第158話 月の渓谷に跳べ
人類の宇宙艦隊が放った20機の
だが運の悪い7機は月の大気の影響を受けて煽られ、渓谷の目前の高原に着陸してしまった。ティファニー山の山麓である。
敵の基地の臨む山の斜面に着地してしまったのだから、もし敵の基地の大砲でもあったならこれは格好の的である。まるで縁日の射的か、バラエティ番組の雛壇のような無様をさらしてしまっている。
一刻も早く、渓谷という自然の塹壕の中に隠れねばならない――!
「下がれ!」
横転した
「というと!?」
すでに降下棺の外に出ていた3人の部下は困惑した。
ワンドアのコンパクトカーの後部座席から車外に出るときのように、狭い船内を芋虫のように張って、横転しているチェンバーの上側、つまり土に埋まっていない方のドアから外に出るのかと思いきや隊長が「下がれ」と言ったからである。
「下がるのだ!」
「は、はい!」
部下たちはネッゲル青年の気迫に押されて頷くしかできなかった。と――!
「ぬん!」
次の瞬間、ネッゲル青年はロックを外した扉の上に立つ(横転している形なので扉は地面に接している)と、降下棺のフレームに手をかけそのままリフトアップしたのである。
ゴゴゴ……
棺は割とサッと持ち上がり彼に踏みつけにされている扉は、ある一定のテンションを超えたところでパシュと外れた。
すこぶる構図が分かり難いので補足する。
たとえば自分が小人で段ボール箱に入っていると想像して頂きたい。もしそこから脱出したいというとき、アナタはどうするだろうか?普通なら頭上の蓋を観音開きにして出ようとするだろう。しかし青年は違った。足元で床になっている蓋の方を破壊し、自分は動かず段ボール箱全体を持ち上げて投げ飛ばしたのである。
月降下棺の全重量は約200kg、月の重力化では33kgしかないので持ち上げること自体は大した事ないのだが、その勢いがただ事ではなかった。蹴破る用の扉がさすがに硬く、それを破壊するため彼が力んでいたせいもあって、扉が外れるや否や勢いあまってポーン!と必要以上に高々と放り投げてしまったのだ。
昔「ガロンスロー」という、力自慢のアスリートがいかに高く
軽自動車ほどの月降下棺が、野球のフライのように打ち上がる。
月とはいえ、さすがに部下の全員が絶句した。
「――っ!?」
「来い!」
しかし当のネッゲル青年はケロリとしていて、すぐに現実に戻っている。いますべきことは、渓谷に飛び降りる事だ。
「飛べ!」
そう言うと、彼はもう渓谷(というにはかなり切り立った崖)の方へ走り出していた。そうだ、ここはティファニー山の高原で敵の
「り、了解っ!」
部下達はそう復唱すると慌てて彼の背中を追った――。
グランドキャニオン…というにはあまりに貧相だが、月にしてはかなり雄大な渓谷に向かって、パラシュートも無くただただ身投げする。恐怖以前に月面服を傷つけるかもしれないので推奨される行動ではないが、レールガンの餌食になるよりはマシだ。
ザッ!!
全員が谷に向かって大きくジャンプした。
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