
「あっ、何だよヴィクトールここにいたのか」
「……」
生徒の一人が紙を振りながらこちらに走ってくる。散々見慣れた生徒会役員、同学年の生徒だ。
「……何用だ?」
「いや、出発直前にもう一度確認しておこうかなって思ってさ。ほら、お前が考えた戦略!」
生徒は手に持っていた紙を押し付けてくる。
「……どの辺りが訊きたい?」
「えーと、中盤付近。ここの動き方……前進でいいんだよな」
「……ああ」
「でもこの辺りって、開始一時間でそこそこ疲れてる所だろ。休憩とかしなくていいのか?」
「それは敵も同じことだ。安心しろ、後方にも部隊を控えさせておく。彼らを動員すればいい」
「そうか……はぁ」
生徒は溜息をついて、頭を掻く。
「試合時間三時間……正午から午後四時まで。その間ずっと動きっ放しってのはなあ……」
「貴様は参謀だから本拠地だろう」
「頭動かすのだって疲れるんだよ。こちとら普段から頭動かしてるお前とは違うんだよ」
「そうか」
「そーゆーこと! んじゃあ疑問も解消されたし、俺戻るわ。お前も早く戻れよ、人手がいるに越したことはないからな!」
片手を軽く上げて、生徒は小気味よい音を立てて階段を降りていく。
「……」
所詮は偽りの策。そこまで気に留める程ではないのだが。
それでも無意識のうちに、奴のことを考えてしまっていた。
奴は懇切丁寧に策を練る。まるでチェスの一手を打つように。
だから、それを承知で堂々と攻め込んでやれば――
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