第232話 捕獲された宇宙人として目覚めること(前編)
ネッゲル青年が全身をベッドに縛り付けられた状態で意識を取り戻したとき、彼の仲間の揚月隊とサウロイドの白兵戦はすでに始まっていた。
その戦いの趨勢については、ネッゲル青年どころか彼を取り囲むサウロイドの研究員達も知る由もないが…少し時間を
――――
まずサウロイド達は敵の侵入を水際で阻止すべく、基地の前面に虎の子である11名のTecアーマー兵(戦闘用の宇宙服を着た精鋭)を配置した。
対する
全員で突貫すれば正面突破も可能だったかもしれないが、ここは戦闘上手なホモ・サピエンスである。Tecアーマーと闘う前面にはノリス率いる28名を本隊として残し、その本隊が岩に隠れて牽制射撃をするなどしてお茶を濁している間に残りの22名(7小隊)を分散させて基地の手薄な
これには、さすがのTecアーマー兵も防ぎ切れない。
なにしろ、月面で戦える者が11人しかいないのに守るべき基地が広大すぎるのだ。Tecアーマーがせめて30着も完成していれば、
ともかく。
こうしてサウロイドの水際阻止作戦は呆気なく瓦解する事となった。
無防備なエアロックを見つけた4人のホモサピエンスは、その厚い扉をグレネードで吹き飛ばすと、易々とサウロイドの基地の中へと侵入を果たしたのである。そして彼らは
そうやって彼らがウィルスのように基地の内側から破壊活動が始めようという、ちょうどそのときネッゲル青年は目を覚ました。
「…こ、ここは…?」
彼はいま敵のサンプルとして研究室のベッドに全身をガッチリ拘束されている状態であったのだ!
――では、ネッゲル青年のいる研究室に話を戻す。
『あら…』
エアロックから遥かに離れた研究室に居ながら、ゾフィは鋭敏に何かを察知した。
『なにか?』
隣に立つ研究主任のラプトリアンが棘のある語調で訊ねた。今からサンプルを解剖しようという大事な時に何を言い出すんだ、と憤慨しているようだ。
『いえ、風が吹いた気がしたんです』
ゾフィは、テヘヘ、とバカを演じて適当にいなした。
サウロイドの基地は、地上部分が全て1階建てある以外は、ちょうど横浜駅ほどの規模である。地上からはさして大きくは見えないが、地下は迷路のように広がり(同駅ではパチンコ店やヨドバシ、高島屋とも繋がっている)端から端まで歩くとすると10分はかかるのではないだろうか。
そんな規模の地下施設なので、医務・研究室から遠く離れた地上のエアロックが破られたとしても、その震動をさっきまで続いた
しかし、研究員達に囲まれたゾフィだけは何かを察知しできたのである。
それは、彼女の肘の羽根飾り(女のサウロイドはオシャレの一環で腕の下面の‟トンファー”のような位置に羽根を残す。人間の女がどの文化圏でも髪を伸ばすようにだ)がスス…と揺れ彼女は鋭敏に空気の流れを感じたからだった。
きっと地上のエアロックの1つが突破された事で、基地の中に敵と真空の侵入を許したからだろう。基地の内と外を繋ぐ扉としてだけでなく、基地内の廊下の各所にもエアロック機能を持った重厚な扉はあるので(潜水艦のように開けるのが面倒な扉だ)そこで真空化は止まるワケだが、少なからず発生する気圧変化の影響は空気の流れとなって基地全体を駆け巡ったに違いない。
『なんです、ゾフィさん?』
ガラスに隔てられた向こうの部屋、
『あ、いえ…』
『しっかりしてください!いよいよなんですよ。戦闘なんかより大事なことです!』
『はいはいはい。そうねそうね』
全身を防護服の代わりに宇宙服に身を包んだそのラプトリアンは科学的な興奮が抑えられないようで「ママ、見てて!」というように他者も一緒に集中している事を要求していた。
『映像は出ていますね?』
『ええ、アナタの頭のカメラから』
以前も描写したが、電子機器の技術が人類より遅れているサウロイド世界はGo-Proのような容易に身につけられるビデオカメラは無い。彼のヘルメットの後頭部には太いコードが繋がれ、そのコードの終端であるビデオカメラは、コントに出て来るリーゼントヘアーのように頭全体に据え付けられていた。
『けれど、鏡を見るわ』
『まぁ…それが良いでしょう』
解剖台の上には巨大なミラーが傾斜をつけて据え付けられていて、そのミラーは解剖台に寝ているそのサウロイド型生物を真上から見たようなアングルを隣の観察室に提供していた。
その生物は彼ら独自の宇宙服を着用していてるために実際の姿は分からないが、ともかく尻尾を持たないところから「サウロイド型」と仮称されていた。エースの報告のように上半身が妙にガッシリしているが、全体的には体の大きさは女のサウロイドぐらいであり解剖台もピッタリであった。
『こほん、では改めて』
ガラスで隔てられた向こうの部屋で宇宙服の研究員は、そのサウロイド型生物…もといネッゲル青年のヘルメットに手をかけた。
『ヘルメット…らしき部品を外しますよ』
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