第159話 神の演算回数について、サウロイドは語る
敵月面基地の制圧作戦は進行している。
その先鋒たる揚月隊80人を載せた20機の
渓谷を自然の塹壕にして敵の基地に近づくためだ。
しかしネッゲル青年を載せた降下棺M-7は月の大気の影響で進路を狂わされ、あろうことか見通しの良い高原に降着してしまったのである。このままでは、敵の
「跳べ!」
そんな状況にあって、ネッゲル青年は即断した。
グランドキャニオン…と呼ぶにはあまりに貧相だが、月にしてはかなり雄大なムーンリバー渓谷の崖に向かって、パラシュートも無くただただ身投げする……そんな決断である。
「り、了解!」
レールガンの餌食になるよりはマシだ、と部下たちもヤケっぱちに走り出した。そして―――
――ザッ!!
牧歌的なアクション映画のように、4人の男たちは空中で大の字になりながら谷底に向かって大きくジャンプしたのである。
これが、月降下棺M-7の班は降着の一幕である。
こうしたドラマがM-1~20まで、あと19班で行われた。
民間人用の
いずれにせよ、多少の事故はあったが総員80名中・全員生存なのだから人類初の月降下作戦は概ね成功と言えよう。
こうして、舞台は整った。
人類は77名の屈強な戦士を敵地(つき)に送り込むと、いよいよ白兵戦を挑もうとしている。
――――――
―――――
――――
サウロイド基地が有す次元跳躍孔を、通称「ホール1」と呼ぶ。
ホール1の‟ムコウ”と‟コッチ”では確率次元(P)が異なるという事は以前説明した。
ホール1のムコウは恐竜が絶滅しなかったという確率宇宙の地球のイベリア半島であり、コッチは絶滅した確率宇宙の地球の月の靜の海である。
ここで、少し分かりづらいのは「位置」も違う事だ。
だが、途方も無く広大な宇宙において地球と月の距離は誤差も誤差であるのは納得して頂けるだろう。言い換えれば「距離次元(X,Y,Z)」のズレはゼロと見なしてよいので、端的に「ホール1」は確率次元が異なる世界(共益の点)を繋ぐ穴と言えるわけだ。
そう考えると――
「ホール2」の方は時間次元が、「ホール3」は距離次元が異なるのでは?
という発想が生まれてくるが……ここでは置いておこう。
いまは、サウロイドと人類の初戦にフォーカスしたいからだ。
閑話休題。話を「ホール1」に戻す。
このホール1を通過すると、もう一つ「生物の尺度」でいうと不思議な事が起きた。
それは、時間がだいたい11時間ほど飛ぶのである。
時間が飛ぶといってもムコウからコッチに来るときには時間が進み、コッチからムコウに行くときは時間が逆行する…といった大層な時間跳躍(タイムリープ)ではなく、単にホールに入って出てくるまでに11時間が経過するというだけだ。
これはさきと同じ話で、宇宙の尺度で言うなら11時間などは誤差の誤差なので、ホールのムコウとコッチは同じ時刻(T)であると言えるのだが、そんな誤差も有限の時を生きる我々にとっては無視できる時間ではない。
なにせホールをくぐると、まるで飛行機に乗って爆睡したかのように、気付かぬうちに11時間が経過してしまうのだから不便この上ない。
なおこの原因は、サウロイドの物理学者達によれば「宇宙の演算速度の限界値」という説が有力だ。
にわかには信じられないが、たとえば光が進むのは
「電場が磁場を生み、その磁場が電場を生み、またその電場が……」というように文字通り鎖のように‟場”が連鎖して進んでいるが、ご存じの通り光の速度は有限である。
理論上、その連鎖は「同時」に「無限回」起きるはずなので光の速度(1秒に進む距離)も無限のハズだが、実際はそうではないのだ。
この事をサウロイドの物理学者は、宇宙(か、あるいは神)の演算速度には限界があるためと考えている。単位空間(プランク立方体という最小の空間)の中で、これまた単位時間(それ以上分割できない最小の時間)あたりに格納可能な変化(あるいは現象)の回数は1回なのではないか、というのは彼らの説だ。
まぁ、彼らの説が正解なのかどうかはおいておくとして……。
現実問題として、ホールを通過してムコウからコッチの宇宙に跳躍する場合、それは本来は一瞬で行えるはずなのだが、宇宙に演算速度の限界があるゆえに「まるでゲームで別のマップに移動したときにローディングが走るように」11時間が経過してしまうのだ。
よって、人類の揚月部隊が基地に潜入せんとする今、月面司令のレオが本国(彼らの世界線の地球)に増援を要求しても、要請を伝える使者が移動するために11時間、増援部隊が移動するのに11時間で約一日は遅れてしまうのである。
つまりサウロイド勢力は、いま月面基地にいる18人の戦闘員(研究員は40人以上抱えているが)で人類の揚月隊77人を相手にしなければいけないのだ。しかも守るべき月面基地の総床面積はホームを除いた新宿駅ほど広大で、基地への侵入を許さない…というは不可能と断言しても良いほどである。
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