第161話 たった一人の増援(前編)

 C棟の先端、次元跳躍孔ホール封印牢に次元震が走った。

 本国(サウロイドの確率次元の地球)から何者かがワープアウトしてきたのだ。


『誰か?軍籍を述べよ』

 封印牢の四方の壁のうち一面は監視窓になっていて、その窓越しに研究員がワープアウトしてきた男に問うた。

 男は潜行スーツを脱ぎながら、訳もなげに応える。

『いや博士。俺だよ。エースだ』

『エース!?』

『おいおい、もう怪我は良いのか?』


 エースという発音は、我々には(撃墜王としての)ACEが想像されて、それを自称しているようで少し笑ってしまうが……これは彼の本名であるので仕方がない。もっとも実際のところは人間には発音できない名前であり、便宜上カタカナで「エース」と著しているにすぎない。サウロイドは頬が人類ほど器用でないために破裂音を持たないが、一方で喉はえらく器用であるので、名前一つとっても音感が独特なのである。


『なんで来たんだ?』

『もっと歓迎されると思ったぜ』

『こっちはヤバいんだ』

『なんだって?』

 そんな会話をしながら、研究員は封印牢へやの扉のロックを解除する操作を行い、最後の手順まで進んでから、思い出したように一言、確認した。

『あ、危険物はないな?』

『もちろん。大丈夫だ』

 ホールの‟こっち”と‟むこう”は、まったく別の宇宙のため通信(※)はできない。そのため事前に「〇〇を送ってくれ」「〇〇を持っていくぞ」といった連絡はできず、このように対面してから初めて確認する形になってしまうのだ。


 ※電波通信はダメだとしても、ドラえもんの「通り抜けフープ」のようにホールの中をケーブルを通せるのではないか、と思うがそうでもないのだ。ホールの中は先述の通り簡単な耐寒服(潜行スーツ)で通過できるほどなので、ケーブルの耐久性はまったく問題ではない。

 問題はホールをくぐるには、いったんという点にある。

 ドア、鳥居、門、暖簾のれん、通り抜けフープ……我々の世界ではの形態と概念を持つが、ホールはそうではない。ホールはという我々の空間認識を超越した存在なのである。三次元の門を通過するには、三次元的にその門の中に収まる必要があるのだ。


 封印牢の厳重な扉が開き、エースはつかつかと研究員達のいる監視室の方へ入ってきた。

『おお、絞ってきたな』

 研究員もリラックスした様子で応対する。まるで久しぶりの飲み会に遅れてきた悪友に応じるような雰囲気だった。

『うん、潜行スーツ越しにも分かるぞ』

『リハビリがてらに走り込んだ』

 エースはヘルメットだけ外し、体は潜行スーツのままだ。潜行スーツの表面の薄氷は溶け、水が滴り始めていた。


 彼らのやりとりは、神秘というに等しいホールにも数刻もすれば人は順応できてしまうのだ、と気づかさるものがあった。赤ちゃんが重力という普遍的な世界の法則を受け入れるように「そういうモノだ」と慣れる力が生物の特性そのものなのだろう。


『まぁ。どうせ二週間もすればここの重力のせいで鈍っちまうがな』

 エースは力こぶを作るジェスチャーをして見せた。力こぶと言っても、人間と違いなのがサウロイドらしい。

『いや。エラキ大尉が改良したトレーニングは良いらしいぞ』

『それだけ絞ってあれば、一ヶ月は持つだろう』

『そうかい?』会話しつつ、エースは潜行スーツを脱ぎ進める。『ところで、ヤバい、っていうのはなんだ?』

『ああ、お前の悪運が尽きないって話だ』

『ん?』

『実は攻撃を受けたんだ。

『なにっ…?』エースの、スーツを脱ぐ手が固まった。『だが、まだ本国には連絡が来ていなかったが……あぁ、そういうことか』

「そうだ、攻撃が始まってまだ3時間も経っていない』

 先述の通り、ホール間移動には11時間がかかる。

 人類からの攻撃を受けるや、それを伝えるべく即座に使者を送ったものの、本国がそれを知るにはまだまだ時間がかかるのだ。

『こっちからの援護要請の使者とお前は、入れ違いになったんだろう』

『早く言えよ…!無駄話をしている場合じゃなかったろ?』

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