第234話 同じ場所・同じ時間にいるのに姿が見えない。な~んでだ?

『私がいくわ、隣の部屋』

『あ、ちょっ!』

 サピエンスとの白兵戦が始まっている月面基地は第一戦闘態勢が敷かれており、これはすなわち文官(科学者や雑務要員スチュワート)も月面服を着ておけという事態だった。それゆえ司軍法官であるゾフィもまた既に月面服を着こんでいて、それを良いことに彼女はパパッとヘルメットを被るや否や、

『見ていられないのよ、もう』

 科学者の制止を振り切って隣の部屋へ強行してしまった。

 二つの部屋はラジオの放送室のように厚いガラスで仕切られていて、片方のオペレーションルームには基地中の科学者達が野次馬を成し、片方の解剖室にはネッゲル青年ホモ・サピエンスがベッドに貼り付けにされている状態だ。


 ――――――


「こうなった以上、もう抵抗するつもりはない。だからこの拘束を解いてくれ。君達の正体はなんなんだ?どうやって月に来た?」

 ゾフィがその解剖室に入ったとき、その知的生物は今まで一番長いをあげた。

『いったい何を言っているんでしょう?』

 解剖室で独り、その知的生物のヘルメットの留め金具と格闘していたラプトリアンの若い科学者は、少し安堵しつつゾフィの方を振り向いた。

『わかるワケはないでしょう。ちょっと尻尾どけて』

 ゾフィはラプトリアンの巨大な尻尾を、まるでシベリアンハスキーがじゃれついてくるのを押し返すほどに訳無く振り払うと、仰向けに縛り付けられている知的生物の頭の上のベストポジションを奪った。

『うーん。でも、何かを伝えたいみたいね』


――もう一人きたぞ…!?

 ベッドに縛り付けられているネッゲル青年も、自分の傍らに別の者が来た事はすぐに分かった。歯医者で治療を受けている時のような視野アングルだし、相手もコッチも宇宙服を着ているが、いま頭の上にいるのが男か女かぐらいは分かるものだ。

「おい聞いてくれ」

 彼はその新しく来た小柄な方のに質問した。理由は分からないが、こっちの小柄の方が話を聞いてくれる気がしたのだ。

「君達は月の地下に住んでいたのか?…いや、そうでなければ説明がつかない。君達の基地はからだ。君達が宇宙から来たのでないのは確かだ。23の観測衛星と433の天体望遠鏡が月の周囲を監視していたからな。君達は宇宙から来たのではない。……しかしならば、どうやってこの基地の建材を運んだんだというんだ?」

 人類はまだ次元跳躍孔ホールの存在を知らないので、こういう質問になった。人類はまさか月の地下(この基地の中枢)にに繋がるワープホールがあるとは思いもしなかったのである。


 どうしても四次元時空で生きている我々は、未知の敵といえば位置次元(x,y,z)か時間次元(t)がズレている……言い換えれば「遠い星」か「遠い未来」から来襲するものだと想像してしまう。

 しかしサウロイドはそうではなかった。

 彼らは月の地中に埋まったワープホールを通って、まさにから来たのだ。確率次元を知らない人類には、よもや敵がなどとは発想すらできなかったのである。


 ……というネッゲルの質問も、言葉が伝わらなければどうにもならない。

『海のうなりみたい。‟声”にしてはあまりに音程が一定で不気味ねぇ』

『ええ。気持ち悪い鳴き声です。低俗な種族に違いない』

『何言っているの、星の舟を作った種族よ』

『いや、奴隷なのでは?地球に親玉がいて彼らは奴隷種族とか…』

『かもね、でもどちらにせよ声なのは間違いないわ。何かを伝えたがっている』

『ともかく、コイツのヘルメットを外しましょう。生物的な分類が分かれば弱点も分かる』

 そう言うと研究員は、ネッゲル青年の顎と肩をムンズと鷲掴むとその間を引き裂くようにしてヘルメットを外そうとした。ガチャガチャと揺すりながら力いっぱいに揺する。

「やめろ、そうじゃない…!」

 ネッゲル青年は苦しそうに訴えるが、その声はサウロイド達にすれば犬が唸っているようにしか聞こえない。

『うるさいヤツだなぁ!』

 ガチャガチャ!

 と。その様子を一歩退いて見ていたゾフィは、その知的生物の5が何か図形を作っている事に気付いた。

『……あら?見て彼は何かを言いたいようよ』

『え?』

 研究員もそれに気付いた。

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