第561話 月面車のベストデザイン
ゴールデンスキンが駆る
シャコか、あるいはエビとカニを足したような形状の愛嬌のある月面車で、大きさは電車一両より一回り小さい大型のキャンピングカーほどだ。車で言うなら車輪に相当する器用な脚を5対、そこに作業用アームとなるパワフルで繊細な腕が2対加わる。(調べると実際のシャコは19対、38本もの足があるらしい。完全に余談だが海にいるから“食材”として許されているが、改めて見るとかなりアレな見た目をしている…。シャコが冷蔵庫の下からササッ!と出てきたら卒倒するだろう)
この月面車は整地ではタイヤを持つ車に速度で負けるし、専門のクレーンより物を持ち上げるのも苦手だし、専門のトラックほど物資も運べないが、逆にそのすべてができる万能マシンだ。思い出せば拝樹教徒は毛のないマンモス「コロンビアマンモス」を同じ役割で使役していたが、それが示すように万能を目指す生物的なデザインになるのだろう。拝樹教徒は「象」を使い、海底人は「機械仕掛けの巨大シャコ」を使うのだ。
なお、このビークルはシャコという生物の形状に収斂している通り決定版のデザインであり、シーラカンスのように7万年経った今でもほぼ形状を変えずに
――――――
そんな月面車がいま、まさに錯乱したエビのようにビョンと飛翔した!
左右合計で10本の脚が一挙に車体を押し上げ、それと同時に4本の腕がタコのようにガバッと開いて獲物を狙う!もちろん獲物とは上空のマザーマンタから降下してくるセイバーモノクロームだ!
[ぬぅん!]
ゴールデンスキンは「死ね!」と言う代わりに気合いの一言で歯を食いしばる。月が低重力だからといって突然の速度変化、つまり急加速によるGは変わらないのだ!もし月に(未成熟な
それほど強烈な
[あれは!?]
[どうした?]
いや先に、ではない。モノクロームは自分に迫る月面車に最後まで気づけなかった。月面車はいまモノクロームの目の位置を計算し、そこから見えるだろう風景を自身の車体に映し出すことで完璧に透明化しているからである。だがその無敵の機能も所詮は既知科学による力業だった。四次元に隠れているとかそういう事ではない。仕組み上、誰に対しても透明化できるわけではないのだ。違う位置から見るとそれは、ただの歪んだ絵になるのである!
[間に合え!]
ガンドルフィンは下方向にワイヤーガンを放った。
もちろんこのワイヤーは地面までは届かない。白兵戦でジャンプし過ぎたときに早く着地するためなど、そういう用途の装備でありスカイダイビング中に何かをするためのものではないからだ。何を狙ったのか、それは――
[痛たっ!!]
ワイヤーガンの矢じりがモノクロームの背中に刺さった。ワイヤーと矢じりの運動エネルギーは月面鎧を貫通しながら発散され、モノクロームの体をかすかに下方に押し下げる事になった。
[貴様!何を――!]
モノクロームが、自分の上方にいるガンドルフィンに罵声を浴びせようと空中で体をひねったその時だ。
グワッ!!
強烈なGが彼の体を揺すった。背中に刺さったワイヤーが斜め上に引っ張られ、トルネードに巻き込まれた木の葉のように彼の体を中空に放り上げたのだ!
[ぐっ…な、何事だ…!!]
脳震盪で一瞬ブラックアウトしたが、伊達に海底人ではない。平地で進化したホモサピエンスの脳より上下の揺れに強いのだ。
[しゅ、襲撃…で……!]
ガンドルフィンが呻きながら言ってから意識を失った。
[おい!!?]
見れば、月面だというのにまるで宇宙空間のように天地がぐるぐる回転していた。しかも二人の回転は逆で、5秒間隔で真横をすれ違うような奇妙な動きになっていた。つまり二人の体はワイヤーに繋がったままであり、アメリカンクラッカーのように振り回されている恰好だ。
インパクトの瞬間を図解すると(皆さんのデバイスで正しく表示されることを願う…)モノクロームはゴールデンスキンの月面車による奇襲を間一髪で躱し、下記のように二人を繋ぐワイヤーの間にラリアットの空振りを食らったわけだ。
ドルフィン
|
|
月面車の腕→ |
|
モノクローム
ゆえにモノクロームは時計回りに、ガンドルフィンは反時計回りに振り回されていた。しかも腕が突っ込んだワイヤーの位置的に半径はガンドルフィンの方が長く、さらにモノクロームの
[くぅ…!何奴!!]
モノクロームは縦回転で振り回されながら何とか藻掻いた。だが――
[まずい!!]
視界に飛び込んで来たのは、残り三本のロボットアームであった。
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