第89話 決戦への誓い
ホール3の向こうに広がる、確率次元の異なる宇宙に浮かぶ地球では虫が大躍進を遂げて支配的な立場になっているかもしれない。
そしてもし ――節足動物にそういう事が可能なのかは定かではないが―― その中でも知的進化を遂げた霊長種がいるならば、いうなればその蟲人族を
『アイシップ?』
エースは訊き返した。
『そうだ。Insect with Super Intelligence and Power。略してI-SIP』
ふぅーん、とエースは歯牙にもかけず応えた。
彼の中ではあまり
『しかし――』エースは今度はシリアスに言った。『…そう並べて言うと槍使いも俺達と同じようにホールの向こうの地球から来た、と考えたくなるな』
その通りである。
『俺も
『…いや、そうじゃない』エースは窓の外に広がるセコイアの樹海を眺めながら言った。ちょうど家畜のデメテルサウルスの首がニョキッと伸び出て来るタイミングだった。『宇宙はすぐ、無限とかゼロとかを言い出すだろう?』
『ん?』
『三つ…という有限である理由の方が無さそうだ。もしかしたら、ホールは…』
『おいおい…!』レオは苦笑しつつ、背中に冷たい電撃が走るのを感じた。
だが、あり得ない話ではない。もしホールが何個も存在して、様々な確率次元(可能性)の地球が交差する事になったら……。それはまるで、子供達が想い想いに描いた地球の絵を千枚通しで束ねたような状態だ。
緑色の海を持つ地球、土星のような円環を持つ地球、大気圏を貫くほどの高層建築がそびえる地球…可能性という子供達は自由で容赦の無い発想で地球を描く。そして自分達は、その絵から絵へと千枚通しの穴を通して移動する蟻のようなものなのだ。
『仮定の話だ』そう言うと、エースはため息まじりに天井を見上げた。今日は天井を仰いでばかりだ。あまりにも自分達の手の及ばない出来事が山積している。『原子の構成が何故か三つであるように、ホールは三つで終わりかもしれないしな』
『まぁ…』
こういうとき性格が出る。
端的に言えば、レオは心配性でエースは楽観的だった。
だが同時にエースは日和見主義的クールを装っていても、内心はアツい男であった。こうした少年漫画的なアツさを帯びる男の特徴は‟起きた出来事を抒情的に振り返る”という点が挙げられる。その論法は良くも悪くも自分と周囲を奮い立たせてしまう魔力が備わって、その話を紡いだ者も聞いた者も両者を盲目的にヒロイックな行動へと駆り立ててしまうのだろう。
別に意図的ではないのだが…エースはその典型というような述懐を始めた。そう、抒情たっぷりに。
『あのとき…月の空は岩で覆われていた。エイリアンの二匹目を討った後だ』レオは無言のまま視線だけで「え?」と聞き返した。『空の…宇宙の黒が二割で、あとの八割は青だ。地球の青だった』
『彼らの地球か…』
『
天井を見上げる彼の眼前には、月の平原で見上げたあの空を被わんばかりの見知らぬ地球がフラッシュバックする。視界の八割も占領し、今にも落ちてきそうな地球。
『俺達と同じ母親だからこそその偉大さを知っている。荘厳な山脈を持ち、遥かな海を持ち、雄大な森を持つ。そこには多種多様な生物が息づいている』
『ああ』
『だが…!そこに住むのは俺達が知らない生き物なのさ。全て』
『たしかに』たしかに、とレオは頷いた。かつて自分が住んでいた家に今は他の家族が住んでいるような不気味さがあるな、と彼は思った。
『そしてその
レオはいよいよ相槌を忘れて聞き入った。
『恐ろしい光景だった…。俺はそのとき、月の砂漠にポツンといるというのに閉所恐怖症みたいになってしまって空から目を背けたんだ。空が落ちてきて逃げ場が無い感覚に陥った。だが…』
『だが…? どうした?』
『だが、今は違うぞ。レオ』今はもう、澄み渡る諦念と燃え猛る戦意でその偽りの地球を睨み返す事ができた。もう心をかき乱される事はない。『恐ろしいと形容できるだけ対抗できるはずだ』
――来るなら、来いよ。
エースは、その最もシンプルな言葉で決意を迸らせている。
『そうだな』レオもまた頷いた。『
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