第160話 次元震

 白兵戦が近づいてる。


 人類が月に送り込んだ77名の揚隊に対し、サウロイドの基地は宿ほどの規模でありながら、戦闘員はわずか18名しかいなかった。

 人数に対し、想定され得る戦線が広すぎて、守り辛いことこの上ない。


 だから司令官のレオは、基地の80%を占める研究施設や拡張予定地を捨てる事を視野に作戦を考えようとしていた。罠でもしかけたうえで誘い込むか――と。

 しかしそんなレオに、思わぬ吉報がもたらされることになる。


――――――

―――――

――――


『室長。ホールの表面温度(エントロピー)が下がっています』

『なに?援軍が来れるワケないのだが』

 C棟の末端、次元跳躍孔ホール封印牢は極めて頑丈な作りだが、唯一、部屋の一辺は強化ガラス張りになっていて、そのガラスの向こうには監視室がある。

 監視室には二人の研究員が居て、彼らは窓越しに怪訝そうにホールを検分した。

『いや、しかし誤差ではなさそうです』

「定期便にしても早すぎるが?』

 とそのとき、ビビッとそのガラスが震えた。

『やはり』

 監視室の二人の研究員は顔を見合わせて頷いた。

『ああ、か。誰か来る』


 どんなにガラスを強固にしても、次元震は普通の震動と違って防ぎようがないので監視窓が揺れるいつもの事だ。いや、それ以前に部屋全体が揺れる。空間自体が微震するのだ。

『この忙しいときに…』

 それゆえ研究員の二人も、特にガラスが揺れた事には驚かない。いつもの事だから宅配ピザが来た…ぐらいの対応であった。

『扉のロックをかけろ』

『はい』

 本国側のホールが何者かに占拠されて、敵対者(テロリストなどサウロイドの世界にはいないのだが)がこちらにワープアウトしてきた場合の備えとして、ホールの部屋を封鎖するのが一応の段取りになっているのだ。形骸的なものであるが。

『ロック完了』

『さぁ…悪運の持主は誰だ?こんな時に来るなんて、よほど運が無い』

『将軍だったり…』

『いやぁ、あの人は幸運の持主さ』


 そうこうしているうちに次元震が収まったかと思うと、その刹那――

 ホール潜行用の耐冷スーツに身を包んだ男が一人、同じくホール潜行用の1立方テイル(1テイル=1メートル)規格の携行ボックスを抱えて飛び出してきた。

 ホール潜行用のスーツは耐冷(ホール表面は絶対零度だが、極薄なので熱容量的に大した事はない)以外に酸素マスクの役割しかない軽装備だがバイザーの色は濃く顔は見えない。

 それでも尻尾がないのでラプトリアンではなく、サウロイドと分かった。


『誰だ?軍籍を』

 研究員の一人が椅子から中腰になって、監視窓越しに問うた。

『いや博士。

 すると、その男はヘルメットの両側頭部に手をかけながら応えた。

 男が力を入れると、キュッとヘルメットとジャケットを接続しているリングが外れ、それと同時に首の回りにできた薄膜の氷がポテトチップスのように小気味よく砕けた。

『俺だ。エースだ』

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