第417話 機械恐竜の献身(前編)

 その大きな展示場のような一間づくりワンルームの機関室には、地下という事もあって出入口は1つの引き戸ゲートしかなかった。

 真横からみると、ゲート、資材を積み上げた棚の森(図書館のようだ)、パーテーション、原子炉、9匹のエイリアン、パーテーションで区切られた4×4の整備ブース、そして三人が息を潜めている壁……という並びになって、三人がここの機関室を脱出するにはどうしても9匹のエイリアンと鉢合わせになるしかない。

 袋小路であった。


 そこで、この窮地を脱するべくアニィが仕掛けたのが、敢えて原子炉に冷却不全を起こさせてからの水蒸気爆発だったのである。


――――――


 ドン…ドン…ドン!

 水蒸気爆発から三人を守ってひしゃげてしまった金属の扉(壁に埋め込み式のエアコンの整備扉だ。その扉の中に収まっていた業務用冷蔵庫のようなエアコンを外に放り、空いたスペースに彼らは隠れていた)を、ブルースが内側から何度か蹴る。フレームが曲がってしまっていたので本来の観音開きができず、こうやって蹴りでもしないと扉は外れなかったのである。そして――

 ガランガラン!

 四度目のキックで金属扉は外れた。サウロイドの造ったものなので分からないがおそらくアルミではないのだろう、金属の扉は「ガランガラン」と妙に大きな音を立てて床に転がった。


――もちろんエイリアンが生き残っているならば気付いただろうが、構うものか。


 三人が隠れていた壁から機関室に這い出ると、彼らの足元で丸まって踏み台にされていた三匹の機械恐竜テクノレックスもそれに続いた。いくらサウロイド製のエアコンが大きいとはいえ、よくあんな狭いスペースに3人と3匹が息を潜めていたものだ、と関心する。


「それで!?」

 アニィはうるさく鳴り続ける放射線検知器(ガイガーカウンター)のアラート止めながら、ナオミに叫んだ。ここからはアンタの役目だろう、という八つ当たりのような雰囲気がある。この物語でも何度か触れているが、アニィのインド訛りの高音の英語こえは緊急事態においては神経を逆撫でする…!

「予定通りだ。機関室ここを脱出する…」

 さすがはプレデターか、ナオミはアニィの八つ当たりを華麗に無視して(…あるいは気づかずにだ。プレデターに育てられたナオミに人間の機微は理解できない可能性が高い)コンピュータガントレットをちょいといじって続けた。

「基地にはもう一つの出口があるようだ」

 ガントレットで確認したのは機械恐竜の中のデータだろう。もともとはサウロイドのものなので、基地の中の見取り図がインプットされているのも当然だ。

「こいつらに先導させる」

「いちかばちね…」

「だが何も言うまい。急ぐのみだ、いくぞ」

 ブルースがそう言うと、まるでよく訓練された警察犬のように機械恐竜の1匹が集団の前に進み出た。そしてその一匹はちょいと後ろを振り返って、主人達が続いていることを確かめると軽妙に瓦礫の上を進み始める。鋼鉄製の機械恐竜は軽自動車ほどの重量がありそうだが、その歩みはテケテケと身軽でニワトリのようだった。プレデターが書き換えたAIのおかげか、あるいはサウロイドの機械工学なのか、すばらしいバランス感覚で不整地を進んでいく。


 こうして――

 3人と3匹は列を作って、障害物競走かトレッキングでもするように瓦礫の上を進んだ。粉塵が舞っていて(月の重力のせいで一時間は舞い続けるだろう)視界は悪い。生命力溢れる木の根や、岩が転がっているの中を進んでいるようだった。


「あっちだ!」

 隊列の前から2人目、機械恐竜の背中を追っているブルースは横倒しになった資材棚がつくるを登りながら叫んだ。

「よかった、入り口は塞がっていないぞ」

 機関室の出入り口となる引き戸ゲートの前にも瓦礫が散在しているが、それを避けて通れるだけの横幅があった。――とそのときだ。


 バッ!!

 ブルースの目の前、隊列を先導する機械恐竜が突如にして横に吹っ飛んだ!

 黒い影が、まるで鎌鼬かまいたちのように視界を左から右に横断して目の前にいた機械恐竜を横に吹き飛ばしたのだ。

「な!まだ生きていたか!」


 ゾンビ映画さながらの事をしやがる――そういう

 既視感のおかげでブルースは過剰に驚くことなく、それがエイリアンであるとすぐに認識すると視線を右にやった!

 擬音のとおりドンガラガッシャンというように瓦礫をひっくり返しながら、エイリアンと機械恐竜はもみくちゃになっている。ラプトリアンの遺伝子を半分持った、つまりラプトリアンからから産まれた大型種のエイリアンは間近で見ると大きく、機械恐竜と拮抗するほどだった。


 キシャー!

 ビロロロッ!

 両者は吠え合い、第二ラウンドをはじめようとしている。そこに――

「とまるな」

 ブルースを、ナオミともう一匹の機械恐竜が追い越した。

 さらにアニィもそれに続いた。ブルースが最後尾になった形である。

「わかっているさ!」

 粉塵の奥にはもう機関室の引き戸ゲートが見えていて、そこへ向かって走れば良いだけだったの状況だった。ブルースの男の子の部分は、ナオミやアニィほど簡単には機械恐竜を使い捨てにできなかったが、今はその逡巡を断ち切るしかない!

「倒せるだろ…!? 倒したらついて来いよ」

 そう言ってブルースは、もみくちゃになっているエイリアンと機械恐竜を背後に置き捨てた。

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