第249話 月面車ドックの制圧戦(前編)

『天王山です』

 月面基地の司令のレオは、月面車の整備棟ドックでの攻防がこの戦いの分け目となる事を、いち早く悟っていた。

『ドックを制圧おとされるわけにはいかない…。いや制圧されるぐらいならば…』

『ならば…?』

 砲術士官長代理のザラが聞き返した。

『ザラ中佐、6番砲台を動かしてくれますか?』


――!?


 このときレオは「施設ごと敵の本隊と心中してくれてもいい」と着想したのであった。つまり、MMECレールガンで敵が侵入したドックごと破壊してしまおうというのである!


――――――

―――――


 ウクライナ戦争の報道で、赤で示されたロシアの占領地域がウクライナの土地を東から染めつつある地図を目にすることがあるが――

 まさに、あのような形で揚月隊じんるいは月面基地を東から浸食していっている。


 月面基地は「十」の字の形をしており、上椀がA棟、右椀がB棟、下腕がC棟である。(十字とはいえ長さは歪で、左腕に相当する建設中のD棟は短く、逆に居住区のB棟は増築を重ねてとても長い)そして基地の北北東にはティファニー山とジョージ平原が広がり、それがそのまま揚月隊の侵攻経路となっていた。

 いわば人類は月面にあるが造った十字架の地上絵に対し、まるで刀を右上から振り下ろすかのように襲っていた。


 そしてその火花散る刃と十字架が衝突地点……。

 いままさに激戦地であるA棟の車両ドックは、十字架の上に伸びる腕の先端にある――――!



「増援が来る前に強襲しては!?」

 学校の体育館ほどのドックの中、20人(8人は月面の戦闘で死んだ)の揚月隊員は、サウロイドの月面車や資材コンテナを盾にして様子を伺っていた。揚月隊の隊長であるノリス直属のM-1小隊もまた、人類からすると妙に大きなその月面車のタイヤを盾にして息を整えている。


「まて…いま考えている…!」

 なにか一つ勝ちどきがあがらず、攻めあぐねていたのだ。


 月面そとでの戦闘中、A棟に侵入した仲間によって城門(ドックのゲート)が開かれたときは「わぁぁ!」と戦意が上がって突撃、一気にここまで敵を押し込める事ができたが、いざドックの中まで入ったら集団の意識を統一するのが難しくなってしまったのだ。

 目標ゴールが明確でないためである。

「しかしどこを攻めます?」

「東の棟(サウロイドの呼称でいうとB棟)に侵入した遊撃隊れんちゅうの合流を待ちますか?」

「いやぁ。ヤツらの建物の…ルールというものが分かりません!矢印などの記号らしきものはあるが、それが何を意味しているのか…」

 整備ドックなので人類風に言うと「CAUTION」や「EXIT⇒」などの文字が壁や床に書かれているが、サウロイドの文字なのでそれを左から右に読めばいいかすら分からなかったのだ。

「と、とりあえず左壁に沿って進んでみては!?」

「ええい…!」

 みな、迷っていた。

 しかも、次元跳躍孔ホールの影響で無線が通じなくなったのも大きい。

 上記の議論も、同じコンテナを盾にして顔を突き合わせている4人の中でのみ通じる会話であり、隣のコンテナのグループとはハンドサインで会話せざるを得なかったからだ。

‟どうするんだ!?”

 まさに今、隣の資材コンテナを盾にして隠れているM-2小隊の隊長がハンドサインで指示を乞うてきている。


 こういうとき――

 集団という大岩に「えいや!」と一転目を与えるのがリーダーというものだ。大岩が転がっていく先が間違っているかもしれないが、こと、揚月隊の場合は止まっているよりはよいだろう。

 なにせあと2時間しか酸素が持たないからだ。

 早く基地を制圧おとしてアルテミス級を着陸できるようにするか、あるいは敵の備品を強奪するかしないと、どっちみち助かりはしない…!


「くそ……!」

 ノリスは自分の中で何かを決意すると、M-2の隊長に

"手持ちが1つになるように、全員のグレネードをよこせ”

 と手話で命令した。

 M-2小隊の隊長はヘルメットのバイザー越しにも分かるほど「え?」と目を丸くしたが、議論しても仕方ないとして頷いた。

 ”…了解”

 彼は周囲の部下達の肩を叩いて、それぞれのグレネードを収集した。


 揚月隊の装備はとても軽装である。

 そもそもが宇宙服なのでアサルトライフルを持っている事だけでも褒めるべきかもしれないが、その他の装備といえば例のレールガンを耐えるために使い捨た電磁シールド(名前は大層だがビニール傘のようなものだ)と手榴弾、それにナイフを持っているだけであった。

 ライフルの弾は150発で、手榴弾は2発ずつである。


 そんな貴重な手榴弾を、隊長のノリスは‟あるの方法”のために集めるとことしたのだった。

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