第233話 捕獲された宇宙人として目覚めること(後編)

 ベッドに縛り付けられているそのは、彼ら独自の宇宙服を着ているため正確な容姿は分からないが、骨格だけでいえばエースの報告のように上半身が妙にガッシリしていた。

 全体的なサイズ感は女のサウロイドに近いが、腕力だけならラプトリアン以上のパワーがありそうだ、とラプトリアンの研究員は思った。


――握力は相当なものだ。気を付けないとな。

――しかし。だからこそ、ますます顔を拝んでみたくなる…!


『…では改めて』

 そして彼は、ガラスで隔てられた向こうの部屋で見守る仲間達を一瞥して振り返ると、いよいよその奇妙な生物の首元に手を滑り込ませた。

『ヘルメット…を外しますよ』


 人類ので言うと、SFで未知の知的生物を解剖する際には往々にして最初の研究員が犠牲になる。ヘルメットを外した瞬間、バッと何かが飛び出すか、毒液を吹き付けられて死ぬのがよくある流れだが、実はこの‟お決まり”はサウロイド世界の映画でも同じだった。(サウロイド世界の映画は4時間が基本ベーシックで場面転換が少なく歌曲が多いという、オペラに近い代物であったが確かに映画は映画として存在していた)


『くそ…外れないな…』

 そのように映画文法が同じだったので、研究員の中で好奇心と恐怖がない交ぜになっている様子だった。未知の知的生物が作った宇宙服を脱がすのがいくら難しいとしても、その4明らかに焦って精密さを欠いていたのだ。


 ガチャガチャ…

 首の周りの金属リングが接合部分であろうことは誰しもが分かったが、留め具がどこか分からないのである。


『引っ張るんじゃないか?』

『やっていますって…!』

 ガラスで隔てられた隣の部屋から飛んだ声に険のある声で応えつつ、知恵の輪に挑むように、押したり引いたり捻ったりと四苦八苦は続く。それでも一向に外れず焦った彼は、いよいよ科学者にあるまじき「力いっぱい引っ張る」という暴挙に出た。

『こうして引っ張りながら揺すれば…どこか動きがあるはずです…!』


 そうして彼が、ヘルメットの両耳をガッチリ掴んで引っ張りながら左右に揺すったそのときだった!

「よ…せ…」

 その知的生物がを上げたのである!

『!!』

「よせ…やめろ。回すんだよ。金具を回せ」

 バッと研究員は身を退くと、視線は知的生物を向けたまま顔だけを、ガラスで隔てた隣の部屋の仲間に向けて叫んだ。

『お、おい!?どうなっている!?』

『こちらでも分からない!』

『鳴き声は聞こえたか?』

『ああ、それはこちらでも聞こえたよ!』

『……?』

 生物医学の科学知識がないゾフィだけはキョトンとして訊いた。

『え、意識が戻ったのでしょう?』

『そうじゃなくて、心電図がおかしいんですよ』

 彼女の隣にいた女ラプトリアンの科学者が説明した。

『覚醒する予兆が全くなかったんです。昏睡状態と覚醒状態で心電図に差が無いなんて』


 鳥人間(サウロイドもラプトリアン)は寝てるときに極度に心拍が下がる。

 これは遙か先祖が恐竜だった時代から受け継がれた性質をより進化・特化させたものだ。おそらく野生の生存競争の中で「知恵」を武器にすると決めた500のラプトルの一種が現れ、彼らの価値観しんかの中では群れの若い個体に経験という知恵を伝授できる長寿の遺伝子が優良とされるようになったのだろう。

 長寿の親は自らの子に多くの知恵(教育)を与える事で生存率を高め、そして生き残った子は同じく知恵と長寿の形質を次の世代に繋ぐ…その連鎖が彼らの寿命を200年オーバーにまで伸ばしたのである。

 話を戻すが、そんな彼らが長寿命を達成するために得た能力が、いま話題となっている「寝ているときの代謝の低下」である。

 彼らの寝ている間の心拍は一分間あたり3回ほどしかないのだ。ホッキョククジラがごとく、そのゆったりとした代謝により体の細胞は‟生き急ぐことなく”長寿命を可能にするのである。

 そして彼らは「知的生物はみなそういう進化をしているはずだ」と頑迷に予想していた。だからそう――

 その知的生物が覚醒したときに心拍にさしたる変化が無かった事に仰天してしまったワケである。


『ふぅん…』

 しかしゾフィは違った。

 科学者でないこともそうだが、この女性は元来の性格として未知の事への耐性が高かった。彼女は周囲の研究者と違って、さして驚くこともなく「常識が通じるわけないじゃない。バカじゃないの?」というように苦笑した。

『しょうがないな。私がいくわ、となり』

『あ、ちょっ!』

 ゾフィは第一警戒態勢のため既に月面服を着ていた事を良いことにチャチャッとヘルメットを被ると、科学者が制止する暇もなく、隣の知的生物を解剖する部屋へ強行してしまった。月面服はもちろん真空にも耐えるので、それはつまり最強の防護服である。ウィルス対策もばっちりなのだ。

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