第248話 天王山

 サウロイドの月面基地の指令室は、A棟に侵入したという揚月隊じんるいへの対応に慌てていた。

 とはいえ、この基地が封印している次元跳躍孔ホールの影響で無線電波は使えないため、兵を動かすにしても電話口にいる小隊長クラスに伝言を頼むしかなく、対応は遅れざるを得なかった。


 人類も同じ条件だが……まぁ攻める側が気楽なのは想像に易しい。


 守る側のおさ、司令のレオは大忙しだ。

 彼は自分でも電話を取りながら、配下のオペレータにも電話を取らせて

『ドックに接続する3つのエアロックの前を固めましょう。各分隊に伝えてください』

 と指示した。


 いま揚月隊の本隊が侵入したA棟の月面車庫ドックには3つの入り口エアロックがある。

 正面ゲートがガバッと月面に開け放たれている今のドックを「後部のトランクが開いた巨大なワゴン車」の形だと喩えると、そのワゴン車の運転席と助手席の窓に相当する位置には中二階にはA棟の地上階の通路に繋がるエアロック(サイズとしては街のスーパーの入り口ぐらいだ)があり、座席横のサイドブレーキの位置にはA棟の地下階に降りるエアロックがあった。


 そしてこの3つのエアロックのうち、助手席の窓に相当するエアロックから敵(前章で登場した例のM-16小隊の二人である。彼らはB棟から迂回して運よくここまでたどり着いたのだ)はドック内部に侵入したわけだが、その敵がドックの中で今度は正面ゲートを開けんと四苦八苦している間に、後ろから追いついた精鋭歩兵ラプトルソルジャーの一人によってエアロックは辛くも締められたのだった。

 ギリギリのところでA棟への侵入を封殺できている形である。


――

 レオは悟った。


『ドック内に突入するのではなく!?』

 オペレータは聞き返す。

精鋭歩兵ラプトルソルジャーには広すぎる。白兵戦に持ち込めず彼らの鉄片投射器アサルトライフルの餌食になってしまいます。それより1Aの前に増援が必要です』

 エアロック1A…ワゴン車の喩えに戻すと、助手席の窓の位置に相当する中二階のエアロックの前には、先述の通り、敵を追ってきた精鋭歩兵の1人しか守りがいなかった。

 そこに敵が殺到したら防ぎようがない。


『爆弾でもしかけて後退しては?』

 砲戦を終えて砲術士官長代理のザラが言った。

『いえ…』

 たしかにザラの提案も良さそうだったが、レオは足下に広げられた基地の見取り図を見ながら考え直す。

『後退するにしても、1Aを突破されたら次にき止められるポイントは……』

 レオはA棟の地上、地下1、地下2階と立体的に重なった複雑な通路を指で追って確認した。このあたりの空間把握能力はさすが鳥の親戚である。

『ソコとソコとココ。3つののエアロックを守らねばならなくなる』

 配管に流れ込む水を想像して頂きたい。水の浸入を防ぐなら配管が分岐する前の元栓をシャットアウトするのが一番だ。


『爆弾(わな)で敵の頭数を削れても、得策ではありません。…しかたない。B棟の出口の守りを減らして、A棟の正面ゲートに向かうように伝えましょう。あとC棟の防備も削っていい』

次元跳躍孔ホールを裸にする気ですか!?』

 オペレータは驚いた。そもそもこの基地はホールを封印するためのものなのだから無理はない。が……

「もう敵はC棟には来ない、と読みました』

『私も同意ですねぇ。たとえC棟を彼らが制圧しても、次元跳躍孔の中に飛び込む勇気は無いでしょう。事情をしらなきゃブラックホールにしか見えない代物です』

 いつも耳障りなザラの相槌も、このときはレオを勇気づけた。

『ええ。そうです。さらに飛び込んでも、その先は我々の地球。アクオル山の山中にワープしたところで四面楚歌です。ところで……ザラ中佐』

『はい?』

『アナタにもやって頂きたいことがあります』

『しかし私に戦いは無理ですよ』

『そうではなく、6


――!?

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